154-24 意外な配役
俺はエルミアの教会へ跳んだ。
そしてダニエルと一緒に、楽しそうに子供達の相手をしていた神父夫妻にもエリーンの結婚を伝えた。
まだ少年であるダニエルは、御母さんというか御姉さん的なナタリアさんに懐いていた。
少年らしい年上の女性への憧れと言うよりは、家族という物そのものに憧れているようだった。
そして同じような孤児院育ちの境遇で、小さい子達共々あれこれ随分と世話になったエリーンの結婚を喜んでくれた。
「凄いや、あのエリーンさんが結婚かあ」
「それでアルさん。
御式は多分今日あたりなので?」
「あ、御名答。
嫌だな、やっぱりわかっちゃう?」
「まあアルさんのやる事ですからねえ。
いえ、喜んで出席させていただきますよ。
ああ、子供達はどうしましょうか」
「うん、もちろん来てほしい。
あの子は、特に自分と同じ境遇である教会の孤児院の子供には思い入れがあるからね。
子供達の服とかは、うちの裁縫グループの子達に用意させるから。
うちのケモミミ園の子達も当然行くしね。
ただ、先方の貴族家の家の親族とか王家の人間も来るので、子供達は別室になるかもなあ」
「それなら、私達は子供達と一緒の場所で。
また御祝いは別に言わせていただきますので」
神父様達は国王陛下参列で自分達の式をやってしまったので、結婚式に王族とかいてもそう気にはしない。
元々は王都の大神殿で、それなりの地位にいた人なので、そういう事にも始めから耐性がある。
今回は、商会の親父さんは来る必要がないしね。
「御領主様にも訊いてみようか」
俺は久しぶりにエルミアの御領主様のところへ行ってみたが、なんとも懐かしい気持ちが湧き上がってくる。
あの頃は俺も本当に必死だったなあ。
「ほお、あのエリーン、黄金の狩人が結婚だと。
そうか、そうか、いやグランバースト公爵。
それはまた目出度いですな」
「ええ、それで都合により急な話で申し訳ないのですが、結婚式は急遽本日間もなくとなっておりまして。
いかがいたしましょうか」
「何ですと、式は今日ですか。
わかりました。
狩猟仲間である彼女の結婚式なのですから、何をおいても参りましょう。
よし、祝いの品は熟成された見事な大イノシシのベーコンと、彼女の好きな、うちの領地で獲れる珍しい鳥にいたしましょう。
今からそいつを狩りに行ってくるので、後で迎えを頼みます」
いかにもといった感じの御祝いを、自分の弓の腕一つで用意にかかる御領主様。
へたな物を貰うよりは心が籠っていてエリーンも嬉しかろう。
猟師上がりの冒険者であるエリーンにとって、それは狩猟仲間からの心尽くしの御祝いなのだから。
そういうのもあって、彼女はここの御領主様と仲が良かったのだから。
やはり、腕に覚えのある人間ならば自分と同等な世界を語れる友が欲しいものだ。
とりあえず送迎用のゴーレムを一人置いていき、俺はケモミミ園に戻ると真理と葵ちゃんに言った。
「そういや、エリーンのドレスの裾は誰に持たせようか」
「バブウ」
「え!?」
そこには魔道鎧を展開したメリド王子が誇らしそうに胸を張って浮いていた。
「うそ!」
まあ身分的な物はそう問題ないというか、リヒターが宰相を務めるベルンシュタイン帝国も加盟するセブンフラッグ同盟国の王太子なのだ。
むしろ、格上過ぎ……。
「園長先生~」
可愛く声をかけてくるのは、いつの間にか俺の足元に寄って来た瑠衣だった。
反対側にはレオンもいた。
「今回は僕達が!」
確かにこれなら身分的にバランスは悪くない。
伯爵家の跡継ぎと、高位貴族同等の地位である両親から生まれた稀人の子供。
むしろ花嫁のエリーンが平民だから、これくらいの方がバランスがいいのだ。
レミとトーヤでも身分が少し重すぎるくらいだ。
あまり変な事をするとリヒターが気兼ねするというか、役職的に問題がな。
まあ奴自身が上級貴族である伯爵家当主で、しかも帝国宰相なのだから、さほど気にする事もないのだが。
「しかし、その組み合わせだとメリド王子はどうするんだい」
「「センター‼」」
「バブー!」
全員で躍り上がって叫んでいらっしゃる。
うーむ、日本の芸能グループじゃあないんだぞ。
「まあいいか」
この子はまだ赤ん坊だし、あのシドの息子で本人がこれなんだものな。
おまけ扱いという事でノーカウント。
「やったあ」
「あ、一応本人達に聞いてからだぞ」
「「はあい」」
「バブー」
一応、こいつらの親達にも言っておくか。
