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1-11 魔法習得

 冒険者ギルドで教えてもらった教会はエルミアの街の外れにあった。

 魔法PCのMAPで検索したら、すぐに見つかった。

 そこはなんていうか趣があるというか、何かこう歴史を感じさせる佇まいだ。


 うん、ハッキリ言えば、ただボロいだけの建物だった。

 壁のタイルの剥げ具合なんか実にいい感じだ。

 こういう趣って個人的には気取っていなくて好感が持てる。


 屋根とかは少し傾いていないか?

 これは後で修復が可能なのだろうか……。

 俺って建築にはそう詳しくないのだが、屋根が曲がっているっていう事は建物自体が大幅に傾いているっていう事なので、屋根を真っ直ぐになるように直すよりも建て直した方が早い気がする。

 きっと床にビー玉を置いたら即座に転がっていくのに違いない。


 うちの街にあった児童養護施設も、戦後の焼け野原の跡に出来たたいした事のない施設から引っ越して建て替え、最近また引っ越して建て替えるまでは六十年物の超ビンテージハウスだった。


 なんつうか、何代にも渡る耐震基準なんか糞食らえの薄紙同然の構造というか……。

 跡地の売却のため不動産屋のサイトに載せられていた写真をパッと見ただけでも壁が薄いのがわかる構造だった。

 何しろ、この俺が生まれる遙か以前から建っていたんだからな。


 教会の中を覗くと子供がいっぱいだ!

