153-3 非常警戒態勢
俺はハイドのシド国王のところへも寄って談笑していた。
「いや、あなただってたまには間違う事はありますよ。
何もないならないで、平和で良い事ではないですか。
しかし何かあれば大変なのですから、不安の種があるなら備えておくのは良い事ですよ」
「まあね。そうは思うのですが、何かこう酷く気にかかりまして」
おかしい。
このまま無事で済むはずなど絶対にない。
俺は確信している。
あのイコマが何かがやってくるというのだから、絶対に何かヤバイものが来るのだ。
そう、大変良くないものが。
その訳のわからない「招かれざる客」とやらが。
俺は笑って一礼してからハイド国王の居室を辞して、ケモミミ園へ戻ると冒険者詰所へと向かった。
「ああ、お帰りなさい。
どうされました?」
「エド、最高ランクの警戒態勢をとれ。
どこかのヤバイ国が全力で攻めてくるくらいを想定してな」
「え、いきなりですか」
「ああ。
かつての敵であった、あの当時のゲルスとベルンシュタインがまとめて来たくらいのつもりで。
何があろうと、ここは守るぞ」
「わかりました。
それでは、そのようにいたしましょう」
エドは俺が故なくこのような事を言い出す人間ではない事をよく理解してくれている。
だから訳も訊かずに即応してくれた。
「そして、近藤」
「は、ここに」
いつ何があってもいいように、最近は新選組局長近藤を収納の中に『持ち歩いて』いるのだ。
元々、最初の頃はこうやって全ゴーレムを収納に入れておいたものさ。
今は皆好き勝手に活動しているがな。
あのニールセンの館では、収納から自律行動を起こして飛び出した連中に助けられたものだった。
そして収納から飛び出して、すぐ傍に控える近藤に申し付ける。
「新選組もゴーレム騎兵隊を率い、最高警戒レベルで警戒に当たれ」
「はっ!」
「あれ、そういや沖田ちゃんは?
ここのところ見ない気がするが」
「あれは斎藤と共に、日本のイタリアレストランで食べ歩きを。
エリーン殿も御一緒ですが」
「そうだったか」
さすがに素早いな。
エリーンの奴め、許可を貰った途端にガイドまで連れていって食べ歩いているのか。
向こうへ行く奴らの使う金は全部俺持ちと言う事になっているから、あの二人が御財布も兼ねているのだろう。
別に構わんがな。
エリーンも何かあれば、常に十分な働きをしてくれているのだ。
新選組隊長クラスには金額無制限で使えるブラックカードが支給されている。
あいつらも結構金遣いが荒い。
俺は倹約家だというのに一体誰に似たものか。
武だって浪費家じゃなかったはずなのだ。
結構稼いでいたろうに、せっせと貯金に励み、妹にたくさんの学資と生活費を残してやっていたくらいだからな。
マグロにだけは金に糸目をつけなかったようだが、大企業の主任さんだから給料は良かっただろう。
俺と違って株も上手かったらしい。
ゴーレムは汗水垂らして働いて金を稼いだ経験なんかないからなあ。
まあ地球の金は創造主がガンガン稼いでいるので別にいいのだが。
稼いだ金は使って回さないとな。
今回も空中庭園で大枚稼ぐ予定なのさ。
「まあいい。
あいつらも何かあれば、すっとんで帰ってくるさ」
「はは、エリーンの奴は本当にブレませんね。
では特別警戒態勢を維持します」
「頼んだよ、エド」
本当に頼もしい男だ。
そして問題は。
「いやあ、アルさん。
また何か御大層な事でも起こるのですか。
久しぶりに腕が鳴りますね。
ここのところ、ずっと警備の仕事ばかりで腕も鈍ってしまいますし。
しかし、今のところ特に何も起こる気配もないのですがねえ。
そうそう、最近猫のショーがやたらとうろうろしているのですが、どうしたんでしょうね。
何かこうくるくると回ってしまうような感じで落ち着きが無くて」
「「お前は四行以上喋るなあ!」」
まったくロイスの野郎め、縁起でもないぜ。
しかも一気に長文で。
この前のモッテングラーチャはたいした事がなくて助かったが。
まあ、うちの奥さんは寝込んでいたけどな。
しかし、ショーの件は気になる。
猫は妙な超感覚を持った不思議生物だからな。
時折、あいつが何もないはずの空間を、その場を動かずに首だけを動かしてじーっと目で追っているとドキドキするのさ。
