154-8 大いなる田舎御飯
「さあて、食べますよー、名古屋飯」
しかし、若い二人が外国どころか異世界へデートに来ているのだ。
おっさんは自分がどうにも御邪魔なような気がして仕方がないのだが、俺がいないと只の『異世界食通エリーンさんの名古屋食べ歩き日記』になってしまうのは目に見えているしなあ。
まあ、それでもリヒターは楽しいのかもしれないがな。
俺としては席を外そうか外すまいか、豪く迷うシーンだ。
とりあえずビールでも飲みながら飯を食おう。
ここは俺のホームグラウンドなのだから。
俺は生中の二杯目を頼んで、久しぶりになるここの料理を堪能する事にした。
御昼のラッシュは過ぎ去ったので、料理は比較的早めに出される。
俺は、手羽先の齧りついてから骨を抜くような正式な食べ方は苦手なので、ちまちまと齧りつくのだが、ここの手羽先は固めでちょっと食べにくい感じだ。
しかしエリーンの奴は、まるで生まれてこの方こいつを食べてきましたよという感じで上手に食べていた。
まあ手羽先自体は初めてではないのだが。
異世界では山本さんが作ってくれる奴が元祖なのだ。
あれは俺向きの柔らかくて食べやすい奴なので、本式とは少し違うかもしれない。
「なあ、帝国宰相の目で見た日本はどうだ、リヒター」
「いや日本、なかなかの物じゃあないですか。
街はどこもかしこも、とても発展している様子で、人の表情も街の雰囲気も穏やかだ。
そして何よりも、行きかう人に武装している人が一人もいない。
ここが平和な国なのがよくわかります。
あの世界きっての荒くれ者である貴方の故郷だなどとは俄かに信じがたい」
「ほっとけや!」
なるほどな。
いかにも異世界の重鎮の一人らしい感想だ。
元々、帝国は武闘派の国家だからな。
道行く人が武装していないだけで感心されるのか。
日本で廃刀令が出されてもう何年になるか。
戦後の著名人を見せしめに狙った拳銃狩りなんかもあったっけ。
まあ、これも所詮は偽りの平和に過ぎないのだが。
明日にはすべてが火の海になっていたっておかしくはない。
そういや、最近は東京や大阪あたりが『世界的に安全な都市』としてランクインしているそうだ。
地方住人である名古屋人の俺から見たら東京や大阪なんて物騒過ぎて、軽機関銃でも肩に担いで威嚇のために見せびらかしながら歩きたいくらいの感覚なのだ。
まあ、そうしていたって一般人から見ればサバゲーマニアくらいにしか思われないし、俺には治外法権があるので警官なんかも気にしなくていい。
大都市の繁華街で、いきがったチンピラみたいな無礼な若者が道を塞いでいて、「ああ、おっさん、なんか文句でもあんのか?」などと因縁つけてこようものなら、そのモヒカンみたいな何なのか訳のわからない金髪ニューファッションを掴んで百メートルほど投げ飛ばしてから「ストラーイク」と叫び、悪魔の高笑いを浮かべてやるのだが。
もちろん、そいつの仲間にもすぐに後を追わせてやるし。
投げても通行人には絶対に当たらないよう魔法でインチキして配慮するところがミソだ。
「まあ、ここは(大いなる)田舎だからな。
警察くらいしか武装なんてしていないよ。
なんていうかな。
ヤクザ、そうだな……異世界で言うところの盗賊ギルドみたいな奴らも、この街では東京大阪と違って非常に腰が低い。
ちょっと言いにくい事なのだが、ここいらはヤクザなんかよりも住人の方が、よほど気が荒いのでな」
すると二人とも箸を片手に急に真顔になり、俺の顔をじっと見てハモった。
「「ああ、なるほど~」」
「あ、お前ら。
なんという失礼な事を。
こう見えて、俺なんかこの世界では大人しい方だぞ。
特に暴れたりなんてしないしな」
「「本当~?」」
「ああ。
お前ら、本当に疑り深いな。
俺だって生まれ故郷では猫を被る事にしているのだ。
特段、敵対してくるような奴らもいないしな」
何が悲しくて生まれ故郷で、いちいち武力行動に出ないといけないほどの敵対行動を取られねばならんのだ。
そんな奴、この日本にそうそうはいないぞ。
もう失礼しちゃうぜ。
犯罪者の外国人だって、夜中に酒飲んで大声で騒ぎながら歩く程度だ。
むしろ警察と関わり合いたくないから、一般の外国人よりも奴らの方が面倒事を起こさないだろう。
ロシアンマフィアの連中なんかはヤクザと組むと警察に目を付けられるから、敢えてヤクザではなく半グレみたいな連中と仕事をしているなんて言われるほどだ。
そして親子丼が来たので、俺への無用な詮索は中止となった。
大体、生まれ故郷の県で異世界でやっているみたいに無法に暴れていたら、こちらの世界へ来た時に出歩くのに支障が出てしまうではないか。
さすがに全国指名手配は勘弁してくれ。
まあ治外法権は持っているので別にいいんだけれど。
「いやあ、この世界の親子丼、最高ですね」
「ああ、こいつはイケるな」
「そうだろう、俺の御勧めなんだぜ」
そして大いに味わいながらも、俺達は極上の名古屋コーチン尽くしの親子丼二杯を瞬く間に食べ尽くした。
箸が止まらないとは、まさにこの事。
そして、エリーンお待ちかねのプリンだ。
いかにも極上の卵で濃厚に作りましたよという風情の、激しく黄色い肌をした奴にエリーンはもう感激だった。
一つ目は夢中で掻き込んで、二つ目は夢中で掻き込んで、そして……奴が正気に立ち返り、ハッと気がつくとプリンは七個ともすべて無くなっていた。
相変わらずブレない奴だなあ。
「は! しまった。
六個目からは味わって食べようと思っていたのに、全部掻き込んでしまった」
呻くエリーンにそっと一つ差し出すリヒターの気遣いに、思わず笑顔になるエリーン。
「うわあ、ありがとう」
彼は異世界の視察のために一つ食せればよいので、残りは最初からエリーンにやるつもりだったのだろうが、想い人に対して思わぬポイントになったようだ。
ちなみに俺は二つともちゃんと味わって食べていた。
エリーンがじっとこちらを見ていたのだが、欲しければ別に頼めばいいのであげない。
俺だってこれは大好きなんだからな。
昔から酒飲みのくせに甘い物もよく食ったのだ。
そして結局、奴はもう四個追加で注文した。
リヒターに貰った分も合わせて、全部で十二個か。
こいつ、昔から気に入るとまとめて食いたがるんだよなあ。
よくまあ飽きないもんだ。
俺は、いくら美味くたって同じ物をそうそう何個も食べたくはないのだが。
翌日にはやっぱり違う物を食べたいし。
どんなに美味くても、毎日ずっと同じ物ばっかり食べていると終いに脳が拒否するようになるからな。
エリーンなら、プリンなどの場合はそれすらないかもしれん。