 外で遊んでいた小さい子達が、なんか懐っこく纏わり付いてきた。


「おじさん、どこから来たの?」


「しーっ、こら。

 御兄さんって言わなきゃ駄目だよっ」


「はっはっは。

 こう見えて、俺って結構おじさんなんだよー」


「えー、本当にー?」


 こういう子供との何気ないやりとりも、ちょっと楽しいもんだ。

 ここのところ無茶苦茶に酷い展開ばかりだったからなあ。

 ああ、心が洗われるぜ。


 その子供達を手でじゃらしながら中へ進んだ。

 手にポケットを突っ込んだまま、壁にもたれて無感情に傍観しているような年嵩の子達を横目で見つつ。


「こんにちは。

 神父様はいますか?」


 俺はこういう時に出す、得意の猫撫で声で聞いてみた。


「何か御用ですか?」


 奥から出て来てくれた男性は、見たところ年齢は三十代半ばから後半にかけてといったところか。

 教会の服らしいものを着た、優しげな顔立ちをした男性が現れた。


 その神父様といった感じの人が着る服には、まるで幾何学模様であるかのようにデフォルメされた何かの紋章が描かれていた。

 彼らが信奉する神のシンボルなのだろうか。

 少なくとも、それがエホバとかの地球の神じゃない事だけは確かだろう。


「実は回復魔法を覚えたいのですが、冒険者ギルドでこちらを御紹介いただきまして」


「そうですか。

 それなら取得に王都の本部で決められた額の金貨二十枚がかかりますが、それでもよろしいですか」


 そうおっしゃる神父様は、心なしか疲れているように見える。

 いや気のせいじゃないだろう。

 ここでシスターみたいな人は殆ど見かけない。


 かなり年齢のいったような女性は一人いたのだが、それっぽい格好はしていないので、なんかその辺のおばさんによるボランティアのような御手伝いの人である気がする。

 いるのは、ただただ子供ばかりだ。


「今、手持ちの現金が少ないので、ちょっと工面してきます」


 そう言って一旦教会を出た。


 金貨二十枚か、いやあ凄く高いな~。

 日本円にして二千万円相当じゃないか。

 完全に今の手持ちから足が出ているわ。

 報奨金で頂いた金の十倍だ~。


 それでも医者の資格を取るのだと思えば、まあ納得の値段か。

 日本だと子供の内から物凄く勉強した上に、この数倍の費用がかかるんじゃあないかな。


 でもあれだけ子供がいたんじゃなあ。

 金がかかってしょうがない。

 子供の医者代がかからないだけ、まだマシというものか。


 それから街の換金所を回り、金板を二十枚ずつで金貨四十枚分を都合五か所で換金した。

 そして計二百枚の金貨を手に入れた。

 この先も物入りになりそうな気がするので、もう多めに換えておいたのだ。


 俺はこれから王都へ行く予定にしているのだ。

 もしここでおかしな奴らに目を付けられてしまったとしても、なんとかなると思っている。

 俺の車でぶっちぎれば、誰も追いついてこれやしないさ。


 もう街へは自由に入れるのだから慌てなくたっていいのだが、先に何があるかわからないという事だけは、この一週間の内に十分学んだ。


 街でも色々な食い物とかを仕込みまくった。

 初めて見る中世風の木造の街並みを珍しそうに眺めつつ、こちらの物品の取得に精を出した。

 地球でもヨーロッパには行った事がないから、よくわからないのだが。


 日本の観光地で和歌山あたりに、そういう感じのアニメにでも出てきそうな街並みが実在するのだが、いかんせん完璧に観光地になっていて、しかもウォーターフロントのマリーナにあるため小綺麗にされている街なのだ。


 これまた微妙に俺の家から遠くて、俺は一度も遊びに行った事がない。

 海沿いから車で行くよりも、一回大阪へ出てから行った方が早いんじゃないかというくらい遠いのだ。


 そこは温泉や海鮮市場もあって、イベントでマグロの解体とかをやってくれている事もあるので行ってみたかったのにな。

 今から行こうと思ってみても、もう完全に手遅れだわ。

 いつか自前でマグロを入手できるように頑張るか。


 少なくとも、この世界には中世ヨーロッパとは違って、ちゃんとしたトイレはあった。

 商店は、日本で言えば昭和の香りがするような、そんな感じだ。

 いわゆる八百屋だの三河屋だのの形態か。

 

 そういう、もうサ〇エさんの世界そのまんまのような店は、今ではもう日本でもめっきり見かけなくなった。

 俺が子供の頃までは、街中がまだそういう感じの個人商店でいっぱいだったもんだが。

 何しろ本場三河の住民だったからな。


 あれも江戸時代初期なら、うちの地元なんかきっと『将軍様の御膝元』という感じの由来を持つ店だったろう。


 街の御店ではでは揚げパン・フルーツ・串焼き・粗末なクッキーのような御菓子、小麦の袋に各種布地と糸や針、食用油に野菜、羊皮紙にペン・インクを発見した。


 あと、なんとキャンデーを発見した。

 さすがは辺境といえども、よく発展した国にある街だけの事はある。

 この世界にもちゃんと砂糖の御菓子はあったようだ。

 貴重品らしくて、それなりに高価だったが。


 干し肉各種にスープの素、服に下着にサンダルなどなど。

 様々な戦利品でアイテムボックスが賑やかになった。



 午後から教会を訪ねて、早速魔法の教授を御願いした。

 いろんな物はコピーした上で寄付させてもらったので、子供達から大歓声が上がった。

 御飯がまだだったか?


