153-8 忌まわしき記憶
ここはベルンシュタイン帝国成立以前の国家ベラード。
広くはあったが密に発展したわけではなく、隣国との境目も定かではない。
まだ現在のベルンシュタイン帝国のように、アルバトロス王国との間の国境である大河まで広がってもいない。
現在のロス大陸の大国達は、皆日本の何倍もの広さの国土を誇るが、昔はもっと国の数が多く群雄割拠な地域もあったのである。
ベラードなどというような国名は今まで聞いた事もない。
俺はそのような事は知らないはずなのだが、何故か国名がわかる。
これは俺のインナーアイである、全知のイコマが見せている夢なのであろうか。
そこは都、そうベラードの帝都ベラールだ。
う、嫌な予感がする。
帝都という事は、ここは後身のベルンシュタインと同様に帝国で、皇帝がいなさるということか。
俺は先代のベルンシュタイン皇帝や、それになりそこなった旧皇太子ベッケンハイム公爵を思い出してしまった。
今から冷や汗がだらだらと流れてきた。
わかる。
理屈でなくわかる。
絶対に碌な事にはならないはずだ。
いや、こいつはもう起きてしまった事で、俺はこの魔界の鎧の記憶などからこの夢を見させられているだけなのだ。
現実世界の俺の体が今どうなっているのか非常に気になるのだが、今はそれどころではない。
あの場に真理もいたから、きっとなんとかしてくれているだろう。
この夢に魔界の鎧の何らかの手掛かりが示されていればいいのだが。
「そうか、これはあの魔界の鎧を生み出した当の人物の記憶、あるいは夢なのだな。
イコマの奴がそれを見せてくれているのだ。
いや、そいつ自身が魔界の鎧そのものに成り果てているのかもしれない。
何だろう、いつになく非常に嫌な、不快極まる気持ちだ。
嫌な感じ、セブンスセンスで感じ取る、あの嫌な感じそのものだ。
俺はこんなものは見たくない。
といっても強制的に見せられてしまうのだろうが」
まあ敵を知れっていう事だよな。
こんな事は、ジェシカの子供の頃の夢を精霊達によって見させられて以来の事だな。
あれも中々に嫌な物だったが、今回の奴はそんなレベルのものではなさそうだ。
男だ、男がいる。
こいつが、この本篇の主人公?
魔界の鎧を生み出した張本人なのだろうか。
だが男は何故か幸せそうな様子で、浮かれているといってもおかしくない。
一見しただけでは、そんな風にはまったく見えない。
ああ、こいつの名はブラン。
あ、駄目だ。
間違いない、こいつだ。
こいつが、あの魔界の鎧を生み出した張本人なのだ。
わかる。
理屈でなくわかる。
俺は身も蓋もないあの力で、そいつを理解してしまった。
そして俺は今からそれを見せられてしまうのだ。
多分それは、この俺が世界中でもっとも見たくないような代物なのに決まっている。
必死でもがいて逃げようとするが駄目だった。
HP三千二百万など、この状況下では糞の役にも立ちはしない。
無駄と知りつつも、俺は儚い抵抗を続けた。
「くっそ、今の俺は意識だけの存在なのか。
これは文字通りの夢で、現実世界に置いてきた俺の体は意識を失い活動停止になっているみたいだな。
こいつはヤバい」
なんというか、悪夢を見ていて逃げ出したいのにも関わらず、どうにも体が動かせない状態みたいなものか。
これが本当の夢であるならば、俺にはもがいて意思の力で強引に悪夢から目を覚ます事も可能なのだが、これはおそらく夢を見終わるまで、こいつが誰かに伝えたい何かを見終わるまで開放してもらえない雰囲気だ。
こいつはヤバい、文句なしでのヤバさだ。
そう感じていたのだが、逃げ出す事など到底叶わない。
どうやら大人しく無料視聴させていただく他はないようだった。
俺はがっくりしながら、奴の記憶のフィルムが再生されていくのを眺めているだけだった。
空から俯瞰するように、あるいは部屋に憑いた幽霊が見るかのように。
幽体離脱の経験はないが、きっとこんな感じの体験であるのに違いない。
「あなた、ブラン。
お帰りなさい」
「ああ、ただいま。
メルシー、パトリシアは?」
「ええ、よく眠っているわよ」
なんだとー。
その名前には激しく聞き覚えがあるぜ。
あれは確か織原の時、あの子鎧を倒した時の。
あの呪詛に満ちた言葉が今脳裡に蘇る。
『おのれ、おのれ。
我は滅びぬ、お前ら人間がある限り、我の呪いと怨みは消えぬぞ。
うう、メルシー、パトリシア、ぐううう』
この魔界の鎧の不滅性の大元は、やはり怨念か。
この想いが消えぬ限り、何度でも蘇り、そして強くなっていく。
なんてこった。
これから起こるのは惨劇、しかも酸鼻をつくような悲劇なのだ。
その上観客は世界で俺一人だけの貸し切りホラー劇場なのだとっ!
誰か助けてえ。
俺、血塗れの本格的なホラーは凄く苦手なんだけど。
鮫映画やB級ゾンビ物はよく見ていたんだけどね。
だが、男は幸福だった。
主都の住人としては比較的狭く質素な部屋と、その調度。
身なりもさほど良い物ではないようだ。
少なくとも、それらは貴族や裕福な商人の着るような煌びやかなものではなく、エリ達のように粗末な格好をしている。
もちろん今の裕福な時代のエリではなく、最初に出会った時の、あのダンジョンで荷物持ちをしていたような頃のエリだ。
見たところ、男はさして裕福ではなさそうだ。
だが、それでも男は幸せだった。
家族と一緒に笑っていられたから。
きっと他に何も要らなかったのに違いない。
奴がそこまで家族を愛していたからこそ、このような悲劇・惨劇を生んだのだ。
人の魂が、あのような禍々しい物を産んでしまう何かを今から見せられるのだ。
俺は自分の膝がガクガクいうのを止められなかった。




