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1-10 再び街へ

 十一時前に無事にエルミアの街へ入り、領主館へと向かった。

 少し待たされるそうなんで、先に冒険者ギルドへ連れていってくれた。


 どうなる事かと思ってドキドキしていたのだが、さすがは代官の口利きだ。

 田舎の冒険者ギルドだしなあ。

 王都なんかだと、いくら偉い人の口利きがあったとて、こうはいかないのかもしれない。


 俺がボーっとしているうちに、あれよあれよという間にあっさりと冒険者登録が出来、盗賊討伐の件もあってギルマスの裁定で通常登録の一つ上のEランクが貰えた。

 どうやら盗賊討伐の御褒美という事らしい。


 FとかEとか言うが、地球のアルファベットではない。

 文字の順番で上から五番目六番目という意味である。

 不思議と、ここもアルファベットと同じく二十六文字だった。

 そういう事もあって、異世界言語のスキルではEとかFと翻訳されるようだ。


 これはもしかすると、地球からこちらへ来た人間の影響があるのかもしれない。

 文字はなんとなくアルファベットの面影がある。

 これも稀人の仕業であろうか。

 識字率の低いだろう世界では、そういう影響を受けやすいのかもしれない。

 同じ時代でないのなら、俺以外にも御仲間がいるのは既にわかっている。


 冒険者用のカードは特殊な物で絶対に偽造が出来ず、いろんな情報も記録できる。

 本人の情報も自動で読み取って記録する仕組みらしい。

 こいつは一種の魔道具だ。


 心配になったので鑑定でチェックしたら、カードの記載事項は当たり障りの無い内容になっていた。

 それは自動で働いた隠蔽スキルの御蔭らしい。


 まだ御領主様に会うまで時間があるので、代官の提案で近くの食堂で食事をする事になった。


「それにしても驚きましたよ。

 素晴らしい手際でした。

 貴方がいなかったら村は全滅だったかもしれません。

 しかし村の被害は甚大です。

 代官といたしましては非常に頭が痛いです」


 代官は味の薄いスープを木の匙から啜り、軽くぼやいた。

 辺境だから塩とか調味料が少ないのかな。

 その他のメニューの味付けも、ここは街の中心部のはずなのだが今一つパッとしない。


 塩を売ったら儲かるかも!

 海から遠そうだから運ぶのが大変だと思うので。

 あるいは、この世界では海塩ではなく岩塩が主流のような気がするがどうだろう。


 そそくさと食事をしてから皆で領主館に戻る。

 報奨金の計算のために盗賊の死体の引渡しを行った。

 そしてアイテムボックスから取り出されズラリと並んだ盗賊団の死体と強烈な血の匂いに咽ぶ。


 真昼に陽光の下で改めて死体の山を見せつけられる羽目になったので、俺の顔が少し、いやかなり青い。

 それらは紛れもなく、俺がこの手で殺した男達の無残な骸なのだ。

 これが地球だったら食事の直後なのだし迷わず吐いた事だろう。


 その盗賊どもの死体を見ても、誰も気にした風でないのが一番怖い。

 なんて物騒な世界なんだ。

 日本とは何もかもが違う。

 俺は、これからこんな世界でちゃんとやっていけるのだろうか。


 だが、そんな事を言ったって今すぐ日本に戻れるわけじゃないのだから、この世界の街で暮らすしかない。

 そもそも、この俺だってもう四十人もぶっ殺しちまったんだしなあ。

 この世界の一般市民による生涯殺人数の平均は確実に超えていそうだ。


 地球でも兵士や殺し屋などの殺しを生業とする職業にでも就いていなければ不可能な数字だ。

 いや最近はどこの国の兵士でも、人間なんか一人も殺さずに訓練や救援活動だけで軍務を終えちゃうよな。

 むしろ、人を助ける活動の方が多いのではないだろうか。


 小規模な戦争に参加する傭兵くらいでないと実現できないような数字だ。

 最近はクーデターが起きたって、そこまではやらないし。


 あと街の外では、いつ魔物がやってくるかわからんような生活なのだ。

 あれが俺にはちょっとトラウマかなあ。

 