この前もそういう事があったな。
自分と再婚する花嫁の亡くなった夫のために、カタログを見ながら墓を選んでいる間抜けな男って俺以外にいるものかね。
あと猫の健康の問題もある。
ここのところ、愛猫の様子にあまりにも無頓着過ぎた。
猫は子供の頃からずっと飼いたかったのだし、せっかくその夢が叶ったというのに。
レーダー頼みでショーを捜しに行くと、一階の部屋の出窓に座り込んでじっと下を見ていた。
猫が窓辺にいるのには、様々な理由があるのだという。
だが本日の理由は、なんというか彼にとって非常に重要な案件であったものらしい。
俺もひょいっと見たら、彼の視線の先にどこかの猫、おそらく雌猫がいた。
その娘は可愛く鳴いている。
ショーを呼んでいるのか。
なかなか愛らしいな。
当然のように地球の猫種にはいない種類だ。
それにこの辺り、猫って滅多に見かけないんだよな。
猫の恋愛は結構難しい。
俺は彼の背中を押す事にした。
うちは去勢なんていう不粋な事には縁がない。
「なあ、彼女に会いに行かなくていいのかい?」
俺がショーに話しかけると、彼はチラっと俺を見てから、俺がそっと開けてやった出窓からすっと飛び降りた。
「可愛い子猫が生まれたら見せてくれよー」
彼は小さく鳴いて、軽く尻尾を振って挨拶してくれた。
てっきり猫の不思議な本能でショーが何かを嗅ぎつけていたのかと思ったら、まったく違っていたようだ。
「やれやれ、ショーの件もシロと。
後は何か知っていそうな奴が、どこかにいないものかな」
そしてシルが俺を見つけてやってきた。
「ねえ、何かあるの?
あなたがバタバタしているってミハルドが言っていたから」
「ああ、よくわからないんだ。
何かが起きるはずなのだが、まるでその兆候がない。
却って不気味で落ち着かないよ。
まるでアドロスのスタンピードの時のようだ。
あの時のベルグリットのもどかしい気持ちが今更のようにわかるな」
「ふうん。
何もないとよいのだけれど」
そのような会話をしながら御茶をしていると、エレーミアがレミを後ろにぶらさげてやってきた。
何やら深刻な顔をしていたので、レミが不思議そうに母親の顔を見上げていた。
「あの。
なんていうか、このような御話をしていいものかどうか」
少し青ざめた顔が、彼女の美少女加減を更に高めている。
あのネコミミ大好き醍醐青年が、奥さんではなく、このかつての王女に出会っていたのであれば、その場で求婚していたかもしれない。
彼はいわゆる二次元のネコミミ好きで、かなり趣味を拗らせていた。
俺はといえば、そのあたりは人並みなのだが、リアルケモナーを拗らせていたので病状は似たようなものだ。
特に猫には弱くてね。
「なんだい。
俺達は夫婦なんだから遠慮なく言ってごらん」
「何かがやってきます。
厄災、恐怖、戦慄、決して出会ってはいけないもの。
そして私はそれが何なのかをきっと知っています。
おそらくは、あなた御自身も。
それが何かは、今はっきりとはわからないのですけれども。
曖昧な話であなたの心を煩わせてしまって申し訳有りません。
でもどうしても、この話をあなたにしなくてはいけない気がして」
「なんだって」
ここに俺の仲間がいたよ。
まあ夫婦は似てくるとは言うがね。
なんていう話じゃあなくて、彼女はケモミミハイム王家のオッドアイ、不思議な力を秘めたる者なのだ。
そして、そのオッドアイの持ち主はもう一人いた。
「パパ、おきゃくさんがくるんだね。
ものすごいヤツが」
「え、なんだい、それは」
だが、レミはただニコニコしているだけで答えなかった。
よく見るとオッドアイが妖しく光っている。
少し色合いも違って見えるな。
これが例の瞳の色が変わるという奴なのか。
おっとお、うちの娘ちゃんったら何かに目覚めちゃたのかしら。
そういや、これくらいの歳からオッドアイの能力が機能しだすという話だったな。
今までも、その片鱗はあったのだが。
俺は考え込んだが、特に思い当たるものはない。
だがエレーミアは不安そうにしゃがんで、ぎゅっと娘を抱き締めた。
俺とシルは顔を見合わせて、不安そうな表情をした彼女に寄り添い、二人で彼女の肩に優しく励ますような感じでそっと手を添えた。




