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150-48 決断

「さて、ダイゴ」

「はい」


 俺はミーナを抱いたラーナと一緒に震える体を引き摺りながら彼の前に出た。


 人間相手に、ドラゴンと戦うためだけに作られた巨大な剣を使ってくれた彼。

 形こそ只の剣だが、こいつはドラゴンの相手をするためだけに作られた最終兵器で、本当にこれを扱える人間なんているのかというような重量物の『お引きずりさん』なのだ。

 きっと、あの竜殺しの御当主様が実際に御使いになられていた物に相違ない。


 だが彼はそれで『敵』を倒した。

 彼が仕えるエルトミア王国からの正式な使者を。

 さらにはゲルス共和国の人間の首も刎ねた。


 この家は俺達一家を護るためだけに、二つの大陸にまたがる国家二十四か国のうちの自国さえも含む十六か国までを敵に回してしまったのだ。


 俺は目に涙を浮かべて必死に言葉を紡いだ。


「サディウス……フリードリッヒ子爵、本当に申し訳ない。

 お、俺達のために」


 だが彼はその巨大な剣を地面に静かに置くと、腰に両手をやって豪快に笑い飛ばした。


「何、友を見捨てて生きながらえる恥を晒すくらいなら、友のために死するが誉。

 だがな、ダイゴよ。

 この戦いはお前達のためだけのものではないのだ。

 あのゲルスが信奉するという邪神アエラグリスタとは、神とは名ばかりの世界を滅ぼす悪魔だ。


 あれの時代を作ってはならん。

 我ら人が人であるためにな。

 さであるが故に、ゲルス共和国は世界の敵。

 つまりは、そういう事なのだ」


 そしてギルマスが俺の肩をポンっと叩いて言ってくれた。


「ああ、そういう事なんだよ。

 どの道、うちは奴らと戦う羽目になったさ。

 あとはお前達の処遇だな。

 だが情勢からみてケモミミハイム行きは無理なようだな。

 向こうの方が、この大陸よりも分が悪そうだ。

 奴ら十三か国同盟は、ロス大陸へ向かう通り道であるケモミミハイムこそをまず攻めるだろう。

 お前達はどこへ逃げる?」


「逃げない!」


 俺の唐突な激しい決意表明に、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔でこっちを見た。

 鳩って人間の生活圏に生息するケースが多いせいか、妙に仕草とかが人間臭い。

 逆もまた然り。


「だって逃げても無駄だ。

 どこまで行っても、この俺が稀人である定めからは逃げられそうにない。

 だから俺はあいつに期待する。

 稀人の勇者にさ。


 ギルマス、知っているかい?

 稀人の国にはさ、こんな時に何もかもぶっとばすような勢いで活躍する『異世界の勇者』の物語が多数、それはもう多数あるんだぜ。

 だから、あいつがゲルスを倒してくれるまで俺達はここで踏ん張る!」


「お前……」


 俺の、そのあまりにも他人任せの考えに呆れていたギルマスも笑って俺の肩を叩いた。


「そいつも案外と悪い考えでもないかもしれないな」


 そしてギルマス・クランツは言った。


「親父、そういう事になった」

「うむ。しかし本当にそれでよかったのか、ダイゴ」


「確実に逃げる当てが無くなったのです。

 仕方がないから『友軍』を待ちますよ。

 それが一番安全な道だ」


「はっはっは。

 まだ見ぬ男を友と呼ぶか」


「少なくとも、ここには一緒に戦ってくれる友がいる。

 それにあの勇者は五十万もの軍勢を一人も殺さない選択をした人だから、その心根に賭けます。

 少なくとも彼は悪魔のような人間じゃない。


 それに、それだけの力があったなら、彼は世界に仇をなそうとする邪神とその信奉者を必ず倒しにくるはず。

 彼にも、きっとこの世界で守りたいものが出来ただろうから。

 あれから何年も経ったのだし」


 俺なんか結婚して子供まで作っちゃたんだしね。

 だが、それについてはギルマスも首を傾げた。


「その男、アルバトロスの姫との婚約の話も聞こえてきておるらしい。

 あとなあ、これは噂なのだが」


 彼にしては珍しく、何か少し前置きをして言い淀んだ。

 なんだ? 妙に勿体をつけて。


「彼はヨウチエンなるものを作っているらしい。

 それが何なのかよくわからんのだがな」


「は? 幼稚園?」

「何か知っておるのか、ダイゴ」


 御当主様も耳慣れない単語を出し、俺の意外そうな反応を見たので訊き返してくる。


「いや、知ってはいますがね。

 それって小さな子供のための学習施設ですよ。

 明らかに日本語ですわね。

 地球広しといえども、幼稚園といえば全世界でそれを指すしかないという言葉なのですが……。

 しかし何故異世界で幼稚園……『勇者』なんですよね、その人」


「らしいがのう」


 わ、訳がわからん。

 名誉公爵位までいただいた勇者様で、さらには大国の御姫様を嫁に貰おうというような人が幼稚園なんかを経営している?

 それはつまり……園長先生という事?


 俺の脳裏で、スラックスとチョッキ姿で笑顔のまま園児達の頭を撫でて回る、少し頭の寂しくなったおじさんを思い浮かべた。

 俺の通っていた幼稚園の園長先生だ。


 園長先生、もう随分と長い間会っていませんが、今頃御元気にしていらっしゃるでしょうか。

 卒園生は今異世界で大ピンチです。

 園長先生、助けて~。


「クランツ、冒険者達にも伝えよ。

 この街に邪神アエラグリスタに与する者達が攻めてくる。

 人の誇りを賭けて戦えと。

 たとえ今ここから逃げ出せたとしても、いずれは人の世も終わる」


「わかった、親父。

 だが勝算は少ないぞ」


「なら臆するか?

 我が息子よ」


 クランツは溜息を吐いて言った。


「は!

 親父、今更そんな事を言うくらいならば、俺は今頃この家にはいないさ」


 そして彼は肩を竦めながらサロンから出て行った。

 あれこれと支度をするつもりなのだろう。


 さあ、俺もやるだけの事はやっておかなくちゃな。


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