154-26 愛されて生きる
「ラララ、結婚式は御馳走だ~」
今回は自分の結婚式だというのに、まったくブレないエリーン。
いつものノリで御飯をいっぱい食べるつもりのようだ。
楽しく歌いながら踊っている。
もっとも、ずっと以前からそのようにリクエストしていたのだし、その願いは無事に叶えられそうだ。
「着付け、こんな感じでどう?」
「うん、いい感じよ。
ありがとう」
いつの間にか、台詞が普通に漢字っぽくなってきているカミラ。
着付けや裁縫の間だけの限定ブーストアップらしいのだが。
彼女はついにやり遂げた。
園長先生に買ってもらった最新の超高性能ミシンの取説を読めるようになったのだ。
もっとも、トーヤ達に大きく拡大した物を作らせて、内容がわかりやすいように必要箇所には解説的にルビもすべて打たせたのだが。
他に拡大表示できるタブレット版も作らせたようだ。
ちょっと扱いが難しいコンピューター系機械の扱いも、エルドア王国の国家特級技師どもに全て易しく解説させたのだ。
「ねえ、結婚するってどういう気持ち?」
「そうだね。
凄く嬉しいよ。
私の場合は孤児として育ち、今まで一人で生きてきたのに、ちゃんと自分の家族が出来るっていう事だよ」
「家族?
グランバースト公爵家の人はみんな家族だよ。
ここは私の大事な家族でいっぱいだよ」
「あはは、そうだね。
ここは本当に特別な場所だから、よくわからないよね。
あたしも、ここで愛されて育ちたかったな」
貧しい村で、彼女の事を大事に可愛がり愛してくれた大人達は、皆立派に生き抜いて人生を全うしていった。
まだ幼い少女だった彼女を一人残して。
ここで育ったならば、きっと寂しくはなかっただろう。
「エリーンは愛されていなかったの?」
「いえ、別にそうじゃないけれど。
でも大人はいつも先にいなくなるから、いつしか一人ぼっちになってしまうっていう事よ。
だから自分の家族を作っていくんだ。
孤児だった子達は、アルバ大神殿のジェシカみたいに若い頃から早く自分の家族が欲しいっていう子も少なくないよ」
「ふうん」
「カミラにも、いつかきっとわかる日がくるさ」
「うん、覚えておくよ。
じゃあ一回ドレスを脱いで。
細部を仕上げるから」
「うん、御願いね」
そう言ってギュっとカミラを抱き締めるエリーン。
目を瞑って、そのまましばし抱擁されているカミラ。
まるで、この温もりを一生忘れないとでもいうように。
「ねえ、エリーンは御嫁に行っちゃったら、もうケモミミ園にはやってきてくれないの?」
だが、彼女は鳩が豆鉄砲でも食らったかに見えるような顔でカミラを見返した。
「なんで?」
そう言って彼女は左手の手首に嵌めた転移の腕輪を見せた。
「ああ、そうだったよね」
「それに、ここでは美味しいイベントが常にてんこ盛りなのだから来ないわけにはいかないわ。
それにエリちゃんのところへも!」
「うんうん、エリーンはそういう人だったよね」
それゆえに婚期が遅れたというか、結婚に踏み切る踏ん切りがつかなかったというか。
だがそんな女にも、ついに人生の転機が訪れたのであった。
思い立ったが吉日という格言を地で行く形で。
「まあ、リヒターも宰相稼業で忙しいからね。
高位貴族家の当主でもあるんだし。
そういう時はこっちへくればいいし、今度はここで冒険者ではなくてパートタイムの職員なんかをやってもいいしね」
「えへへー、なんか安心した。
エリーンはやっぱり変わらないや」
「そうよー。
伯爵夫人だの宰相夫人になったくらいで、あたしは何も変わらないわ。
まあ御嫁に行くのも、御馴染みの隣国ベルンシュタイン帝国なんだし」
そう言ってカミラの狼ミミを、いつものようにもしゃもしゃっと優しく撫で回すエリーン。
はっきり言ってエリーンにとっては、ベルンシュタイン帝国なんて国の重鎮全てが顔馴染みだ。
伊達に『御愛想の鬼』などと呼ばれてはいない。
その能力はあの魔王園長からも折り紙付きで頼りにされているのだ。
しかも、それだけではない。
あちこちの王家の女性の世話や護衛をしてきたので上流階級の習わしにも詳しく、ステータス的には一国の宰相夫人としてもなんら遜色がないのであった。
何かの催しの時も、請われて素晴らしい歌などを御披露する事も可能だった。
また冒険者という経歴から、その辺のボンクラな貴族家の御姫様とは違ってきびきびと動けるから、今のまだ基盤が弱そうな皇帝のいる帝国のような国ではむしろ歓迎される条件なのだ。
昔から貴族関係者の力が強い国であるが、むしろエリーンの場合はそういう事は当てはまらず、それもまったくマイナスにはならない。
それもあって皇帝夫妻は彼女とリヒターの結婚を歓迎していたのだ。
というか、むしろ適任だとすら言える。
御愛想の鬼なので、むしろプライドの塊で無能な貴族の娘などよりも、遥かに有能な力を発揮できるだろう。
旦那が外交で追い込まれたような時になど、彼女が表に出れば一発解決などというウルトラCまでやってのけられる人柄なのであった。
そんな稀有な人材であっても、常日頃は美味しい物を食べる事に情熱を傾けているだけなので、帝国の他の貴族から警戒される事がない、嫌みのない性格のありがたい存在でもある。
夫君の足を引っ張る事が無いどころか、内助の功が大きく期待されているのだ。
その上、あの魔王園長やレインボーファルス、他の稀人達との関係を考えれば『準魔王』と言ってもおかしくないほどの人物である。
その上護衛いらずの腕前というか、本人そのものが護衛の業務を担当していたのだから、公の場で皇帝夫妻と宰相夫妻しかいない時などは一番頼りになる存在なのだ。
しかも転移魔法などを使い、元々転移能力持ちの皇后陛下と併せて、夫君を連れて逃げ延びる芸当まで可能なのだ。
昔、皇帝の使う脱出用の抜け穴でフランチェスカ皇后の転移能力が疎外された事件などはあったが、あのような危急の時でもエリーンがいれば武闘派の夫君と合わせて四人で血路を開く事も可能なのだ。
皇帝夫妻ともうんと仲がよいので、帝国ではこの結婚に反対する者など一人もおらず、「我が国の宰相はよい嫁を娶った」と一様に歓迎ムードだ。
とにかくベルンシュタイン帝国は、アルバトロス王国との戦争やその前の筆舌にしがたい蛮行、特に魔界の鎧を撒き散らした悪事については今でも諸国の間では評判が悪く、外交関係では非常に大きく株を下げてしまった。
だが、このエリーンであれば、このように諸国の王達を相手に笑い飛ばして相手を苦笑させる事が可能だろう。
「ああ、あれ。
魔界の鎧ね。
そういや、あんな物もありましたっけねえ。
まあアレは『うちらで』きっちりと退治しておきましたから二度と出てこないでしょう。
いやあ、さすがにあれには苦労しましたよー。
それに、あんな物は食べられませんからねえ。
あっはっはっは」
実際には、自分は子供達の避難誘導しかしていないエリーンなのだが、それくらいはちゃっかりしている。
魔王グランバースト公爵関係者にこうまで言われては、『やらかしてきた』帝国の関係者や、過去全ての魔界の鎧事件においてアルバトロス王国にすべて任せ切りで何も出来なかった諸国の王達には何も言い返せないのだ。
特に近年の魔王園長関連では、このエリーンも各種事件に大きく関わっていた。




