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154-22 プロポーズ

「素晴らしい伴侶、そして娘、か。

 冒険者生活と美味しい物を食べるのに夢中で、こんなに大事な事を忘れちゃっていたんだな、あたし」 


 エリーンはふと自分と手を繋いでいる小学生になったばかりの少女に微笑みかけた。

 できれば、こんな可愛い娘が欲しいものだと。


 いつも自分の事を気にかけて、婿の世話をしようと頑張ってくれている父親のような人を想いながら、そう願った。

 その当の婿候補の当人である彼も、すぐ後ろにいるのだが。


 そんないつもと少し違うようなエリーンの様子に、不思議そうに小首を傾げて見上げるマリー。


「ふふ、マリー。

 今、あなたは幸せ?」


「うん。

 酷い病気だった御母さんが元気になって、死んだと思っていた御父さんも無事に帰ってきてくれて。

 御姉ちゃんも御兄ちゃんも一緒にいてくれて。

 あたし、それだけでいいよ。

 家族がいてくれれば幸せなの。

 昔とは違って御飯も毎日美味しい物が食べられるし、友達がいっぱいいる小学校も楽しいし。

 先生達もとっても優しいわ」


「そっか、そっか」


 そして飄々と歩いて二人の後を護るような感じについてきているリヒターへ向かって突然に振り向くと、こう言った。


「ねえ、リヒター。

 今でもあたしの事を好き?」


 いきなり、そのような普段なら絶対に有り得ないような台詞を聞いて、少し慌てながらも走り寄って叫んだ。


「も、もちろんですとも!

 世界であなたの事が一番好きです。

 愛しています。

 一緒に、あなたの大好きな美味しい物をたくさん食べましょう」


「結婚してもいいくらい?

 あたし、ただの平民だよ。

 村の小さな教会の孤児院出身だし。

 あなたは伯爵、しかも貴族としての身分を重んじる帝国の高位貴族なのだし。

 そのうえ宰相という身分なのに」


「当り前です。

 身分なんて問題ありません。

 この私が当主なのですから。

 私もあなたと同じで両親はいないのです。

 元々、宰相なんていう面倒な役職は平民がやる事も多いので、宰相夫妻が両方平民だとしても特に構わないのです」


「それじゃあ、あなたと結婚するなら一つだけ条件があるんだけれど」

「な、なんでしょう」


 思わず前のめりに身を乗り出すリヒター。

 もしそれがドラゴンの首というのであるなら、今すぐにでも帝国のどこかの迷宮の底に向かって討伐に駈け出していくことだろう。


 ただし、エルフの里で仲のいいハイエルフかゴーレム隊あたりに援軍を頼んで。

 彼らも大変物見高いので、今回のような話であれば、誰かかれかは喜んで付き合ってくれる事だろう。

 あの飲兵衛残念エルフのジェイミーとも何故か気が合うのだ。


 ベルンシュタイン帝国の中では武闘派貴族と呼ばれる彼であったが、さすがにアントニオやシドのようなソロドラゴンスレイヤーとは訳が違う。

 どちらかというと武闘派とはいえ、内政でも力を発揮できるようなバランスの良さが彼の真骨頂なのだから。


「ふふ、別にそうたいした事じゃあないの。

 そんなに身構えないでちょうだい。

 もし私達の間に娘が生まれたならば、その時はアイシャと名付けたい。

 ただそれだけよ。

 あと出来れば、私の母親代わりだった御師匠様の御墓参りに辺境村まで付き合ってちょうだい」


「え、それだけ?」


 まるで、魔王園長から聞いていた日本の昔話に出てくる『かぐや姫』のような要求でも出されるのではないかと身構えていたリヒターは拍子抜けして、思わず気負っていた体勢を緩めた。

