154-18 マフィア危機一髪
「くそ、なんだ、お前らは。
おい、近寄るな。
あ、お前は!
もしかして有名な昔の勇士サージェント・ルイスか?
名物男め。
昔は散々テレビに出演していたから、この俺でもお前の顔くらいは知っているぞ。
この女どもはお前の知り合いだったのか。
くそ、ロートルめが。
どこからこんな非常識な助っ人を連れてきやがった。
やい、人質がどうなってもいいのか」
奴は人質の少女を抱き寄せ、頬にぐりぐりとピストルの銃口を突き付けた。
「助けて、ルイスおじさん」
「黙れ、この悪党ども。
いつかは掃除されなくてはならなかったのだ、この街のダニめ。
大人しく今日この場で片付けられろ!
ハンナ、今助けてやるぞ」
だが、マフィアのボスがふと気配に気づいて右側を見たら、上からこっちを覗き込んでいた赤ら顔の巨人がいた。
足元には、自分の護衛をしていた三人の子分達が見事にのされていた。
おそらくは、トストストスと音もなく神速の攻撃を食らったのだろう。
ボスがちょっと喚いている間に。
「ひっ!?」
すぐ目の前で、にーっと歯を剝いて笑う巨漢のドワーフ王の迫力に、ボスは思わずピストルを取り落としそうになったが、その銃をあっさりと取り上げられてしまった。
並みの人間がドワーフのパワーとスピードに叶うはずもない。
しかも相手は、その中でも最強を誇るハンニバル国王なのだ。
親方は更に凄惨な笑みを浮かべ、クロムモリブデン鋼製の銃を握力だけで握り潰す。
それは巨大な『万力』の中でどんどんと変形し握り込まれていき、やがて親方の巨大な手の中で圧縮された弾薬が爆発し親方の手を焦がすのだが、その程度でダメージなんか欠片も入るはずがない。
やがてその全てが磨り潰されて粉になって散っていった。
魔法も錬成も使っていない。
ただ握力のみで鋼鉄の塊を粉にしてしまったのだ。
それを理屈ではなく感覚で理解したマフィアのボスは真っ青になってしまい、半ば後ずさりながら呟いた。
「ば、化け物め」
そして親方は素早くボスに駆け寄ると、そいつをひっつかむなり四つん這いにさせて『椅子男』に仕立てた。
手足をあっという間に手製の鉄の鎖付き手枷足枷で拘束して、それらの四肢を総重量が五百キログラムにも達する四つの鉛製インゴットに縛り付けて絶対に逃げ出せないようにした上で、情け容赦なくその無防備な背中と腰の上にドカっと勢いよく座る親方。
「ぐはあっ」
力士型体系を更にパワーアップしたような親方は、実に半端ない重量の持ち主だ。
並みの人間が、その勢いを付けた加重に耐えられるはずはない。
ルイスの店では椅子に対して自ら強力に強化魔法をかけていたくらいだ。
その酒や女に溺れて肉体の緩んだ初老のボスにはさぞかし辛かろう。
だが耐えないと、両手両足が砕けた上に内臓がすべて破裂してしまうのに違いない。
体中に走る悲鳴に対し、その本人は歯を食いしばるだけで悲鳴を上げる事すら出来ないほどの悲惨な有様であった。
親方はボスの部屋にあった、高級な大型のサイドボードの中身に目を走らせて宣言する。
「ほお。
この悪者、なかなかいい感じの酒を揃えているじゃあないか。
よしみんな、こいつを全部飲み干してから帰るぞ。
それからルイスの店で飲み直しだ」
「「「おーっ」」」
ドワーフの戦士達の上げた雄叫びにルイスも頭を振り、マフィアのボスに半ば同情したいくらいの気分であった。
「やれやれ、またとんでもない御客さんもいたもんだ。
店を開いて以来の珍事だよ」
「はっはっは、そんな事を親方達に言ったって無駄ですよ」
そこにいたのは腕組みをして笑う、沖田ちゃんと斎藤ちゃんだ。
もちろん、いつものダンダラ模様の袴に刀を差しているので、この戦闘現場では怪しい事この上ない。
「あ、あんた達は誰だ」
まだマフィアの仲間の用心棒がいたのかと、慌ててショットガンを構えたルイス。
「おう、おったのか沖田、それに斎藤」
それを聞いて、またこの国王が妙な仲間を呼んだのかと、銃口と肩を同時に落とすルイス。
「よかったら、そちらのマーフィさんと女の方達は家まで送らせていただきますよ」
「えーと、私は?」
「ルイスさんは駄目に決まっているんじゃないですか。
後で御店に帰って親方達と飲み直しをするんでしょう?
