153-2 人外な方々
久しぶりに御爺ちゃんの住む御山へとやってきた。
平地よりはほどよく気温が抑えられている中で、よく茂った木々の緑に咽返りそうな勢いだ。
だが、山頂の神社に向かう一見荒れた山にしか見えない道筋には、明らかに人(竜)の手が入り、道というか開けた荒れ地というか、そういう物を為していた。
何しろ、ここは王太子の儀を執り行う神聖な場所だからな。
巨大なドラゴンが出現しないといけない場所なのだ。
特に危急の事態ではないのだから、転移魔法などという風情の無い代物で行くよりも、軽く散歩登山を楽しみたいものだ。
魔王といえども人間である以上、体はちゃんと動かさなくてはな。
やがて社の真っ赤な鳥居が見えてきて、そこを潜ると、爺が上半身をはだけて鍛錬に勤しんでいるのが見えた。
孫のジェニーちゃんも、日本から直輸入したスパッツと体操服で御付き合いだ。
二人とも気合が入っているな。
「ほお、どうした、アル」
後ろから隠密スキルを発動して近寄っていったのだが、あっさりと見破られて声がかかる。
「おや、バレていましたか。
さすがだな。
いや何ね。
何かこう非常に不穏な空気を感じ取ったもので、何かそういうお話はないかと思って。
ミハエルのところへも行ったのだが、特に危急で問題になるような事とかは無いらしいから」
彼は袴着の衿をしゃんっと整え、腕を組んでから答えた。
「いや、特に不穏な気配などはないが。
お前の感覚という物は一体どういうものなのだ?」
「いや、そいつは一口では言い辛いものなのだが」
セブンスセンスは別に予知能力っていうわけじゃないしな。
必要な時に必要なだけ何かが発動する、みたいな。
元は龍神のせいで生まれた能力だ。
もっと正確には能力ではなく、『者』と呼ぶべきものなのだ。
しかし、イコマ自体は生まれた時から俺と一緒にいた存在で、それが表に出てきただけのものなのだ。
ありきたりなESPの感覚なんかは、元から人並みに持ち合わせている。
ESPなんて、人間のくせに持っていない奴の方がどうかしているのだが。
人や動物は皆、ESPの能力を神から標準装備されている。
使えていない奴は、OSの設定でオフになっているだけなのだろう。
また当然のように個人個人で得手不得手もある。
サイコメトリの能力は習得方法がよくわからなくて、俺もオフになっているままなのだ。
この前に知り合った醍醐青年がサイコメトリは得意だそうだから奴から見取ってやろうと思ったのだが、あれは特にスキルや魔法ではなく人間に標準装備されている能力なので、残念ながら見取りはできなかった。
きっと俺も、本来なら元々使える能力なのだろう。
そのうちに実験してみるか。
ESPの能力なんて基本的には全部繋がっているのだ。
必要に感じて必死になっている時に、日頃は使わない能力が数珠繋ぎのような感じで発動したりするからな。
PKはPKでまた別の系統なのだが。
あれは母親に才があったが、本人はそれを絶対に認めず精進しなかったし、俺にも才能はなかった。
あれは心臓に著しく負担がかかるそうなので、そっち方面の才能を目指さなかったのは親子して幸せだったことだ。
そういう能力に秀でた同じ一族でも、ESP系統が得意な人間とPK系統が得意な人間には綺麗に分かれている。
万能な能力者なんて、この世にはいないはずだ。
俺が図書館の本なんかから感じ取れる、今までその本を借りて読んだ多くの人達の想いの塊なんかがサイコメトリの能力に近いのかもしれない。
だから俺は本を読むのが人一倍遅いのだ。
いちいち、じっくりと浸るからな。
共感性遅読症?
借りて来るだけでは飽き足らず購入してきた真っ新の本からは、同じ内容でもそういう物がまったくなくて驚いた記憶がある。
御札、紙幣に籠った想いなどもそうだ。
盲目の方は触っただけで御札の種類がわかるという。
それが刷られたばかりの新札だと、何の種類の御札なのかよくわからないらしいのだが。
ESPの感覚は基本一つの能力が各用途向けに変化したものなので、個人により適性が異なるだけだから、使おうとすれば多少は他の能力も使えるものだと思う。
だが、今回の件にサイコメトリは特に役に立たないので、そんな事は言っても仕方がない。
そういや訊くのを忘れていた奴が一人、いや一柱いる。
(なあ、アエラグリスタ。
お前の意見はどうだ)
(さてなあ、特に不穏な事態と言われても何もないのだが。
お前は本当に不思議な奴だ)
どうやら神のみぞ知るとはいかなかったようだ。
まあ神は全知全能と言われたって予知能力者じゃあないんだからな。
俺も、だんだんと自信が無くなって来たな。
敏腕な国家諜報に始まり、神をも含む、このような人外どもからまったく異常無しと言われるのだから。
何もかも俺の気のせいだったのか?