 いや、御昼御飯はいつも無いものらしい。

 俺ってそういう事も理屈抜きでわかってしまうようだ。

 地球でも一日三食を食うようになったのって、割と最近じゃなかったかな。


 寄付した食い物が瞬く間に無くなった。

 それを見ていた神父様の苦笑が印象に残る。


 ギルドの人は、教会のこの現状を知っていて紹介してくれたんだな。

 殺伐としたこの世界にもあったらしい人の親切心に少し触れられたので思わずほっこりした。

 この間はあまりにも殺伐とし過ぎていたので、俺は心が病んでしまいそうだったのだ。


 昼から、御腹一杯になった小さい子を寝かしつけて、やっと魔法の講習だ。

 残りの手持ち資金は、金貨百九十二枚に銀貨八枚、大銅貨三十枚と銅貨四百五十枚か。


 講習もただでは行われない。

 子供でいっぱいの孤児院は物入り過ぎる。

 日本の児童養護施設のサイトでの会計報告とかを見ると、あれもなかなか大変なもんだ。

 うちの辺はまだ経済的に豊かな西三河地区だったのでマシだったように思うのだが。


 国から児童養護施設へ落ちるお金は規模に応じて一律だが、後の分は都道府県単位での実力差が出てしまうからなあ。

 当然経済格差による寄付金の額も違ってくるだろう。

 わざわざ遠方の県にある施設へ寄付したりしないしな。

 貧乏県にある施設なんかだと食事の質とかに影響が出る事もあるらしいし。


 講習は、ちゃんと御客さんを取っての助手扱いだ。

 まず骨折の人がやって来た。

 足をやってしまっているので歩くのがかなり大変そうだ。


 診察した神父さんが回復魔法を発動した。

 じっとそいつを解析しながら見てみると、神父様の全身を巡る魔力が目に集まってくるような感じだった。


 これは、俺の『いつもの奴』の感覚だな。

 日本でのリアルチート万歳。


 神父様の体の奥から魔力が発せられる気配が感じられた。

 お、ちゃんと魔法を覚えられたようだ!


 そして、それが呪文というか魔法名の詠唱と共に腕から光を発しながら出て行くように見えた。

 あくまでそう見えるだけのものだと思う。

 魔力で見ているような感覚だから、そう映るのだろう。

 あるいは、『いつもの感覚』で視覚映像として脳内に結ばれて、そう見えるだけなのかもしれない。


 俺の場合、仕事に必要で時間がない緊急時などは、パレット積みで山のように積み上げられた納品用の通函の中身が、内部構造が透けてみえる透過図のように現実に見えてしまう事さえあるのだ。

 これは、もちろんノンフィクションだ。


 そういう時はさすがの俺も思わず目を擦ってしまうのだが、それは単に透視という形で発揮されたESPが脳内で映像として結ばれて、まるで目で見えているかのように映像を作っているだけなのだ。

