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153-5 最悪の報せ

 そしてカレンダーを埋めていくが如く軽やかに時は歩みを進め、平穏な日々が過ぎた。

 俺も全てが気のせいではなかったのかと首を捻るほどに平穏だったのだが、フランネルからの電話では、地球においての禍々しい気配は日に日に増しているという。


 困ったね。

 こいつはもう、どうにも対処不能だ。

 今のところ実害らしきものが何もないのが、これまた困ったものだった。

 まあ平和なのはいい事だ。


 仕方がないから、「お客さん」とやらが来るまで空中庭園の関係でも進めておくかな。

 あれも日本へ持っていって宣伝しないといけないのだ。


 また余計な奴らが地球へ行って食い道楽を始めているので、そっちの食い扶持も稼がないとな。

 二百万体以上もいるゴーレムが向こうで贅沢しまくったら、さすがに少しヤバい。


 まあ、ちょっとやそっとでは今の俺の御財布はビクともしないのではあるが。

 いよいよとなったら、ゴーレムを向こうで働かせるしかないのだがね~。

 連中は優秀な労働力なので、少子化して労働力が不足している日本では歓迎されるかもしれない。


 とりあえず空中庭園のフライデッキで遠大な空と陸の景色を眺めながら、あれこれと金の算段をしていると、何故か突然に俺の顔が歪んだ。

 嫌な予感に胸が満ち、体が悪寒に震えた。


「う! なんだ、こりゃあ。

 何か知らないが、こいつは結構厳しい代物だぜ。

 もしかして例のお客さんとやらが来なすったのか⁉

 来ても歓迎なんてしてやらないぜ」


 そして災厄の最初の報は、なんと帝国からもたらされた。

 直後、突然スマホが鳴り響き、ドランの奴が電話してきたのだ。

 やけに落ち着いた言葉で淡々と短く伝えてくる。


「よお、魔王。

 帝国にまた魔界の鎧が現れた」


 奴の少し疲れたような感じの気だるげな声に耳朶を打たれ、思わず沈黙する俺。

 いきなりの事態に思考が追いついてこない。


 魔界の鎧だと。

 俺は頭の中で魔界の鎧を数えてみた。

 帝国で作った子鎧は全部で十個。


 うち七個は失敗して消滅、一つはグスタフ、一つは織原、最後の子鎧はゲルスの手下から何故かベッケンハイムに憑りついた。

 親鎧は俺のところで浄化済みだ。

 あと他に残っているのは、同じく浄化済みであるグスタフの物しかない。

 それらも精霊の鎧と成り果て、現在魔界の鎧と名の付くような代物はどこにもないはずだ。


「なにい!

 おい、ふざけるな。

 元々、魔界の鎧は帝国が増やしたんだろうが。

 その程度の数の勘定もできんのか。

 それとも、まさか消滅したと思われた子鎧が生き残っていたとか。

 ベッケンハイムも何故か、宿主が死ねば消滅するはずの子鎧の瘴気を移されていたよな」


 だが、奴は苦し気に答えた。


「いや、あれらは確実に消滅した。

 今回出現したあれは子鎧ではない。

 そのようなはずはないのだが、しかし。

 あれは、あれは……禍々しい、正真正銘の親鎧だ」


「はあ?」


 俺は自分のスキルと化した精霊の鎧を見た。

 確かにある。


 これが確かに元は魔界の鎧の本体だったはずだ。

 本当に生憎な事なのだが、俺が討ったニールセン侯爵からの最後っ屁なのだ。


「そんな馬鹿な」


「確かに、あれはお前のところへ行った。

 だが怨念だけは子鎧からベッケンハイムにも移り、まるでそこから鎧を再生したかのように憑りついていた。

 決して他者へ移るはずのない小鎧があのような事態になった時に、こうなる可能性を考慮すべきだったのかもしれない」


「そんな事まで想定してねえよ!