いやもう一軒、梯子するか。
俺は転移魔法でケモミミ園に戻るとファルを捜したが、彼女は生憎と積み木崩しの真っ最中だった。
声をかける前に、こちらも見ずに後ろに伸ばした手の平で俺を制するファル。
俺もピタっと足を止めた。
なんという極限状態なのだ。
それはまるで、これが棒倒しならば一立方センチもないような砂の量が棒を保持していて、そよ風が吹いても倒れそうなほどの危機一髪な状態だった。
俺はケリがつくまで見守るしかなかった。
特に急ぐ用件でもないので。
身動ぎもせず、息を呑み見守る子供達。
ミミすらピクっとも動かしたりしない、まさに緊張の極致にある。
そして目だけは吸い寄せられるようにそれを見詰めていた。
その木片を組み合わせたものが隙間だらけになってゆらゆらと揺れ動く様は、まるでヤジロベエだ。
根元が折れてしまっても何故か倒れず奇跡的に素焼き瓦の上に突き刺さって、ぐらぐらとバランスを取って危ういながらも不思議と倒れずに立っているテレビのアンテナのように、揺れる木材で組み上げただけの今にも崩れそうな構造物。
古家のアンテナが昔そんな風になっていて驚いた事がある。
そこから、神の奇跡が発動した。
彼女は皆の予想外の場所を攻めたのだ。
あろう事かその攻めた場所とは、その今にも崩れそうな物体の根元だった。
しかし、さも当然のように、その難局を涼しい顔でクリヤしていくファル。
「なんて糞度胸をしていやがる。
さすがは神の子とでもいうべき存在だな」
そしてその奇跡の二乗とでもいうべき一手は見事に通され、破滅の二重奏は次の演者に委ねられた。
あ、その子の顔が引き攣っている。
まさか、これをクリヤされるとは思わなかったのだろう。
既に心の中では勝利を確信していたのに違いない。
彼は涙目で震える指を積み木に伸ばした。
しかし果敢に攻めるも、その震える指が触れるや否やあっさりと崩れ去ったそれに、チャレンジしていたネコミミ幼児が髪をかきむしった。
「うぎゃあ、やられたー。
つぎこそは!」
まだ心が折れていなかったのか。
そのチャレンジフルな精神を称えるために、俺は彼の頭を横抱きにして撫で回しておいた。
他の子も、じっと息をひそめて見学していたので、全員が弛緩して大広間の絨毯の上で本物の猫のようにぺったりと横になっている。
みんな、楽しい幼稚園生活を満喫しているようで何よりだ。
「よお、ファル。
ちょっと今から、おっかさんのところへ行かないか」
「わかった、行くー」
俺はファルを抱き上げて、可愛く手を振る子供達に見送られながら、精霊の森へと転移魔法で移動した。
なに、レインのところへ行くのに、ファルという手土産は必要不可欠じゃないか。
ちょっと手間を食ったけれど。
そしてレインにも訊いてみたのだが。
「さあ、変わった事と言ってもねえ。
特に思い当たる事はないわね。
何かあったのかしら?」
またもや無駄骨だった。
でもファルを抱き締めているレインの嬉しそうな顔を見ると、そんな事はどうでもよくなった。
最近は本体が親よりも大きくなってしまったので、ファルが人化状態のままで抱き締めるようにしているものらしい。
あいつ、どこまで大きくなるつもりだ。
まさか魔力を与えられるだけ際限なく育っていくんじゃないだろうな。
それに関してはジョリー達にもよくわからないらしいから俺にだってわかるわけはないのだが。
まるで生きている間際限なく成長し続けるタイプの巨大な海の生き物のようだ。
そのうちに本体が全長百メートルもあるバルドスに追いついてしまいそうだな。




