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153-19 闇のお迎え

「ファル、もう一度あいつらを呼んでくれないか」

「あいつら?」


「リバース」

「あ」


 そう、あいつ魔界の鎧に、この『表の世界』から退場願うのだ。

 向こうの世界ならば、この厄介な鎧を、いや魂を持て余す事もあるまい。

 むしろ、この哀れな悲しき魔界の鎧にとっては却ってふさわしい世界なのかもしれない。


 本来ならば、こちらの世界に不干渉を貫く彼らが力を貸してくれる事はないはずなのだが、今回ばかりはな。

 次元の彼方にある地球にまで多大な影響を与えているくらいなのだ。

 世界のバランスを崩しかねないほどの事態なのだから、彼らとて最早放っておくわけにもいくまい。


 そして数えきれない犬の群れと猫一匹が、巨大で真っ黒な雲突くような瘴気の塊と化した魔界の鎧と睨み合い、あの闇の怪物の方がややビビり気味という不思議な構図の中で、また世界に風が吹いた。


 今度は世界が闇の版図に変わるのではなく、彼ら自身が表の世界に現れた。

 どうやらロスとは話がついているようだな。

 彼らを表の世界へ招待したのは、そのロスの御使いたるファルスなのだし。


 彼らはその闇を体現したかのような揺らめく鬼のフォルムで陽光の中にて立ち尽くし、まるでその怪物を憐れむかのように対峙した。

 すると魔界の鎧はまるで緊張したかのように、その瘴気の塊のボディを更に縮めた。


 例の委員会の連中と思われる十体くらいの鬼と、何故かあのメルグが中心にいた。

 闇の鎖で体中をがんじがらめにされた状態で。


 メルグは心なしか機嫌が悪いというか、顔色が青ざめているというか、そのようなニュアンスで。

 あいつらは人の心を読むから、ESP系の人間である俺の場合は妙な霊的回線が出来てしまうのかもしれない。


 闇鬼リバースことベルーラが、厳かであるとも言えるような口調でこう言った。


「そいつが魔界の鎧か。

 なんとも哀れな。

 本当に人間というものは同胞に対して平気で酷い事をする。

 我らには理解できぬわ」


 いや、あんたらだって大概じゃないか。

 同胞たる者を、世界が、あるいはその住人が姿をまるで変えてしまうほどの間、深淵の魔闇の底へ幽閉するなんて。

 それは下手をすると大陸さえも、その姿を変えるほどの永い刻なのだ。


 俺の考えを読み、まるで闇の体を揺するかのように黒い陽炎を揺らめかせ、奴は笑った。


「わしらの時間は、お前達の飛沫のような時とは違うわ。

 さて」


 そう言って闇鬼の王ベルーラは魔界の鎧へと向き直った。

 このような状況に置かれてしまえば、彼ブランの望みである世界中の人間を家族への副葬品として捧げるという希望はもう決して叶わないだろう。


 だが、この鬼相そのものを闇で体現したかのような鬼が、こんなにも優しい声を出せるのかと俺が驚愕するほどの懇篤な声音で、彼はその魔へと語りかけた。


「のう、魔界の鎧よ。

 哀れな、いや言っても詮のない事ではあるが。

 お前は我らと共に来るがよい。

 この闇鬼の伴をせよ。


 お前の仇たる狂皇エルグは既にこちらの世界の管理者である主神ロスの手の者に討たれておる。

 それを為した精霊の森のレインボーファルス、その子供と戦っていても仕方があるまいに。


 だが忘れろなどとは決して言わぬ。

 思う存分、()くがよい。

 闇の世界、我らの裏の世界であるならば、お前が永遠に哭いておっても構わぬ。

 わしらだけは、お前の嘆きを永遠(とわ)に聞いてやろう。


 哀れな魂よ、わしらと共に参るがよい。

 この表の世界でお前の魂が救われる事は最早未来永劫ない。

 それでは無残に殺されたお前の家族も決して喜ぶまいよ」


 ベルーラの奴め、またとんでもない事を言っていやがるな。

 それもまた堪ったものではない。

 そんな刑罰は俺ならまっぴらゴメンなのだが、永遠に行き場のない魂であるこの魔界の鎧にとっては、それすらも一種の救いになるのだろうか。


