154-6 名古屋へ
そうこうするうちに、空中庭園の地球行きの日取りが決まった。
空中庭園の艤装や設備も、もう全てが完成したのだ。
現地の航空会社や管制官達には既に話が通っているので安心だ。
そして滅多にないようなイベントだという訳で、多分現地の商売人達も手ぐすね引いていることだろう。
むろん、うちの商会も一枚噛んでいるのだが。
ゴーレム連中も非常に張り切っている。
彼らは転移ポイントも含めて情報をしっかりとリンクしているので、初めて地球へ行く連中も何も困らない。
俺はシルベスター離宮にある俺のリビングでソファにもたれて、そいつがはしゃいでいるのを見物していた。
「いっぱい食べるぞー。
次は名古屋飯ですね!」
本来、こいつにはほぼ関係ない話のはずだったのだが、エリーンの奴が豪く張り切っていた。
何しろ出会った頃からよく名古屋飯の話をしてやっていたからな。
初めの頃は俺も地球へ行けなかったので、名古屋飯を恋しがって結構こいつにそういう話をしていたのだ。
タブレット片手に写真や動画を見せながら。
既にこの前、日本へイタ飯食い倒れに行った時に「名古屋食べ歩きMAP」なる物を入手していて、真剣な表情をして矯めつ眇めつ眺めている。
この日本語で書かれた本を、もう隅々まで読破しているらしい。
見上げた根性であった。
相変わらず用意周到な奴だ。
きっと大阪とか札幌や博多あたりも、既にガイドブックを準備しているのではないか。
それを横目に、俺はちょっと知り合いに電話を一本入れた。
「よお、ドラン。
調子はどうだい」
「いや、調子も何も。
この前は本当に酷い目にあった。
お前もよくアレをなんとか出来たものだ。
うちは毎回毎回あれに祟られる運命なのか。
もう、うんざりだ」
奴の心底嫌そうな声が、電話回線を通して返ってくる。
「あっはっは、ベルンシュタイン帝国成立以前の時代からの『帝国と魔界の鎧』の因縁だからな。
まあ安心しろよ、さすがにもう出てこないだろう。
本体の怨念を、神に相当する者に預けてきたのだから。
預かった奴は『刑期数億年』分の恩赦と引き換えなんだから、ちゃんと面倒くらいは見てくれるさ。
とにかく、誰かがあの魔界の鎧の本体の愚痴を聞き続けてやればいいだけなんだからさ。
果たして、あの鎧が滅びる事があるのかどうかは知らないがね」
あのコンビなら、永遠に愚痴大会を開催し続けていたとしても、まったくおかしくはないのだ。
それを聞いて辟易したという感じにドランが呻いた。
「ううっ、聞いているだけで眩暈がしてきそうな話だ。
お前はどうしてそう平気なんだ?」
「そう言われてもな。
なんかこう、慣れ?」
「そんな物、絶対に慣れたくはないぞ。
ところで何か用だったのか。
ようやく、この前の馬鹿騒ぎの後始末が終わったところでな。
リヒターの奴も休む間もないような有様だったので、一度休暇をやらねばと思っているところだ」
「ほう、それはちょうどいいな。
実は空中庭園を地球へ持っていくイベントがあるので、俺の故郷の街へ行くからエリーンも行きたがっていてな。
もしよかったらリヒターも一緒にと思って」
「そうか、それじゃあ本人に『今から行きます』 おわっ、いつの間に来ていた、リヒター」
何故かタイミングよく、この時に皇帝のバックを取っている若き宰相。
こいつなら、いつでもドランを暗殺できそうだ。
だが暗殺したら、その分の仕事がすべて彼に降りかかってくるので絶対にしないだろうが。
そしてドランからスマホを奪い取ったらしきリヒターが興奮したように叫ぶ。
「いつも御配慮ありがとうございます、グランバースト公爵!
今からすぐ参りますので!
おーい、ゴーレム君~」
また皇帝の机の裏のあたりの壁を、例の呼び出しリズムでコンコンと激しく叩いて、エルフの里に駐留しているうちのゴーレムを呼び出しているリヒター。
それを見て苦笑したようなドランが、リヒターから取り返したスマホで言ってくる。
「では、リヒターの奴の事は頼んだ」
「ああ、行くのは明日からだから、しばらく預かるぞ」
「構わんよ。
どうせこういう事でもないと、なかなか仕事を休まない奴だからなあ」
そういう奴がいてくれるから世の中は無事に回っていくのだが。
かくいう、我が家の新離宮もそういう働き過ぎる奴の御蔭で無事に完成したのだ。
かなり無茶を言ったのに、よくあの短期間で出来てしまったものだ。
あれには、いつも無茶な建設なんかをやるこの俺をもってして甚く感心したもんさ。
さっそく御洒落をしてやってきたリヒター。
いつもの、こっちの世界の高級服飾ではなく、もう既に用意されていた地球の御洒落着だった。
もちろん、そいつは地球でのデート用に俺が何着か用意して渡しておいてやったものだ。
こいつも色男だから、そういう格好もなかなか映えるな。
俺の関係者は支給されたマギ発電機を持っているから電力を使えるので、地球製のアイロンなんかも渡してあるから、それらの服もピシっとした感じに仕上がっている。
ついでに、リヒターを連れて来たエルフの里にて下男のロールプレー中であるゴーレムに話を聞いておく。
「そういえば、この前の騒動でエルフの里は何事もなかったか」
「はい。
あの騒ぎの間は誰も外には出られませんでしたが、魔界の鎧が帝都から出て行って片付いてからもしばらく皇宮には誰も戻ってきませんので、エルフの子供達が大喜びで無人の皇宮中を毎日駆け回っていましたよ。
進入禁止の立て札の立ててある上等な花壇に入ってしまったり、皇帝執務室で本物の皇帝の椅子に座って皇帝ごっこをしていたりとか。
はたまた秘密の抜け穴を強引に魔法でこじ開けて探検していたりと、実にやりたい放題の有様でした。
日頃は絶対に出来ない遊びですからね」
「さすがだなあ。
長寿なエルフとはいえ、子供はやっぱり子供っていう事かあ」
そして、そわそわしたリヒターが急かすような感じに訊いてくる。
「ところで公爵、エリーンさんは?」
「あれ、今しがたその辺でMAPやガイドブックとにらめっこしていたはずなのだが」
だが姿が見えない。
まさか、もう一人で日本へ出かけてしまったとか?
俺はエリーンに電話してみたのだが電話に出ない。
たとえ向こうへ行ってしまったとしても、アエラグリスタ回線により電話は通じるはずなのだが。
そして間もなくバタバタと廊下を駆けてくる音がしたかと思うと、バンっとドアを開け放って奴が飛び込んできた。
「いやあ、ついでに日本人の山本さんと葵さんにもお話を聞いてきました。
やはり、手羽先や味噌カツは捨てがたいようです!
ああ、ここは是非とも織原君の意見も聞いておきたいもんですね」
もう名古屋飯探索準備に夢中なエリーン。
生憎な事に目の前にいるリヒターも視界に入らないほど、今は名古屋飯情報に夢中らしい。
俺とリヒターは苦笑いのアイコンタクトを交わし、二人でその楽し気な様子のエリーンを見守るのだった。