 もっとも、こういう能力で女性の体を透視するなどというエロマンガのような事は絶対に出来ない。

 仕事をしていて、緊急の作業などで眼を血走らせているような時でないと発動しないものなのだ。


 魔法という未知の存在でも、あのセブンスセンスにかかれば、こういう感じになってしまうのかもしれない。

 まあ、こんな物はいつもの事だから特に気にしない。


 そのプロセスを一体にして魔法PCが、自動でスキルのパッケージのような物を作りあげたようだ。

 これも『あいつ』、俺のセブンスセンスのおかげだな。


 ステータスを見ると次のようだった。


全属性魔法 

 回復魔法 ヒールLv1


 そして、スキル欄に【見取りLv1】があった。


 やった、魔法を一つ覚えたぜ。

 なんか変なスキルも出来ているが。

 これはさっき、俺の中のあいつ、セブンスセンスのイコマが、魔法を覚える手順を魔法PCで起動可能なスキルとしてまとめてくれた物のようだ。


 俺の場合はPCに装備されているから、スキルというよりもアプリとかソフトとかいった方がいいのかもしれないな。

 これは別にスキルとして無くてもいいものだけど、あればまあ便利で楽なんだろう。


 その患者さんの骨は無事繋がったようだが、治療費のお金はあまり払えていない模様だ。

 だが神父さんは笑顔でその小銭を受取っていた。

 なかなか好感が持てる人物だ。


 俺から金が貰えたので懐が温かいのもあるのだろうが、俺には理屈でなくわかる。

 この人はきっと、いつもこうなのだ。

 異世界の『赤ひげ先生』を見つけた気分だな。


 次に病気の患者さんが来た。

 キュアーLv1、クリヤブラッドLv1と習得できた。


 はい次。

 お次の選手は毒にやられた方が来た。

 植物系の毒にやられたようで、真っ赤に腫れ上がっている。

 これは漆みたいな植物にかぶれたのかな。


 そいつを入手出来たら、塗り物の椀なんかを作れるかもしれない。

 その植物を探してみても面白い。

 ポイズンヒールLv1習得っと。


 こいつはありがたい。

 今の俺の体は、毒に対してどれだけ耐性があるのだろうか。

 そこはあまり考えていなかったので、ちょっと焦った。

 まあこれで今度からは大丈夫かな。


 次に軽症だが大量の怪我人が次々とやってくる。

 エリアヒールLv1で範囲回復魔法を習得できた。


 次に毒にやられた重傷者が来た。

 今度は毒蛇にやられたようだ。

 ハイヒールLv1、ハイポイズンヒールLv1を習得。


 次が重病人だ。

 肺炎の年寄りっぽいな。

 こいつはうちの母親も歳を食ってからやったっけなあ。

 レントゲンを撮ると肺が真っ白に映っていて、連れて行った身内が大慌てをする案件だ。


 肺炎は本当に面倒だ。

 ちょっとモタモタしていると、年寄りはすぐ手遅れになる。

 年寄りって何かあってもすぐ言ってくれないから困るのだ。

 ハイキュアーLv1、ハイクリヤブラッドLv1習得っと。


 次は怪我で症状が悪くて継続的に回復させないといけない人が来た。

 これはどうやら扱いが要注意の魔法らしい。

 常時作用するため、使い過ぎると副作用というか反動がきついようだ。

 リジェネレートLv1習得。


 食虫毒の症状で、まとめて運び込まれた数人の人達がいる。

 エリアリジェネレートLv1習得。 


「いや、凄いですね。

 本日は見事に一通り御見せ出来ました。

 こんな事はなかなかありませんよ。

 おお、御見せした魔法を全部覚えられたのですか?

 おめでとうございます。

 こんなにすぐ魔法を覚えた方は初めてですよ」


 俺っていう人間は、まさにそういうタイミングで現れるのさ。

 それこそがセブンスセンスの得意技中の得意技なのだ。

 まあそんな事を異世界の人に言ったって、よくわからないわな。

 現代日本人にだって理解されない能力なので。


 まあ俺としては非常に助かるんだけどな。

 ありがとうよ、イコマ。


「ありがとうございます。

 これで安心して旅が出来ます」


 この神父さんは、かなりの回復魔法の使い手だ。

 理屈でなくわかる。

 何故こんな素晴らしい人材がまるで左遷であるかのように、このような寂れた辺境にいるのか。


 だが、なんとなくわかる気がする。

 俺が昔いた会社には社内ゲシュタポのような部署があって、いつも社員を怒鳴り付け、様々な方法で従業員を虐めていた。

 しかし仕事は出来るが心根は優しい、そういう心の持ち主は社内ゲシュタポに押し込まれても、それが出来なくて懲罰的に地方へ飛ばされたりしていた。


 あるいは組合の委員長までやったのに課長になれず、出世コースである社内ゲシュタポ部署にも採用されなくて冷や飯を食わされたりしていた。

 そういう人は会社の良くない行状に対して浮かない顔で「そういう事は会社的にはいいのかもしれないが……」とか人前でポロっと言っちゃうような人なんだよ。


 そういう事をやられると従業員が本当に困るのだが、これもノンフィクションなんだよなあ。

 でもまあ、世間じゃよくある話さ。

 それが日本っていう島国根性の陰湿な国民性なのだから。


 この人も、そんな酷い待遇を受けた人なのかもしれない。

 でも俺はこういう人が大好きなんだよなあ。


 うちの会社でも、そういうゲシュタポ部門から追われた人達は皆いい人ばかりで、俺もとても仲良くしていたよ。

 だからゲシュタポから追われたんだろうけど。

 出世欲に狂ったゲシュタポ野郎どもの事は、心の底から蔑んでいたけどな。



 そして丁寧に礼を言ってから教会を辞した。

 やった、念願の魔法をゲットできたぞ。

 真面に医者はいそうにない世界のようだから、この回復魔法という奴は非常にありがたいな。


 ハッ。

 そういや、あの盗賊から襲撃を受けた村には怪我人がたくさんいたよな!?

 明日は色々と見舞いの品を持って村へ行ってみるか。

 どうせ急ぐ旅じゃあないんだから。


 この俺から、おせっかいを取ったら何も残りはしない。

 そんな人生を半世紀以上も生きてきたのだ。

 今更生き方は変えられない。


 そのために、もう一度街へ買出しに行った。

 食料・衣料品・その他諸々、この世界で通常流通している品を。

 俺の持ち物は日本から持ち込みの結構アレな品物ばかりだからな。


 そして宿に帰ってから軽く覚えたての回復魔法を復習しておく。

 うん、これで旅も心強いぞ。


 

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[気になる点] 「手にポケットを突っ込んだまま」 になってますね。
[気になる点] この神父さんは、かなりの回復魔法の使い手だ。  理屈でなくわかる。  何故、こんな素晴らしい人材がまるで左遷であるかのように、このような辺境に。 初めてあった回復魔法の使い手なのに何…
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