 そして委員会の鬼共に囲まれて闇鎖を装備した風体で、メルグの奴が前に押し出されるように進み出た。

 奴は鎖を解かれ、渋々といった感じの声でこう言った。


「纏え、鎧よ。

 今より我がお前の主だ」


 なんとまあ、どうやらメルグの刑罰に変更があるらしい。

 闇の底に沈む牢獄での刑期数億年にも渡る禁固刑から、希代の妖物の御世話係に転職だ。


 まあ、こいつも日がな一日「出せ」と叫んでいた手前、この仕事を断れんのだろう。

 これまた俺なら勘弁してくださいと土下座して許しを請うような刑罰だ。

 もうあれの相手はうんざりだぜ。


 しばらく逡巡していた魔界の鎧は、言われた事がわかっているのかわかっていないのか、それすらもよくわからないのだが、するすると闇鬼罪人メルグの体に吸い込まれるように纏わりついていき、ついにはその巨大な姿を消失した。


 そしてメルグの体の周りには闇の衣が纏わりついていた。

 闇の住人が闇の衣を纏ったので、さらに闇が濃くなったような雰囲気だが、その衣はさっそく哭いていた。

 ただただ、哭いていた。


 鬼は哭くものだ。

 そして、その闇衣に成り果てたそいつも哭いていた。

 それを聞く者すべての心を抉り、その奥底までも想いを届かせんとばかりに。


 永遠の慟哭、救えなかった家族。


 彼も幸せになりたかったのだ。

 ただ愛しい家族を幸せにしたかっただけなのだ。


 はあ、なんだか無性に気が滅入る。

 この異世界へやってきて、この歳で初めて家族を持った俺には、その気持ちが痛いほどわかる。


 何一つ罪はなく、完璧なまでに一方的な被害者であったブラン。

 だが、おそらく彼はもう決して成仏する事は出来ず、輪廻の輪からも外れ、魂も家族の元へは帰れない。

 ただ、ただ啼くだけだ。


 転生は、前世へ残ってしまった未練や想いを遂げるため、元の家族のいる家の近場、あるいは再び家族として生まれ変わる事も多いと言われているのに、もうそれは未来永劫に叶わない。

 それが罪なき彼が魔界の鎧として犯した罪の重き代償なのだ。


 鬼の主に自分の嘆きを永劫聞かせ続ける、ただそれだけのために闇の世界へと旅立つ彼。

 俺は、あの光景を見ておきながら、なんとかしてやりたいと思いながら、哀れな彼の魂を家族の元へと送ってやる事は出来なかったのだ。

 これでロス大司祭とは笑わせる。

 いや『主神ロスの契約者』の名が泣いているぜ。


 彼の悲しい魂を救ってやる事は出来なかった。

 俺には何も出来なかったのだ。


 俺は信奉して止まない龍神大和の龍王として、いやこの世界限定であるならば『主神ロスの契約者』の称号を持つアスベータの龍皇たる者として、なんと無様な事か。


 だが、ベルーラは俺にも笑いかけるような感じでこのように言った。


「魔王よ、お前のそのような顔が見られただけでも表の世界へやって来た甲斐があったというものだ。

 それではな」


「まったく、このように厄介な案件をこちらに回すとは。

 これだから稀人というものは。

 御蔭で我は、当分の間この鎧の愚痴を聞いてやらねばならんのだから」


「何を言うんだ。

 その御蔭で、あの永刻の闇牢獄から無事に出所出来たんだろうが。

 ちったあ感謝しろよ。

 娑婆の空気は美味かろう?」


「抜かせ。

 おかげでニューファッションになってしもうたわい」


 そのように憎まれ口を叩くメルグだったが、そのような些事には一切見向きもせず、魔界の鎧はただひたすらに哭いていた。

 隠々滅々に、ただただ哭いていた。


 これからも永遠に哭き続けるのだろうか。

 それとも、こいつがいつか笑える日がやってくるのだろうか。


 俺にはわからない。

 あるいは全知のイコマにならわかるのだろうか。

 だが、彼セブンスセンスたる我が内なる者も、本日は黙して語らなかった。


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