いやあ、いい絵が撮れました。
園長先生が喜びますわ!」
「飲み直し……え、園長先生?」
「キンダガーテン・デヴォー。
魔王園長先生ですわ」
幼稚園の園長先生は英語なら、ミスタープリンシパル・オブ・キンダガーテンとかザ・ディレクター・オブ・キンダガーテンなどになるのだろうが、そこは沖田ちゃんなので適当に語呂よく。
「デヴォー(デビル)!?」
「イエーイ」
それは幼稚園の園長なのかデビルなのか。
なんだかよく理解できなかったのだが、とりあえず助かったのでよしとしたルイス。
そういう訳で、もう観念して彼らに混ざって飲む事に決めたルイスなのであった。
家路についた戦友とその家族にグラスを振って挨拶すると、マーフィからウインクが帰ってきた。
沖田ちゃん達がマーフィ達を連れて外へ出ると、なんとたくさんのパトカーと警官隊が悪党の根城である館を包囲していた。
「全員抵抗するな、手を頭の上に……」
だがその直後、そこには一人の男がやってきた。
それはジョージ、不幸にもグランバースト公爵家担当にされてしまった迂闊なCIAの男だった。
共にいるのは、FBIの黄色いロゴプリントを刻んだレイドジャケットを着込んで、これまた派手に武装した男達だ。
まるでFBIが奇襲攻撃でも仕掛けるかのような厳めしさであったので、これまた居合わせた警官達を驚かせた。
この格好は「今からFBIが突入して銃撃戦をやりますからね」と言う意味を持っているので。
「はい、お前らそこまで」
ジョージが数回手を打ち、達観したかのように淡々と宣言した。
「な、なんだ。
あんた達はいきなり」
「ここの現場はFBIが預かる事になったから、お前ら地元警察はもう引き上げろ。
これは我がアメリカ合衆国大統領からの命令だ。
ほれ、これが大統領のサイン入り命令書だ。
ちなみに俺はCIAだ。
中にいる奴らは我がアメリカ合衆国と重要な関係がある【異世界の】国王御一行様だ。
明日のイベントのために招待された国賓の客で、彼らは治外法権を持っている。
絶対にお前らが手を出していい相手なんかじゃない。
というか、単に手を出すと確実に全滅するからやめておけ。
あいつらにはネイビーシールズだろうが英国SASだろうが絶対に敵わん。
今彼らは酒を飲んでいるらしいから、全員今の内に大人しく帰れ。
ドワーフが酒を飲んでいるのを邪魔するなんて、お前ら本当に正気か」
正気でなかったマフィアどもは、今猛烈におねんねの最中なのであった。
ジョージが言っている事は半ば適当なのだが、ニューヨーク市警の連中が奴らに手を出すと本当に面倒くさい事になる。
ハンボルト家は、彼らの客人に手を出した人間を決して許さないだろう。
そうでなくとも、この世界のというか、ハンボルトの管轄ではドワーフの細工は非常に好まれているのだ。
その御蔭で、今まで恐れられていただけのハンボルト当主の株はいろいろな意味で大きく上がった。
中でもオリハルコン細工などは垂涎の的なのだから。
そして万が一にも不手際があったなら、担当CIA職員の自分にまでとばっちりがくるのだから冗談ではない。
そのためにFBIまで引っ張り出してきたのだ。
一般の警察相手なら、これが一番よく効く。
別に彼らFBIの武装には何の意味もない。
単に警官達へ、緊急事態なのをわかりやすく見せつけるための芝居だ。
必要なら連中を中へ突入させて、適当に空砲を撃たせる事まで考えている。
地元の警官達は困惑しながらも、常に上から目線で彼らの仕事を奪っていくFBIに対していつものように毒づきながら引き上げていった。
本日はオプションとして大統領直轄組織であるCIAがその対象に加わった。
「あっはっは。
御見事、ミスターCIA」
「ああ、あんたか。
そのサムライのような格好は確か、あの魔王のところのゴーレムだったよな。
彼らはまだ中で?」
「絶賛、酒盛り中よー。
あんたも混ざる?」
「馬鹿を言わないでくれ。
こっちはまだ仕事中なんだよ。
明日、何かとんでもない代物が異世界から来るんだって?」
「そいつは見てのお楽しみよ~」
このCIAの手際も、しっかりと撮影されていた。
それが今回の沖田ちゃん達の任務なので。
「さあ、あなた方。
家まで送りますよ。
FBIがね。
あと、マフィアどもには二度と手を出させないわ。
アメリカ政府が、CIAが、FBIが、そして世界最強の覇者ハンボルト家及び、我がグランバースト公爵家シルベスター騎兵隊並びに我らゴーレム新選組がね」
折れず曲がらずは、別にドワーフだけの専売特許ではないのであった。
当分の間は彼らにも『草葉の陰からモード』でゴーレムの護衛がつくだろう。
そして事情がよくわかっていない彼らは、あれこれと首を捻りながらもFBIに送られて無事に帰っていった。
「さって、じゃあ中に戻ろうかな。
そろそろ椅子男君が限界にきてそうだし。
あれを撮らないと魔王様に怒られちゃう」
彼らの獣人にも負けない高性能な耳は、マフィアのボスの弱々しい悲鳴を捉えていた。
そして楽し気に、異世界新選組二人は建物の中へと戻っていくのだった。
当然、マフィアのボスは『押し蛙』のようになった模様です。
その後、連中の屋敷は撤収するドワーフの『デザート』となり、無事に解体され更地となりました。




