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16-2 王子様の素顔

 ミハエルは執務室というか自室で机の前に座り、腕組みをして難しい顔をしていた。


 目の前には、彼の邪魔をしないように部下がそっと置いてくれた御茶もあったのだが、それすらも目に入っていないほどの集中力で沈思黙考の様子なのであった。


 明るめな金髪の、やや長めに伸ばした髪。

 そして瞳は理知的な光を湛えた深めの青色。

 鼻筋は整っており、唇も柔らかめな形のいいものだ。

 その貌は内なる心を映す物なのか、彼の担う苛烈な仕事内容の割には酷薄そうな感じは全く受けない。

 貴公子は難しい顔をしていても様になる。


(帝国に動きがあった。

 だが、どうにも妙だ。

 本来ならば、気候の厳しい冬を前にして本格戦争を仕掛けてくるとは思えないのだが、どうにも妙だ。

 何か仕掛けてくるはずだ。

 諜報の専門家として確信めいたものを、そこはかとなく感じる。

 いやよそう。

 来る。

 奴らは必ず来る。

 自分はそのように確信している……)


 彼ミハエルはそのように感じているようだ。


「ここは一つ、手を打ってみるか。

 今日、グランバーストと会う事にしよう。

 何、彼も今日はエミリオのところに来ているとか。

 早速さりげない風を装って行ってみよう」


 そんな独り言を漏らし、その二つ名の如く俊敏に行動に移った。


       ◆◇◆◇◆


 第二王子ミハエルは、さらりっとエミリオ殿下の部屋を訪れてきた。


「やあやあ、私の可愛いエミリオ。

 元気にしていたかい?」


「あ、ミハエル兄様!

 はい。

 今もアルに色々なお話を聞かせてもらってたところです。

 稀人の国のお話はとっても面白いです」


 ほう、それは興味深いな。

 彼はそう言いたげな表情で目を細めてこちらを見ていた。


「ごきげんよう、グランバースト卿。

 ケモミミ園の方はいかがですか」


 ふむ。

 さてはこの男、弟の方ではなく俺に何か用があって来たのだな。

 いつもの感覚で何の脈絡もなくわかってしまった。

 だが嫌な感じはしない。

 むしろ好ましいというか、そのように受け止めて対応せねばならんような。


「ええ、ボチボチです。

 あと年内行事として学芸会がありますね」


「よろしければ私の部屋でお話を出来ませんか?

 非常に良い御茶が入りまして。

 エミリオはそろそろ、御勉強の時間だね」


「はい。もうすぐ先生がいらっしゃいます」


 やはり頃合を見てやってきていたか。

 俺に話というからには帝国絡みの懸案事項かな。

 どうやら面白い話を聞かせてもらえそうだ。


「そうですね。

 では、今から御邪魔させていただきましょう。

 じゃあエミリオ殿下、またね。

 学芸会は是非見にきてちょうだい」


「うわあ、楽しみだなあ」


 エミリオ殿下の部屋を出て、歩きがてら話を振る。


「そういえば、ミハエル殿下は随分とフットワークが軽いんですね。

 御兄さんの方は、やや腰が重い印象でしたが」


「あはは、それが私の身上でして。

 色々とやらせていただいているんですよ」


 いろ、いろ……ね。

 わかった。

 この男、諜報とか情報処理とかそういった分野を担っているんだろう。

 だから日頃からあんな風にしていれば、どこに居てもおかしくないし、また居なくても済んでしまう。

 その反面、裏では忙しく駆けずり回ったりしているんだろうな。

 御苦労様な事だ。


 この男からは、あのニールセンのような胡散臭さは全く臭ってこない。

 明らかに粉骨砕身系の人間だ。

 顔付きにも卑しさは欠片もない。

 日本では「三十前は親の顔、三十過ぎたら自分の顔」とよく言われるが、この三十前の男はその両方かな。

 この男もその親も紛れもなく船橋の血筋を引く者達なのだ。


 部屋へ着くと、侍女ではなく部下らしき人が、きびきびと御茶を入れてくれた。

 へたをすると、この王子様のプライベートルーム自体が、この国の諜報活動の中枢なのだ。


 まず御茶をいただくとする。

 ほう、これはなかなか。

 あれこれと趣味の方も悪くはない。

 御茶菓子の選択もいい。

 甘過ぎた砂糖べったりなものとは訳が違う。

 出された御菓子一つからも、この男の性根が透けて見える。


「ところで、お話というのは帝国がらみ?

 私に何か頼みがあるのではないですか」


「ズバッと切り込んできますね。

 まあ確かにそうなのですが」


「私自身、話の早い人物が好きでして。

 早速お話を伺わせていただきたいのですが」


「ではズバリ申し上げましょう。

 あなたに帝国へ行っていただきたいのです」


「へえ? それはまたどういった狙いで」


 俺は少し値踏みするような感じで訊いてみた。

 今まで碌な付き合いもない人間に向かって、いきなりあんな国へ行ってこいなんて言うんだから只事ではなかろう。


「実は帝国に少し動きが見えまして。

 しかして、それもなんだか妙な感じで掴みどころがないのです。

 だが、奴等は必ず来る。

 ここへ攻めてくる。

 そう確信しています。

 なんていうか上手く説明できないのですが、何故かあなたなら、そういう事をわかっていただけるような気がするのです」


 ほお。

 こんなところに、俺の御仲間みたいな人間がいたか。

 こういうのは職業的直勘っていう奴なのかね。

 この手の人間には、そういう輩が多そうだ。


 そうだよ、あんたの言うとおりさ。

 奴らは必ずやって来る。

 企んでいるのさ。


「暴れん坊の貴方を帝国へ送り込めば、向こうで必ず動きが出る。

 その動きの出たところを徹底的に調べれば、何かわかるような気がしています」


「あなたは王国における諜報関係のトップなのですね」

「仰るとおりです」


 王子様は悪びれもせずに言う。

 俺なら知っていて当然の扱いですか。


「わかりました。

 ただし、今は少し忙しいので二~三日の期間で。

 その代わり、あなたからのリクエストには御応えしますよ。

 こっちもまたケモミミ園に攻め込んでこられたら、(たま)ったものじゃないのだし。

 あと連中の情報はこっちにも回してくださいね」


「わかりました。

 それに関しては確実に御約束します。

 いや、あなたが話のわかる方で助かりました」


「ではどのように?」


「転移魔法ではなく、正規に帝国へ入国してください。

 そして、しっかりとアピールしてください。

 公爵殺しの精霊魔王推参といった感じで」


「それじゃあ、今から行ってきますね。

 現地の大使館には顔を出しておきますので」


 そう言うや否や、俺は転移魔法でその場からかき消えた。


「私よりフットワークのいい人は初めて見たな……」 


 疾風のミハエルと呼ばれている人物は憮然とした表情で呟いていた。


 何、ちゃんと隠蔽カメラは残しておいたんだ。

 その顔を見るためだけに。


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