 それは、そういう事もあるかもしれないからと、園長先生から心構えとして与えられていた情報だった。


「あの、それはまったく問題ないのですが。

 アイシャ、実にいい名前ではないですか。

 私も気に入りました。

 娘が生まれたなら、そう名付けましょう。

 あの、それで私と結婚してくれますか、エリーン」


 それを聞いてエリーンも微笑んだ。

 これで、あの日の誓いを果たせる。

 あの人が言ってくれたように自分は幸せになると、母にも等しかったあの人の墓の前で立てた誓いを。


「ええ、このあたしに対して、あなたほど真摯に求婚しまくってくれる人なんて、後にも先にも他にいないでしょうからね。

 容姿も家柄も人柄も悪くないし、何よりいつも素直にその気持ちをあたしにぶつけてくれる。

 今までもそれが嬉しくないわけじゃなかったのよ。

 私だってもうこの歳だし、そろそろ結婚しなくっちゃ」


 それに狩りの御伴に連れていっても役に立ちそうだし、という一言はさすがに控えておいたエリーンだった。

 だが背後から突然に多数の歓声が上がった。


「おー‼」

「結婚」

「嫁だ」


「エリーンが!」

「号外、号外」

「あの食欲魔人エリーンが結婚だよー」


 その声に振り向いたエリーンは呆れ返った。


「あんた達、いたの!

 さては、あたし達の後をずっとつけていたわね」


 そこにいたのは、言わずと知れたプリティドッグの子供達だ。

 いや、当り前のように親もいた。


 ジョニーは道端に簡易デスクを広げてタブレットパソコンとプリンターを取り出してビラを作っている。

 電源はマギ発電機だ。


 この誰もエリーンやリヒターを知らない土地であるニューヨークで、そのような物を作ってどうしようというのか。

 だが本人に見せつけるように華々しく作らねばいられないのがプリティドッグの性であった。


「わあ、凄い物を見ちゃったなあ。

 あ、そうだ」


 そして動画撮影していたスマホにて電話をかけるマリー。


「あ、御姉ちゃん?

 ウエディングケーキ一丁御願いします。

 王族結婚式に使うような特製の奴をね。

 味を最重要視してほしいんだけど。

 え、なんでかって?

 そりゃあ、それがエリーンさんの結婚式に使う物だからよ」


「マジで?」


 一瞬にして転移魔法で跳んできたエリが、電話越しではない肉声で訊いた。

 マリーが左手の親指を立て、「イイネ」を作ってにっこりと笑う。


「そうかあ、ついにエリーンさんの結婚式のケーキを作る事が出来るんだ。

 もう予約を貰ってから何年経つのかしら。

 あの時、うちの護衛に来てくれていた頃からだもの。

 確かアントニオさんの結婚式の時だったかな。

 そういや、もうあそこの子のレオンも随分と大きくなったよね。

 あの頃はレオンもまだマルガリータさんの御腹の中だったわ。


 エリーンさん、おめでとうございます。

 でも、これまたいきなりですね」


 何しろケーキの予約をいただいたのが、今そこにいる当時は小さかったマリーが今は小学生になってしまったくらい昔の話なのだ。


「ふふ、あれこれと思い出した事があってね。

 このニューヨークはそんな街なのかもねえ」


「御姉ちゃん。

 さっき、リヒターちゃんがプロポーズしてたよ。

 ほらこれ」


 そう言ってスマホで撮った動画を見せまくるマリー。


「わあ、いかにもな感じねー」


「こっちには高画質ビデオで撮った奴があるんだぜ」


「うんうん。

 あ、そうそう。

 ジョニー、そのビラをちょうだい」


「あいよ」


 そして号外のビラを持って嬉しそうに転移していくエリを笑顔で見送るエリーン。

 ついに御師匠様との約束が果たされる日が来るのだ。


 弄られまくったリヒターは苦笑混じりであったのだが、それでも愛されているのはいい事だと思えるくらいには彼も人間が出来ていた。

 伊達に、あの帝国が混乱期にあった頃から、誰もやりたがらないような宰相を自ら志願して務めていた男ではないのだから。


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