154-20 おお、ここは伝説の
「トーヤ、ここに昔、あのシンガービルがあったんだよね。
是非とも、その雄姿をこの目で見てみたかったなあ」
「うん、あの当時としては結構『きちゃっている』建物だったらしいし。
確かに変わったデザインだよね。
何よりも、当時はこのニューヨークで最高の高さを誇っていたらしいからねえ。
大きい事はいい事さ」
そう言って、大空を舞う巨大空中庭園を見上げながら感慨に耽るトーヤ。
本日狐っ子達は、世界で初めて本格的なミシンと言われた製品を製作していたシンガーミシンの社長アイザック・シンガーが建てたシンガービルの跡地を見に来たのだ。
その勇壮な姿を実際に拝めなくても、せめて跡地訪問くらいはと。
完全に何かのマニアによる行動である。
その箱型のビルの上にロケットのようなスタイルの塔みたいな上部を載せたその勇姿は、今存在したのであれば国の文化財に指定されるような素晴らしい趣があったのだが、それは既に五十年も前に再開発のために取り壊され、現在では当時とは違うビルが建っているのだ。
しかし、この場所はトーヤとエディ、特にトーヤにとっては聖地のような物だった。
ポールも一緒になってニューヨーク中を捜し回って、なんとか古書店にて入手した昔のシンガービルを描いた絵ハガキを見ながら、かつてそこにあったはずの勇壮な姿を映し出す脳内妄想にうっとりとしていた。
「ミシン、それは英語ではソーイングマシンという名でありながら、マシンが訛って日本ではミシンと呼ばれるようになった。
複雑な機構を持ち、それほどまでに当時は機械の代名詞でもあったミシン。
母から娘に継がれる事さえあった高価な機械。
時の江戸幕府の将軍に献上されて、初めて日本に齎されたという由緒ある偉大な機械。
それは国際的にオートマタと呼ばれる機械仕掛けの中でも特異な物、KARAKURIという独自な分類として扱われる、独特なからくり仕掛けを好む国民性にもよくマッチした。
ミシン、それは発明された当時、既に完成された機械と呼ばれた。
現代でも基本的な機構は変わっておらず、今も電気が碌に普及していない異世界でも使われ、全世界で愛されている最高の機械」
「そして、この地球から見て異世界人である僕達に国家特級技師の栄誉を与えてくれたもの。
それは生涯忘れ得ないものだね」
「御父さん達も一緒に連れてきてあげればよかったよね」
「駄目駄目、今はパレードに夢中さ。
なんかまた大暴れして、新しい酒飲み友達を作ったようだし」
隣でホットドッグを齧っていたポールが、それを飲み込んでから訊いた。
「ねえ、僕らはパレードに参加しないでよかったの」
「うん。
僕らには、賑やかなパレードに参加するよりも、ここでしんみりと……」
とはいかなかったようだ。
なんと騒がしいパレードの方がここへやってきてしまっていたのだ。
しかもドワーフの国王が先頭車両に乗って騒いでいる。
まるで親方達のために国賓歓迎パレードをやっているかのような有様だ。
確かにハンボルト家からの意向により国賓扱いになってはいるのだが、そんな事は意にも介さずにやりたい放題の有様だ。
一緒に同乗させられている二人の老人の顔が心なしか引き攣っている。
「おおーい、トーヤー、エディー。
パレードを一緒にどうだあ」
「やれやれ。
騒ぎの方が、こっちへ来ちゃったね」
「どうする?」
「乗ればいいんじゃない?
せっかくの御誘いなんだしさ」
ポール自身は、さほどミシンに執着はない。
むしろ、御針子である母親の方が熱心に取り付いているのだ。
単にプロの道具である。
もし壊れたとしても自宅に立派なミシン技師がいるので、別にどうという事もないのだし。
「仕方がないな。
じゃあ、行くとするかあ」
親方はにこにこして、ゆっくりと走らせているオープンカーに駆け寄って来た三人をひょいひょいと拾い上げた。
「ルイス、マーフィ。
これが儂の自慢の息子達と、その友達だ」
「こんにちは。
ルイスさん、マーフィさん。
エルドア王国王子のトーヤです」
「こんにちは、同じくエディです。
あのう、うちの家族が何か御迷惑をかけていませんでしたか」
すかさず、はっはっはと笑って胡麻化す親方とアニキ。
本場ニューヨークのマフィア相手に大暴れでありました。
「こんにちは、ポールです。
まあ、話を聞かなくても大体のところはわかるけど、おじさん達はいつもこんなものだよね」
「そうか、いつもの事だったか」
彼らの言葉から、あのとんでもない地上の大花火のような出来事、あれがドワーフにとっては只の平常運転なのだと改めて知る二人。
「はは、その耳は本物なのかい。
可愛らしいものだな。
君達は御父さんや御兄さんとは種族が違うんだね」
既にドワーフとの飲み会を通して異世界通になってしまっているルイス。
さすがは隠れた名酒場のマスターだけあって、ミハエルやエクードのような生粋の王子共みたいに無様に吞み潰されてはいない。
「うん。
僕達は獣人族だよ。
でも本当の家族なんだ」
「そうそう。大事な大事な、とっても大切な家族なのさ」
息子達にそう言われ、親方とアニキは嬉しそうに二人の頭を撫でた。
一度家族と認めたら、生涯それは覆らない。
それは「折れず曲がらずエルドアン」、ドワーフの家族の掟なのだった。
それを見たアメリカ人二人も微笑んだ。
そういう話をアメリカ人は大好きなのだから。
「ほう、これがシンガービル跡地か。
是非その姿を拝んでみたかったものだな」
エディから渡された絵ハガキを横目で見ながら、目を細めて空想上のシンガービルを仰ぎ見る親方。
「生憎と、残念ながらニューヨークにあったはずの工場跡の方は見つからなかったよ」
「そりゃあ残念な事だな。
ぜひとも『ミシンの聖地』を拝みたかったものだが」
するとルイスは、ふっと柔らかい笑みを浮かべてこう言った。
「ははは、それならわしが知っておるよ。
こう見えて酒場のマスターだから、そういう話もいろいろと聞いていてね。
後で案内してあげよう」
「本当~!」
「ああ。
しかしまあ、なんと言ったものか。
異世界にいる君達のような人族ではない者達から、これほどまでにニューヨーク生まれのミシンという機械が愛されているとはなあ。
天国にいるシンガーミシン発明者であるアイザック(シンガー)がそれを聞いたら、一体なんと言った事だろうなあ」
「ふふ、そいつは是非とも聞いてみたいもんだね!」
そして楽し気な親方一行を先頭に、いつ果てるとも知れぬパレードの大列は、世界一の称号を持つ大都市の市中をミドガルドの大ヘビの如くにゆったりと流れていくのであった。




