150-17 異世界子爵家居候満喫日記
こうして俺は、しばらく冒険者ギルドへ魔法のスクロール作りの練習に通う事になった。
そして帰ったら屋敷の子供達と遊ぶという毎日だった。
ああ、もちろん御風呂や御飯も満喫していますがね。
『モブですが何か―相川醍醐の異世界子爵家居候生活満喫日記―』
何かこう、異世界へやってきたらこうじゃない感でいっぱいだったのだが、現状は如何ともしがたい。
このような見知らぬ異世界で、所詮は能無しの只の大学生(授業料滞納並びに不登校による強制退校予定)がルンペンになっていないだけまだマシだといえよう。
冒険者ギルドのギルマス・クランツさんの息子、八歳のクラウス君が言いました。
「ダイゴのスクロールってさ。
なんていうかこう、線が撚れてるよね。
そういう物って魔力の流れも弱いから威力も弱いんじゃないかな」
次期御領主様就任予定である御兄さんの息子で、次の次の御領主様候補である九歳のヘルマン君も言いました。
「稀人ってさ。
アルバトロスの初代国王を思い浮かべて畏怖の念を思い起させるものなんだけど、実物はこれだもんな」
なんていうのかこう、君達には「思いやり」っていう言葉を教えてさしあげねばならないのではないだろうか。
まあ所詮相手は小学生男子相当の御年頃。
世界は変われども、こんなもんっていう事だな。
しかし、ヘルマン君の妹で五歳のメローネちゃんはこう言ってくれたのだ。
「でも全然怖くないよ。
あたしの御友達なの」
はい、俺ってもう二十歳目前の大学生なんだけど、幼稚園ガール年代の異世界幼女様から御友達認定いただきました。
まあ居候している家の子供達から嫌われているよりはいいいのですがね。
この子達って、もう自分で結構魔法を使えるんだけど、スクロールの描き方も滅法うめえ!
何枚か試しに描いた物をプレゼントしてくれたんだが、それをギルドで試し撃ちしてみたら正規品とまったく変わらない威力だった。
俺の?
俺のは……まあなんていうのかな。
湿気た煎餅みたいというか……。
精進いたします、はい。
一応、ちゃんと魔法にはなっているので、そのうちなんとかなるんじゃないかと思っている。
魔法インクや羊皮紙もタダじゃないんだから、失敗作を作る度に気が引けるのですが。
ここで世話になりっぱなしなので非常に肩身が狭い。
少しはフリードリッヒ子爵家や冒険者ギルドの役に立つ事をしないとなあ。
今のところ、そういう要素はまったく欠片もない。
こんな事で、もしギルマスに拾われていなかったら、どうやって生きていけたのか。
完全に野垂れ死にコースだったな。
それもフィーの加護の御蔭だし、そのフィーを呼び込めたのも俺の能力サイコメトリの御蔭なのだが。
こうして今までの流れを振り返ると、実に不思議な縁であったものだ。
そのサイコメトリすら元を辿れば、あの酔狂なESP研究狂いの変人教授の御蔭で能力を使えるようになったのだし、それすらも学業をサボっていて単位が危なかったせいだし……。
しかもこちらの世界へ来てしまったのは、ミヤちゃんを口説くため彼女にべったりと一緒にいたせいであり、またそのような状況に置かれてしまっていたのはミヤちゃんの彼氏が浮気をしたという事が発端なので……。
きっと、その先にも俺の与り知る事のない奇妙な縁が繋がっていたのだろう。
今思い返してみれば、誠に奇天烈な御縁の数珠繋ぎで次元を超える事になってしまった俺なのであった。
とりあえず、何かあってもいけない。
またスクロール描きの練習に邁進するといたしますか。
そして、いつものようにギルドへ顔を出すと、何やら騒ぎが起きていた。
そろそろ壮年に差し掛かったのでないかというように見える、高ランク冒険者らしいベテラン冒険者がその騒ぎの元だ。
「確かに見たんだ。
あれは本来、あのダンジョンにはいない奴だった」
「確証はあるのか、ハインド」
「ある。
あれには独特の背鰭があった。
まるで雪の結晶のような。
あんなものは見た事がない。
そして独特な尻尾の形、おまけに鑑定や解析を何故か受け付けない。
特殊なスキルを持った高ランクの奴に違いない。
多分Sランク以上の怪物だろう。
あれはとてもじゃないが、俺達なんかの手には負えないぞ。
