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第153章 11番目の鎧   153-1 お客さん

「はて」


 リビングでビールでも一杯と思い、そちらへと離宮の中にて歩みを進めていた俺は思わず困惑して立ち止まり、背後を振り返った。


 特に何の理由があるというわけでもない。

 何がどうしたわけでもない。

 何かに呼び止められたような、あるいは遠くで鹿威しがあの独特の音を鳴らしたかと言うような、不思議な、なんともいえない感覚。


 俺のセブンスセンスにはよくある事なのだが、これを何気に聞き逃すというか見逃すというか、とにかくうっかりと注意を逸らしてしまうという事は愚かな行為だ。


 例えば、何気に感じたその事に不安になり、理由もないのに不安に駆られてやたらと買い物三昧に走ってみたら、少し大きめな地震が起きて、もし震源の位置がズレて起きていて一歩間違っていたら南海トラフ大地震寸前のマズイ状況であったなどという事態。


 地震が起こる時には電池などに異常が起こるというが、あの時は電磁気にも異常が起きていたようだ。

 そう古くもないバッテリーに影響が出てしまっていて、真冬でもないくせに車のエンジンが異常にかかりが悪かったり、目覚まし時計が急速に遅れてしまっていたり、新品のアルカリ乾電池の消耗が異常に早くて驚いた記憶がある。


 電池に関しては俺の気のせいだったという可能性はあるが、ネットの記事で地震専門家の解説が出ていたので、ヤバい状況であったのには違いない。

 あの時は、災害に対して何一つ備えていなかったので冷や汗をかいたな。

 水の備蓄が期限切れのペットボトル一本だけとかね。


 そう言えば、この世界へ来る直前にも激しく買い物三昧はやったよなあ。

 あれには本当に助かったものだが。


 あのような体の奥底から湧き上がり、体を揺さぶり、立っている事すらもできないような激しい強い衝動、あのセブンスセンスの重大な警告とは少し異なるものなのだが、今回の物は絶対に見過ごしてはならないタイプの『御知らせ』なのだ。


 とりあえず、その御知らせをしてきた主に訊いてみるとするか。

 俺は内なる相棒に、いつものように問いかけた。


「なあ、イコマ。

 とてつもない何かが起こるとでもいうのか?

 今、とっても平和な日々なのだが」


 そして野郎は抜け抜けとこう言いやがったものだ。

 何、単に頭の中を二重鍵括弧付きの白抜き文字がメッセージとして駆け抜けていっただけなのだが。


『招かれざる客に注意』


 招かれざる客だと。

 こいつがそう言うからには、きっと確かにそのような存在なのに違いはなかろうが。


 しかし、嫌な予言だな。

 もう少し内容を詳しく知りたいものだが、このイコマという奴は大変に融通が利かない頑固な野郎なので、今の予言が成就するまでは、もう絶対にこれ以上の事は答えまい。


 だが、そいつを疎かにするなどは真正に愚かな事なのだと、これまでの俺の(ささ)やかな人生が指し示している。

 この異世界においては、そいつに関して常に留意していたから、その御蔭で俺は今も無事に大地の上に立っていられている。


 俺はもう一度リビングを振り返り、ビールは未練たっぷりに諦めて王宮へと転移魔法を行使した。

 そこはミハエルの自室で、今も疾風の王子様は執務机の上で書類仕事に励んでいた。


「何か用か」


 おっと、最近は後ろにも目がついているようだな。

 俺がよく後ろから驚かせるなどの狼藉に及んでいたので、そういう行為を警戒する感覚が養われたようだ。


「よお、忙しそうだな」


「ああ、最近はメルスの方とも取引が拡大したので、私が決済しないといけない案件も大幅に増えたからな。

 だがまあ、このようなものは大した事はない。

 国家の危機などではなく、国家の繁栄なのであるからな」


 今した話の流れの後で、その国家の危機かもという話で来たとは非常に言い辛いのだが、まあ訊かん訳にもいかんのだ。


「最近、何か変わった事はないか」


 それを聞いた奴は、奴の好みの硬さや書き味であるヨーロッパ製の高級万年筆を書類の脇に置き、肩越しにゆっくりと振り向くと俺を軽く睨んだ。


「何かあるというのか?」


「いや、たいした事があるわけではないが、まあいつもの奴さ。

 何かこう気にかかる。

 なんだか知らないが見過ごせない。

 そのような厄介事の予感がするというかな。

 だが、俺は確信しているのだ。

 間違いなく、何かとんでもない厄介事が起きるぞ」


 奴はおもむろに立ち上がると、俺と向かい合うようにして腕組みをしながら立った。

 そして少し険のある声で尋ねた。


「それは一体どのようなものだ」


「たぶん……重大な危機だな。

 間違いなく相当に厄介な。

 もしかしたら、国家の危機を越えるほどの物なのかもしれん」


 奴は少し顔を顰め、そしてその端正な貴公子然とした顔から溜息を一つ吐いた。


「具体的には?」


「何かがやってくる。

 何らかの大きな危機を孕んだ何かが。

 それしかわからんが、この俺がわざわざお前のところへ来たという事から察してくれ。

 実際問題、俺もその内容を知りたくて堪らないくらいなのだからな」


「それだけだと何もわからぬが。

 今はそのような兆しは何もない。

 各国との関係もそれなりに良好だ。

 だから私はこのように忙しいのだから。

 だが留意しておこう。

 お前の言う事はいつも禄でもないが、国家の危機に関しては絶対に聞き逃していい事ではなかろう」


「そうしてもらえるとありがたいな。

 じゃあ他も当たってみるわ。

 ただの、俺の杞憂に過ぎないのならばいいんだがな」


 そう言いいながら奴のところを辞したものの、これは絶対に気のせいじゃないと俺は確信していた。

 鬼が出るか蛇が出るか、あるいは風雲急を告げるものか。

 やれやれ、また禄でもない案件でなければいいのだが。


 そして俺はエアコン魔法の利いた奴の部屋から出て、また夏の終わりの茹だるような残暑の中へと身を投じていくのだった。


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