 じゃあ、何か。

 あいつが浄化されて、いやあるいは浄化されきっていなくて親鎧を抜けて怨念だけで残っていたものが、プラナリアみたいに再生して、また魔界の鎧の本体を形成したとでも?」


 俺の舎弟はなんとも苦しそうな声で、唸るように返答を返してきた。


「わからん。

 わからんのだが、もしかしたらそうなのかもしれん。

 あるいはそうではなく、単にあれが倒す事など決して出来ぬ不死身の存在だとでもいうのかもしれぬ。

 元々、鎧などと銘打ちながら物理的な形を有している物体などではないのだしな。


 わからぬ。

 だがマズイ。

 もう我々は急遽帝都を脱出した。

 ほんの十分前の話だ。


 どうする事も出来なかった。

 以前とは比べ物にならぬくらいの強力な怨念が皇宮を満たし始め、我々は即座に脱出を敢行した。

 そして今やっと、お前に電話出来たのだ。


 このままでは帝国はおろか、全世界が亡ぶ。

 今は、我が国の民も兵も瘴気に当てられて倒れ伏しているが、正気、いや狂気に立ち返った時には兵士同士での、そして国民同士での壮絶な殺し合いが始まるだろう」


 俺は思わず歯噛みした。

 冗談じゃない。

 浄化できない不滅の存在だとすると、かつての初代空中庭園の時のように、誰かに憑りつかせて封印するしかないではないか。


 アイテムボックスの機能を用いれば時間停止のギミックを組み込む事は可能であり、それも一応は準備してあるのだが、その方法はなるべく使いたくない。


 また奴の捕獲そのものが困難だ。

 伝説に聞く悲劇の王太子アスラッドのように自分を犠牲にして捕らえるしかないのだろうか。


 この魔界の鎧を有していた俺ならば野郎を憑りつかせたとしても直ちに発狂してしまう事はないのだろうが、後でどうやってそいつを分離するかが問題だ。

 また祝福の力で無力化してスキルとして、そいつをなんとか分離するか。

 あるいは、俺がまた変な鎧のコレクションを増やす形にするか。


「わかった。

 とりあえず、真理を行かせよう。

 俺は精霊の森へ向かう。

 何かあれば、また連絡しろ」


 そして俺は気配を感じて振り向いた。

 そこには既にヘリのパイロットスーツ姿をした真理が、ヘルメットを抱えて立っていた。


「今の話、聞こえていたわよ。

 ちょっとどうなっているの?

 帝国を探査してみたけど、ここからでも気配がわかる。

 あれはとんでもない代物だわ。

 なんだか凄くパワーアップしているみたいだし」


「とりあえず、お前は帝国へ行ってくれ。

 必要ならエリクサーで時間稼ぎを」


 思い出してしまったものか、諦めたように溜息を吐き、彼女は要求した。


「わかったわ。

 まさかエリクサー一億本の在庫が心許なく思う日が来ようとは!」


 さすがの俺も苦笑いして、とりあえず追加で牛乳瓶換算にしてエリクサー十億本を持たせ、他の『部隊』の連中にも同様の装備を与えた。

 もはや伝説の霊薬がビタミン剤あたりよりも軽い扱いになっている。

 袋入りラムネ菓子の一粒程度の存在感だ。


「じゃあ、『子供達』!

 行くわよ」


「はい、『御母様』!」


 ゴーレム・コアの上位母体である真理に従い、いわば彼女の子供達であるゴーレム達も出陣するのだ。

 世界の危機に、母と母の造物主、そして自分の造物主からインストールされた正義の魂を震わせて。


 そして空中庭園のデッキの上が、まるで大型空母の甲板であるかのようにヘリで埋め尽くされた。

 攻撃ヘリだの輸送ヘリだのではなく、農薬散布用のヘリで。


 そしてエリクサー散布のためのヘリボーンはデッキから次々と発進していき、それらすべてが転移魔法で辺りの空気を揺らめかせながら虚空へと消えていった。


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