何故あんな奴が、ここのダンジョンに湧いたのか。
ドラゴンさえいない、Aランク魔物が最下層主のダンジョンで。
だからあれは迷宮魔物ではなく外から入って来た魔物である可能性もあるぞ。
そんな奴が殆ど上層に近い中層にいたんだからな」
「しかし、お前ら。
そんな怪物と遭遇して、よく生きて帰ってこられたな」
「ああ、それがまた奇妙なんだ。
あいつは確かに我々を見たはずなんだが、チラっとこっちに一瞥をくれただけで見向きもせずに行ってしまったんだ。
なんなんだ、ありゃあ」
その話を聞いた冒険者達は、皆一様に難しい顔で腕組みをしている。
俺は手招きをしているハンクスさんを見つけたので、そちらへ急いだ。
またいつもの講習の時間だ。
階段を上がって右の突き当りにある装備課の部屋でスクロールを描きながら訊いてみた。
「ねえ、ハンクスさん。
このあたりにダンジョンなんてものがあるんですか?」
「そりゃあ、あるよ。
ダンジョンがあるから周りにいくつか都市ができた。
ここからはダンジョン探索に行く冒険者も多いよ。
そして、このフリードリッヒの街は国境を守る街の一つさね。
何しろ隣接する国があれだからねえ」
「へえ、ダンジョンって手強いのですか?」
「まあそうなんだけど、ここはSランクの魔物が出るような上級のダンジョンじゃない。
その代わりにBランクからCランクにかけてよく出現するから、比較的収入は悪くないものの一つだね。
中にはバランスが悪くて、主はSランクなのに後は雑魚だとかいうダンジョンもある。
ドラゴンスレイヤーを目指す者になら理想のダンジョンなんだろうが、中堅冒険者は稼げないから初心者ダンジョンになってしまっていてギルドも実入りが少ないなんていうところもあるのさ」
「なるほど」
ここは経営的に見ると中々優良なダンジョンだったのだが、そんな物件で異変が起きたので騒いでいるということなのか。
「さっき騒いでいたハインドは、ここのギルドで唯一のBランク冒険者だ。
元々、ここは辺境だしね。
このダンジョンは最下層に居る主を除けばBランクまでの魔物しか出ないのでCランク冒険者がメインストリームだな。
まあ、それも人数はいないと討伐が難しいので、二~三パーティによるレイドパーティで潜るのが通例だ。
そしてハインドは、ここのギルド所属の冒険者達のリーダー格であり、決していい加減な事を言う奴ではない。
そんな彼が、ここには本来存在しないはずである未知の怪物と遭遇したと詳細な報告を上げたので、皆が騒いでいるというわけだ」
「まあ俺には関係ないよ。
魔法も碌に使えないFランク冒険者なんだから」
もう身分証明書のためだけになったようなものだしな。
「ああ、その件で思い出したんだけどね。
君も何か冒険者の仕事をしないと駄目だよ。
そのままだとFランクの場合は三か月で冒険者資格が取り消しになってしまうから」
「な!
そんな話は聞いてませんけど」
「ああ、ギルマスが手続きをしたから説明が抜けていたね。
普通は受付で聞くもんなんだが。
期間があと二か月くらいしかないから、誰かに連れていってもらってゴブリンでも倒してきなさい。
ギルマスに頼めば一緒に行くパーティを探してくれるよ。
こういう訳ありな事はよくある事だから、お前さんの御守に文句を言う奴はいないさ。
ダンジョンに潜ってすぐは魔物がそういないから、最初に出会ったゴブリンかスライムでも倒して早めに帰ってきなさい。
そういう魔物は表層に近いところに出るから、魔法のスクロールがあれば帰りは一人でも帰れるだろう。
そうすると、またそこから冒険者証が三か月は使えるから」
うわあ、厳しいな。
定期的に魔物退治をしないと駄目なのか。
「冒険者の、他の仕事はないんですか?」
「ああ、そのあたりの仕事はね。
見習いの子供達の仕事なんで、うちの場合は最低ゴブリン退治くらいが基本だね。
まあせっかくダンジョンが近くにあるんだから、ギルマスに言って子爵家の馬車を出してもらうといい。
ダンジョンはこの街から馬車で二時間っていうところかな」
どうやら、このモブなダイゴさんも冒険者としてデビューをしないと、身分証明書代わりの大切な冒険者免許が取り消しになってしまうようだ。




