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150-12 料理の気迫

 食卓にはギルマスの子供らしき人物もいた。

 八歳から九歳くらいの男の子が二人だ。

 あと五歳くらいの女の子が一人いる。

 もしかすると、御兄さんの子供と一緒にいるのかもしれない。


「うわあ、すげえ」


 俺の目の前には前菜の皿が並べられていたが、見た目にもなかなかに素晴らしい物だった。

 実にいい香りがする。

 俺は思わず、その皿に手を触れてみた。

 その途端、手に衝撃のような物が奔る。


「これは」


 サイコメトリが自動で発動し、ここの料理長の過去が流れ込んできたのだ。

 まるで彼の気合で俺のサイコメトリを強引に起動させて、それを流し込んできているかのようだ。


 その内容は何かこう、まるで金のかかったハリウッド映画のように壮絶だった。

 彼も、元は男爵家か何かの貴族の跡取りだったのだ。

 それが何かの歯車が狂って家は取り潰され、無実の罪で追われて止む無く逃避行の日々。


 それから冒険者となり、そしてこの国に流れてきたのだが、ダンジョンで重症を負ったのを契機に引退し、決死の料理修行の日々を送った。

 そして腕を認められ、ついに領主家の料理人に取り立てられたのだ。


 日々の一皿一皿が渾身の勝負。

 命懸けといってもいいほどの気迫が籠った皿なのだった。


 俺は、その料理人の凄絶な過去と、その料理に込められた裂帛の気魄に気押されてしまった。

 その俺の怪しげな挙動を不審に思ったらしいギルマスが訊いてくる。


「どうした。

 口に合わんのか?

 それなら取り替えさせるが」


「いえ、とんでもない。

 気迫の一皿、いただきます」


 俺は食前の挨拶に合わせて手を合わせた。


「なんだ、それは」


「稀人の国の食前の挨拶ですよ。

 日々の糧に感謝を込めて」


「へえ、そうなのか。

 ふむ、気迫か。

 まあそうだろうな。

 ここの料理人バウエルはな」


 そのあたりは、さっきサイコメトリの能力によりダイジェストで拝ませていただきました。


「美味い!」


 こいつはいける。

 なんか中世っぽい感じの世界なので味の方はさほど期待していなかったんだが、これがまた滅法美味い。

 多分、これはこの世界のスタンダードなんかじゃない。

 ここの料理人が、かなり精進した成果なのだ。


 へたをすると、王家の料理人でもこれより落ちるのではないかとさえ思える。

 俺はゆっくりと味わいながら、しっかりと全部平らげた。

 その様子を見ただけで、ギルマスが感心したような声を上げる。


「ほう、この味がわかるか」


「ええ、バウエルさんって凄い料理人なんでしょう?

 うちの国は食い物に関してだけはそれはもう煩い国なのですが、そこで十分に最高クラスのレストランが開けます。

 調味料とかはどうしてるんだろうな。

 うまく出汁をとって、創意工夫を重ねたソースなんかで賄っているんだろうか」


「調味料?」


「ええ、うちらの世界ではいろいろな調味料があって、それを使って料理を作るのですが、ここにはないのかなあ」


 すべて自分の力で味付けを作り出しているのだろうか。

 きっと腕に覚えのあるプロの料理人が次元を超えてきたのなら、思わず燃えるような展開なんだろうな。

 生憎と俺なんかでは、家庭料理というか、標準的な大学生の自炊レベルでしかないが。


「ふむ。面白いな。

 それはお前に作れんのか?」


「すいません。

 俺には無理です。

 たぶん必要な材料も足りないでしょう。

 それこそ、バウエルさんみたいな方がやる仕事なのですから」


 さすがに調味料作りは無理だろう。

 マヨネーズくらいなら酢があれば作れそうな気もするが。

 カレーとかには興味があるけど、この世界のスパイスは種類がたくさんあるのかな。


 地理とかがよくわからない。

 ここは気温からして、そう北の方ではないようだけど。

 ここが今日本と同じ十一月で、北半球にあるとしたらの話なのだが。


 あれ、ここの世界ってどうなっているのか。

 世界はちゃんと丸いんだろうな?

