150-9 御屋敷
「お前、教えてやるから今日中に隠蔽のスキルを覚えろ。
苟も稀人であるならば、それくらいは覚えられるだろう。
明日は冒険者カードを発行してやるが、そいつも隠蔽のスキルがないと、どこへ行っても丸見えでトラブルのネタになるはずだ。
まあカードを作成する際に機械で細工しておけば、その辺はなんとかなるが、お前自身が鑑定されてしまえば、それまでだ。
今は俺が隠蔽してやっているが、俺から離れればその場でアウトだ。
おまけに、お前は妙なユニークスキルを持っているな。
それも隠蔽しておいた方がいい」
お、御気遣い感謝いたします、クランツ様。
少し怖そうな顔に似合わず、いい人に出会えてよかったなあ。
あのままだと泥棒の嫌疑がかかって豪い事になるところだった。
まあ、これもフィーの御蔭かな。
これがトンボの加護っていう奴なのだろうか。
少なくともギルマスは、フィーを見た御蔭で俺の事も信用してくれたみたいだから。
「あのう、俺のスキルって何なんでしょう」
「そんな物をこの俺が知る訳があるまい。
俺だって稀人なんていう奇天烈な者を見るのは生まれて初めてなのだから。
稀人はおかしな能力を持っている場合が多いらしいからな。
おそらくは特殊な、世界でお前だけが持っているような固有スキルなのだろう」
「そうでしたか」
俺は歩きながらギルマスからレクチャーを受けていた。
横目で見ていたが、彼はなんというか迫力がある。
容姿・体の捌き、そしてその眼の光。
ただ道を歩いているだけでも、その存在感は抜群だ。
当然比較の対象として、その隣で歩いている俺のモブさ加減も光るのだ。
この俺ときた日には歩き方一つとっても、日本でもその辺の十羽一絡げの頼りない若者のそれなのだ。
シャキっとした異世界の冒険者ギルドのギルドマスターなんていう人種とは訳が違うので。
「この先、本当に何とかなるのかなあ……」
俺が思わず漏らしたそんな呟きが聞こえたものか、クランツさんは「ふっ」っという感じに柔らかく笑みを漏らし、俺をテクシーとして使用中であるフィーはポンポンと俺の頭を叩いてくれた。
頼りにしているぜ、フィー。
俺の蜻蛉様よ。
お前の『トンボの加護』だけが頼りなんだから。
このいかにも中堅といった感じの佇まいである街の、やや寂寥感を携えた大通りを少し行ったところに彼の『御屋敷』があった。
武骨で頑丈そうな鉄柵で囲まれた、一際大きなそれは紛れもない大邸宅であった。
いや、こいつは半端じゃない大きさだな。
こりゃあ、もしかして。
「こ、ここがクランツさんの家?
でけえ!」
「ああ、ここはこの街の領主館となる、すなわち俺の家だ。
親父が領主でな。
兄貴が後を継ぐ予定だ。
まあこのクラスの中程度の街を収めるのは、うちの国の場合は大概が子爵家だ。
そういうのもあって、俺が冒険者ギルドのギルマスをやっている。
この国ではこんなものだな。
冒険者ギルドの発祥の地であるアルバトロス王国、ああ、ここからずっと東に行った国だな。
そこいらあたりだとギルドの独立機運は高いが、その隣のベルンシュタイン帝国あたりだと、帝国皇帝の犬みたいな立ち位置になるかな。
国によっていろいろと違うのさ。
うちは貴族関連がギルドを押さえているとはいうものの、まあマシな方だ。
お前、間違っても南のゲルスてい……共和国へは行くなよ」
ここでもまた言われちゃった。
よっぽど隣国はマズイ国であるものらしい。
今この人、ゲルス帝国って言おうとしなかった?
「あのう、先ほど言われましたベルンシュタイン帝国っていうのは?」
「いつも近隣の国に戦争をふっかけようとしているロクデナシ国家だな。
だから周辺国の併合を繰り返した挙句に帝国を名乗っていて、もうこれ以上は大戦争でもしない限りは大きくなれないところまできてしまっている。
あそこへは絶対に行くな。
あの国に稀人なんかが行こうものなら拷問の末に」
そう言って彼は親指で自分の首を二度掻き切る仕草をした。
さらに続けてそれを大地に向けて、以下略。
どこの世界でもジェスチャーというものだけはそう変わらないらしい。
少なくともこの大陸に『ならず者国家』なる物が少なくとも二つはある事が判明した。
「ひえっ」
共和国に帝国かあ。
この世界じゃ王国が一番マシな国家形態なんだなあ。
「そしてアルバトロス王国というのは、これがまたいろいろとアレな国でなあ。
初代国王は凄い稀人であったという話だが、あの国もお前にはあまり薦められないな。
あそこは身分改めが厳しいから、お前なんか街にも入れんし、見たところそう特技も無さそうな感じだしな。
うまく立ち回らんと悲惨な事になるぞ。
ああいう古い国家ではな。
どうせなら、その向こうにある革新的な海運国家ハイド王国の方がお前に向いてそうな気がするが、またそこまで行くのが難儀でなあ。
ハイドの南にある、アルバトロス王国の兄弟国であるサイラス王国も暢気な国風でそう悪くはない。
ゲルス共和国の東にあるパルミア王国は、うちと似たような立ち位置だからまだいいが、そこへ行くのにゲルスを通るのは絶対に御薦めできんな。
ゲルスには絶対に入国するな。
とにかく、厄介な国を通らないとそれらの良さげな国には行けんので、行くのなら精々隣のザイードにしておくのがいいが、あそこは遊牧民の国だから、それもお前には合いそうもない。
とりあえず、お前はこのエルトミア王国にいるのが無難だろう」
話を聞いてもよくわからない。
地図がないから余計によくわからない。
これが主人公なら世界地図のスキルがあったりするのかもしれないが、俺は主人公とは対極の位置にいそうだ。
やっぱり、こういう人間をモブっていうんだろうなあ。
「ショートカットして他の国へ行く方法はないんですか?」
「あるにはあるが……」
「へえ」
だが、彼は苦虫を噛み潰したような顔をする。
なんだろう。
「そいつが最悪の道だ。
エルドア王国、つまりドワーフの国を通らねばならんからな。
言い換えれば、あの国がある意味でこのロス大陸で最悪の国と言ってもいいかもしれん。
あの国にだけは絶対に行くな」
俺は思わず沈黙した。
ドワーフ。
それは確か、小さき者の意味だよな。
欧米の有名なファンタジー系の文学作品を思い出してみた。
白雪姫に出てくる七人の小人なんかも、確かドワーフだったよな。
あるいは北欧神話に出てくる小人の武器職人たる黒小人の、あの邪悪そうな鍛冶屋を思い浮かべてみた。
「忠告は憶えておくようにします」
「ああ、そうした方がいい」
「フィーもそう思う。
だって、あいつらって最悪なんだもん。
うちら精霊でも、連中と関わり合いたがるのは火の精霊くらいのもんだよ」
「はっはっは」
精霊からもそんな事を言われるなんて、この世界のドワーフって一体どんな奴らなんだよ!




