152-3 仕事の成果
「はあ、ここはいい眺めだなあ。
私の仕事の全てが見渡せる。
ああ、心なしか空気も美味しいし」
ふふっ。
一応、高いところの空気は美味しいように魔法で空調を設定してあるのさ。
さすがにそこまでは、このワーカーホリックにも見抜けなかったようだな。
だが空気の味に言及出来ただけでも十分に及第かな。
これがボーっとした奴だと気付きすらせん。
よくは知らないのだが、たぶん英国人でこういう奴は珍しいんだろうな。
かなり昔に聞いた話だけど、五年同じ仕事についている奴は珍しいとか言うらしいし、仕事よりティータイムを優先している奴の方が圧倒的に多いはずなのだ。
まあそういうのも個人の資質や職種にもよると思うのだが。
ここは、このエアリアルガーデンの高層建物の中心に在る一番高さのある前衛的なデザインをしたビルの最上階フロアである。
ここは地球の建物では強度・耐震・バランスなどから制約があって出来ないような物を魔法や魔法素材を用いて強引に実現しているので、非常に珍しいデザインになっている。
「どんな奇天烈なデザインでも実現して見せる。
地球の建築技術や素材の性能、あるいは耐久性その他の、建築デザインの常識などはすべて無視して、それこそCGのような感じで思いっきり空想的に近未来的に設計してくれ」
と注文段階できっぱりと言ってある。
設計といっても、殆どは元から考案されて作られていたパーツで急遽組んでもらっただけなのだが。
そうでなくては、とても一週間では仕上げられない。
つまり、この男が元からそういう奇天烈な建物で仮想の街を作っていたっていう事だよな。
とても正気とは思えん。
野郎も今は、ここの展望フロアから全景を眺めているのだ。
四方が窓になっていて、これには奴でなくても興奮するだろう。
四方と言うか、フロアが微妙な曲線で囲まれているので、いわば蛇行した楕円というかなんというか。
ここは割と芸術性を重視して作られている部分だった。
この世界のセレブな客、あるいは地球からも、その種のお客さんにはピッタリの仕掛けだ。
かくいう俺も高いところが大好きだしな。
「いやあ、いつまで見ていても飽きないねえ。
さすがに、このデザインを地球の建築技術で実現する事はまだまだ無理だしなあ」
日頃空想の中、PCの中にしか作れない机上のデザインが現実のものとなって、自分もその場に立つことができる。
お前の気持ちはわかるぞ。
まあこんな物は思いっきり楽しい仕事さね。
俺なんか、しょっちゅう出鱈目な仕事ばっかりやっているもんね。
その最たる物がこの空中庭園Ⅱだわいな。
「それで、うちのホットドッグの味はいかがかな」
今はテラスに備えたカウンター席でフランネルと並んで座り、奴はなんとホットドッグを齧っているのだ。
異世界でも名にし負う、食道楽で有名なこのグランバースト公爵家にてな。
ある意味では公爵家の客として最大級の無礼を発揮中であるともいえるが、この男にはそんな事関係ないわなあ。
貴族社会・階級社会として有名な英国の人間のくせに。
これがまた実に楽しそうに食っていやがるんだ。
うちで作らせた厳選ホットドックなので美味いのは当然なのだが、味は二の次っていう雰囲気で食ってやがるなあ。
貴族社会である英国において、あのハンボルト本家とも関係があり、天才教授として大いに名を馳せているらしいのに、実物と会ってみればこれだよ。
こんな男、いつ英国王室からサーの称号を貰ったっていいだろうに、そんな事にはまったく関心が無くて無頓着なんだろうなあ。
まったくもって奇人というか変人というか。
う、やたらと親近感が湧いてきちまったぜ。
フランネルめ、男を見る目だけは確かなようだ。
ここには移動式のスタンドを呼んであるのだ。
この男が、ここのテラスからなかなか動かないので、もう仕方なくね。
「そうだな。
少なくとも英国の物よりは遥かに美味いな。
しかしまた日本人は本当に食い物に拘るねえ。
これは只のホットドッグなんだよ」
英国人って車を作る時もそういう適当というか、決して全力は出さないようなノリだからなあ。
「たかが車じゃないか」とか言ってね。
そのくせ妙に味のある車を作りやがる。
ああいうのをクラフトマンシップっていうのかねえ。
俺は外国車ってそう好きじゃあないのだが、英国車っていう奴は嫌いじゃないんだ。
カ〇ーラはロールスロイスよりも塗装の品質がいい。
大昔からそう言われたりもするのだが、あれはそういう問題じゃないんだ。
「悪いが、俺は自分が作ったテーマパークで、ぼったくりテーマパークで出す粘土を捏ねて作ったような飯を食わせる趣味はねえんだよ。
どうせ、こっちの世界のセレブな人間がメインで食うんだから。
それに、お前みたいな奴じゃなくて、基本的にここへ来るような地球人のセレブはグルメなんだよ。
うっかりと不味い物なんかを食わせたら、日本人のくせにこんな不味い飯を出すのかと笑われちまう」
「もう、あなたは本当に仕事人だねえ」
「あんたこそ人の事が言えるのか?