「あー、もしもし。
シドか。
実はうちのエリーンが今日結婚するんで、よかったら式に出ないか」
「あはは、式当日に御誘いとは相変わらずですね。
すみません、今日はどうしても外交的に外せない重要な要件でしてね。
わざわざメルス大陸から来てくれた要人ですから。
ああ、そうだ。
息子を私の代理という事で」
「あんたの方も相変わらずだな。
生憎と、あの子はもう来ているよ。
花嫁のドレスの裾を持つんだってさ。
両端を山本夫妻の子の瑠衣とアントニオのところのレオンで、あの子はセンターを持つのだそうだ」
「うわ、それは見たかったな。
是非ビデオに撮っておいてくださいよ。
ああ、王妃は行かせられませんが、世話係として侍女のアレーデを送りましょう。
誰か迎えに寄越してください」
「了解です」
じゃあ、ドレスの裾を持つ係はこれで決まったな。
あとはアントニオのところへ打診すればいいと。
さっそくスマホで連絡する。
そういや、異世界のスマホ持ち一号はアントニオなんだっけなあ。
あの頃は即興で作った原始的な魔道具だったのだが。
「おーい、アントニオ。
俺だ。
俺だよ、俺」
「おや、オレオレ詐欺師さんが何の用だい」
「よくそんな事を知っているな」
「ああ、レオンが教えてくれるんだ」
「それ、この世界じゃ用はない知識なんだがなあ。
実はうちのエリーンが結婚するんだ。
相手は帝国宰相のリヒター伯爵だ」
「へえ、お前が以前からくっつけようとしていたカップルだな。
ちゃんと纏まってよかったじゃないか」
「まあな。
それで実は今日、結婚式を挙げるんだが」
「お前は本当に相変わらずな奴だなあ。
いや、今回はやめておこう。
もうちょっとしたら言おうと思っていたのだが、マルガリータが身重でね。
俺もなるべく傍を離れたくないから、レオンを代理で行かせよう」
相変わらずの愛妻家ぶりだな。
まあ確かにあれは滅多にないような凄い展開だったのだが。
あれは御見合いというには、あまりにも強烈過ぎる出会いであった。
最初はストーカーだった女性が、終いには丸太代わりに馬車の前に放り出されて瀕死の状態だったもんなあ。
そして男の方も猛烈に命を狙われている真最中だったし。
シドとメリーヌ殿下もそうだ。
そっちは、ほぼ世界の存亡がかかっていたような事件だったからなあ。
それを救ったアルスは、関係国の間では今でも英雄なのだ。
当時、俺はこの世界にはいなかった。
だからこそ、セブンフラッグは無条件で彼を支持した。
奴こそ、まさにこの世界の英雄王なのだ。
「レオンはもう来ているよ。
シドも来れないっていうから、みんな子供が代理だな。
レオンが花嫁のドレスの裾を持つからビデオに撮っておくよ」
「ああ、そうしてくれ。
それだけは見たかったな。
まあ今日のところは息子に任せた」
「ははは、そうかあ。
また出産祝いをしないとな。
下の子が生まれるんでレオンが喜んでいるだろう。
まあ、今度は普通の子だろうがね」
「あはは、それは残念だ」
「お前、やっぱりいい根性をしているよ」
だが電話を切った俺の足元でレオンがニコニコして見上げている。
おや、どうかしたのかな。
ひょいっと抱き上げてやると、レオンは俺の耳に口を寄せて可愛く内緒話をしてくれた。
「あのね、あのね、園長先生。
今度生まれてくるうちの子も『凄い』んだよ~」
俺は思わず硬直してレオンを抱いた手を放してしまった。
しまった! と思ったのだが、奴は当然魔道鎧を展開して飛んでいってしまった。
メリドと仲良く手を繋いで、くるくると宙を回っている。
俺はそれを茫然と眺める羽目になった。
なんだと、やはりあの俺の祝福は一回限りのワンタイムパスではなくて数次パスなのだというのか。
もしかすると卵子全てが『祝福の卵子』と化しているのだろうか?
それじゃあ、山本さん達のところの次の子も危ないのじゃないのか~?
だが居合わせた葵ちゃんがこのような事を言い出した。
「あ、園長先生。
今回は私もプロデュースから外れますね。
実はうちも、また御目出度でして」
「ぶふうーっ!」
俺の反応を見て葵ちゃんが妙な顔をしていたが、俺と目が合ったレオンが葵ちゃんの方を指差して、またにっこりと笑ったので俺はがっくりと頭を垂れた。
ま、まあいいさ。
いずれにしろ、今そこで空を飛んで楽しそうにしている伯爵家の跡取り息子が生まれた時みたいに俺を悩ませるような子はそうそういないだろうからな。