 実は平らだったりして。


 重力は地球と同じような感じなので、ここがもし惑星の上だとしたら、地球と比べて大きさはそう変わらないと思うのだが。

 少なくとも、ここが火星か何かで、その軽重力の中で俺が超人のように活躍するなんていう美味しいシーンは一切ない。


 それに軽重力に慣れてしまえば多分同じ事だし、月面生活者のように骨からカルシウムが流出するなどの支障が出そうだ。

 この世界へやってきても超人的なパワーなんかは皆目無いのだが、健康には特に問題なさそうなので何よりだった。


「そうだな、それもそうだ。

 そういえば、お前は向こうで何の仕事をしていたんだ?」


「あー、俺は学生です。

 バイトはコンビニとか飲食店のホールや接客なんかを」


「バイト? コンビニ?」


「ああ、バイトっていうのはアルバイトといって本業ではないというか、正規に仕事をやるのではなく短期などで仕事をしたり、また正規の奉公をさせてもらえないので仕方がなくバイトをしていたりという感じですね。

 俺の場合は、まだ正規の職業についていない学生だからですが。

 コンビニはいろんな物やサービスを提供する御店です。

 その詳細については、とても一口では説明出来ないほど複雑なのです」


 ATMのサービスとか公共料金の支払いとか、宅配便荷物の預かりとかを、この世界の人にどうやって説明すればいいのか。


 大体、アルバイトなどという言葉自体も日本くらいにしかない概念だ。

 普通は仕事の事を英語でジョブというはずだし、あるいはワークともいうかな。


 アルバイトなんていう単語をどこの国の言葉から引っ張り出してきたのか知らないが、他のカタカナ単語と同じで適当に見繕った外来語か和製英語か何かなのだろう。


 これが国家に捕まっていたのなら、俺が言っている言葉の意味を相手が理解出来ないと即拷問コースだな。

 ここは封建社会の王国なる体制が殆どであるらしい世界、そしてすぐ下にあるゲルスという国は更にスーパー独裁国家な国であるものらしい。


 王国といえども、王様がそうそう無茶はやれないものだ。

 そんな事をしていたら、あっという間に国が亡びてしまう。


 通常は議会みたいなものがあるはずだ。

 あるいは貴族院とか元老院みたいなものが。

 最悪でも全般的に官僚が仕事をしているはずだ。


 独裁国家のくせに、王国ではなく共和国とか名乗っている場合が一番性質がよくないはずだ。

 まず間違いなくヤバめの強権国家なのだろう。

 こんな世界にも、そんな強烈な独裁専制国家があったとは。


 その後も素晴らしい料理が続いていった。

 スープも美味しい。

 一番懸念していたパンも白くて柔らかいパンだった。


「ダイゴ、妙に嬉しそうだな」

「はあ、パンがちゃんと柔らかくて美味しかったもので」


「あはは、面白い事を言う奴だ。

 堅くて焼き締めた奴の方が好みなら、明日冒険者ギルドで食わせてやろう。

 仕事中の冒険者の常食だぞ」


「あ、いえ結構です」


 俺は慌てて辞退しておいた。

 何が悲しくて、こんなに飯の美味い家で、そのように不粋な代物を食さなければならないのだ。


 そして今日のメインはステーキだった。

 これがまた美味い。

 いやこいつは滅茶苦茶美味いぞ。


 こんな飯は日本でも食った事がない。

 ファミレスや学食で拝めるようなものじゃないな。

 コンビニ弁当なんかじゃ夢のまた夢だろう。

 しかし、一体何の肉なのだろう。


 考えないようにしよう。

 きっと俺が貧乏人だから食べた事がないだけさ。

 俺は、そいつを夢中で切り分けて口へ運んでいた。


「ダイゴ、ミノタの肉が気に入ったようだな」


 俺の手がピタっと止まる。

 ミノタ……ミノタウロス!?


 あ、あれって『人型』の魔物か何かだったよね。

 いるのか、この世界にミノタウロスが。

 というよりも、首から下が完全に人型の生き物の肉……ど、どこの部位?


「ん? どうした、急に」

  

「あ、いや。

 そのミノタって、どんな生き物なのかなと」


「ああ、高級魔物だぞ。

 美味いので有名な牛系の魔物だな。

 かなり牛の体形に近い奴だが。

 ダンジョンの外では草食の魔物なのだが、気は荒いし捕えるのは大変だ。

 お前じゃ一生かかっても討伐するのは無理だろうな」


 まあ、ただのモブ野郎ですからね。


 でもよかった。

 牛だったか。

 まあ気の荒い牛なんていたら、普通の人は逃げますわね。

 スペインの牛追い祭りも真っ青な荒っぽさだ。


 確かに牛っぽい味だったな。

 俺は安心して続きを平らげた。


 デザートはクレープっぽい物だったが、生地は今一つだ。

 甘いソースが美味いので救われるが、甘さが少しくどいのが減点だ。


 今日の料理の中では一番見劣りする。

 最後がこれでは台無しなのだが、おそらくこの世界では、これくらいがスタンダードなのだろう。


 ここの料理人はパティシエではないのだから。

 どちらかというと、がっつり系なのかもしれない。

 俺も男だから凄く気に入ったけど、もし俺が女だったら少し点が辛かったかもしれない。


 しかし、ありがたい。

 こんな美味い飯を食わせてもらって、風呂とベッドまでもらえて。


 しかし、聞かせてもらった話の方はあまりありがたくなかったが。

 まあそれでも知らないよりはずっといいさ。

 こんなインターネットもないような世界では、情報こそが命綱なのだから。


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