さあ、次に行くぞ」
「いつもなら、これで食事は終わりなんだけどな」
「もう、どれだけ食生活が貧しいんだよ!
あんたも英国人なら、せめてフイッシュ&チップスくらいは食えよ。
ここは苟も公爵家の離宮なんだぞ。
客にホットドッグ一つ食わせるだけなんて、そんな見窄らしい真似が出来るか!」
そんな事が表沙汰にでもなった日には、真の館の主たる大魔王様から俺が怒られてしまうわ。
この男、まだ一度も会った事すらない彼の大魔王様からも非常に評価が高い。
あの方は歴代王家の女性について側近として仕事を卒なくこなし、様々な人物を見て、あるいは検分というか精査というか審査というか、とにかく人物チェックに余念がない。
とにかく人物を見る目だけは厳しい。
そういや、そいつは俺もやられたんだっけなあ。
あの強面な彼女が、こいつに関してはこう言ったものだ。
「彼の御方におかれましては、我がグランバースト公爵家におきましては最恵遇にて御迎えしたく存じます」と。
彼女が、まだ実際に会ってもいない人物をこれほどまでに高評価するのを見た事は一度もない。
そういう観点からも、俺はこいつに会ってみたかった。
みたかったのではあるが、急遽予定外で実際に拝んだこいつは、俺の予想の遙か右斜め上をいっていた。
本当なら、もっとちゃんとした招待で会いたいと思っていたのにな。
まあ、悪い奴じゃないみたいだから別にいいんだけど。
「公爵邸か、そいつはここの設計思想に入っていないんだけどな」
未だに現役の公爵様がいる国の男が少し不満そうに呟いた。
自分の仕事にケチが付くのが気に入らないのだろう。
「いいんだよ、ここはこれで。
ちゃんと地上固定式の公爵家本邸や、地球の世界遺産に認定されている宮殿を模して造られた立派な離宮が別に用意してあるんだから。
今度はそっちにも遊びに来い」
まあ本邸の方は代々伝わるフォートレス、完全に要塞だけれどな。
あそこには銃眼までたくさん装備されているのだ。
そこからぶっ放す物は、もっぱら魔法なのかもしれないが。
その分、離宮の方は地球の世界遺産であるチェコの宮殿を模した美しい庭園付きの宮殿になっている訳で。
精霊庭師付きの庭園を備えたゴージャスな館は、このファンタジーな異世界でも俺の家だけなのだ。
あの庭も拡張空間にしてあって、実は結構スペースを広げてあるのだ。
庭師も思いっきり増殖していたしな。
なんたってここは、遠隔リンクにてダンジョンを湧き上がらせるほど大量の魔王魔力に満ちているのだし。
そして、ようやく窓際からひっぺがしたそいつを、秘密の隠し部屋へと連れていった。
秘密というか、標準装備で実装されているものなのだが、ガイドに案内されないと入れない魔法の部屋なのだ。
「ヨレワラア、ターベレエ、ナイメウト」
俺が秘密の稀人語の呪文を唱えると、フロアの真ん中に透明なチューブのエレベーターが現れて、さらに隠しフロアに上がれるようになっている。
透明だと見えないので、一応虹色の光で演出してあるのだが。
こんなもの、秘密の呪文もへったくれもないが、縦書きの文章で読むと読みにくいかな。
「ああっ、これは」
そう、これは彼が設計した、何のためにあるのかわからない、この塔というかビルの天辺にある小部屋というか、そういう感じのよくわからないものだった。
そこへファンタジーっぽくというか、SFっぽい演出を加えて入れるようにしたものなのだ。
「ようこそ、シークレット展望レストランへ」
「うわあ、中は広いんだな」
「何を今さら。
ここは拡張空間の中の再拡張空間だ。
元々、このエアリアルガーデンそのものが空間を拡張されているのだ。
そうでなければ全長二キロメートルの施設のフロアなんかにパリが二つ収まるわけがあるまいよ」
奴は無言で眼を瞠っている。
ここは突起物などを別として、この空中庭園Ⅱの中でもっとも高い場所になっている。
先ほどのフロアに近いほどの空間を誇り、もっとも高い場所にあるレストランなのだ。
そしてトーヤ達が駆け回り、ついでに彼も一緒に駆けていってしまった。
まったく子供みたいな奴だな。
フランネルが溜息を吐きながら解説してくれる。
「ああいう奴なんだよ。
もうまるで子供だ。
自分の興味のある事には、それはもう夢中になってああなるんだしな」
「でも、あいつの事は好きなんだろ」
「えっ! あ、う、うん。
まあね」
おや、こいつは意外だな。
そいつは否定しないんだね。
首筋まで真っ赤になっているし。
うはあっ。
こ、このアレなおばさんに、こんなに可愛い所があっただなんて。
「あいつと結婚しないのか。
向こうは豪くお前さんに御執心の様子なのだが」
「うーん、あいつも私もこんなんだからなあ」
ああ、そう。
似たような人種だから、一緒にいると案外御似合いなのかもしれないな。
あいつが少々騒がしいのが玉に瑕なのだが。