 それに、いくら孤独耐性のある俺とて、やはり荒野の真っ只中にて一人だけで生きる生活は勘弁してほしい。


 人間は社会性の高い生き物なのであり、俺が日本で止むなく世捨て人になっていたのは自分が望んでそうしていた訳ではない。

 俺も内向的な性格の割には良く喋る方だし、どちらかというと比較的人には寄り添いたいと願うタイプだ。


 まもなく領主館の中へ案内されて、応接間へと案内される。

 これも質実剛健といった風情で好感が持てる。

 ここの領主の人柄が伺われて少し安心した。

 日本で暮らしていた街も、俺の周囲なんてそういうムードであったので。


 やがて御領主様が現れて、全員が立ち上がって礼を尽くす。

 ここでは、指を揃えた右手の掌を胸に当てて頭を下げるらしい。

 俺もぎこちなく、その真似をする。


「ああ、皆の者。

 楽にしてくれ。

 先触れから話は聞いている。

 大変だったな」


 立派な顎髭を生やした厳めしい顔付きで体格の良い、いかにも武人といった感じの御領主様が重苦しく言った。


「こちらの方のおかげで被害は最小限で済みました。

 不幸中の幸いです。

 つきましては報奨金を出したいと思うのですが」


「よかろう」


 代官主導でサクサクと話が進んで、報奨金が金貨二枚ほど出ることになった。

 これは日本円で、ざっと二百万円相当といったところか。

 金一封×40? いやもっと多い勘定だろうな。

 日本なら金一封で五万円も出まい。


「先に盗賊出没の報をもたらした分も入っておる。

 それが無ければ被害はもっと増えていただろう」


「あ、ありがとうございます。

 しかし、こんなに宜しいのですか?

 村には多大な被害が出て、家や働き手を失った方も多いというのに」


 それに関しては、俺に責任がないとはいえ自分の不手際もあるので些か気も咎める。


「それはそれだ。

 功労者に報いぬのはもっとまずい」


「わかりました。

 正直零細商人なので助かります」


 俺は御領主様の気遣いに感謝を述べた。


「これから、どうしますか?」


 代官にそう聞かれた。


「そうですね……出来れば、このまま街に滞在して資金を増やし、その後に王都へ行ってみたいですわ。

 あっちの方面は華やかそうだ」


「そうですか。

 わかりました。

 何かあればまた村を頼ってください。

 歓迎しますよ」


「御世話になりました。

 復興の御手伝いが出来なくて大変心苦しいのですが」


「いえ、大丈夫ですよ。

 辺境の民は皆逞しい。

 では御元気で」


 俺は丁寧に、代官と御領主様に挨拶をして館を辞した。


 ふう。

 馬鹿丁寧な口の利き方は、やっぱり疲れるな。

 日本でそういう仕事にはついていなかったし。


 しかし、すげえ!

 とうとう街に入れたぞ。

 いやあ、こいつはもう大感激物だ。

 何しろ前回は入り口にて手酷く拒絶されたからなあ。

 もう一生、この世界の街へは入れないかもと思っていた。

 代官と一緒に再訪問したので門番達には驚かれていた。


 さて、どこかで金板を貨幣と交換できないものか。

 街の暮らしは何かと物入りだろう。

 宿も一泊銅貨五枚とはいかないだろうし。

 ここは辺境、王都や大きな街に比べれば田舎街なんだろうが、それでも街には違いない。


 とりあえず、懐に金貨があるという事実は俺に精神的な余裕をくれる。

 さしずめ黄金のピーナッツ二個っていうところか。

 昔は賄賂百万円分の事を『黒いピーナッツ』一個分として数えたのだ。


 まだ午後二時くらいか。

 ここまでの時計の流れを見る限りでは、一日の時間の流れは地球とほぼ変わらないように見える。

 

 MAPで換金の店を検索したら、ちらほらと見つける事が出来た。

 換金用の金は、混ぜ物を入れてわざと純度を下げておいた。

 とりあえず、手近な店で五十グラムの金板を五枚ほど出した。

 こんな物を大量に出すと命を狙われかねん!


 しかし、お店ではこんな話になった。


「ほう、これは質のいい金だな」


 あー、純度九十八パーセントまで落としても駄目だったか。

 錬金術とか普通にありそうな雰囲気だったのだが。


 そうか。

 地球とは違って、鑑定でそういう事もわかるのだな。

 まあ正当に価値を評価してもらえるという事で、こちらとしてはむしろいいのかな。


「そうですか。

 これは取引で手に入れた物なので」


「金貨十枚だ」


 取引は、あっさりと終わった。

 いやあホッとするぜ。


 ざっと重量から計算すると、なんと地球に比べて十倍ほど金の価値が高いらしい。

 こいつは嬉しい誤算だ。

 さて、どこかの宿を探すとするか。


 おっと、走ってきて俺にわざと体当たりしていく子供がいる。

 もしかしてスリなのか?

 高額な物を扱う店から出て来たのを見られていたか。

 そういう事は地球でもよくある話だ。

 彼の姿はもう見えない。


 特に盗られたものはないはずだが。

 財布や冒険者証などの大事な物は全てアイテムボックスの中だ。

 一応確認してみたが大丈夫だった。

 よしOK。


 俺なら修練したらアイテムボックスの空間魔法的な応用で、体当たりしながらアイテムボックスの中から物を盗んだりできるかも!


 街を見物がてら、のんびりと店なんかを回る。

 用心のためレーダーMAPを展開し、身体強化は重ねがけしておいた。

 おかしなところには近寄らない。

 情報を集めるのが先だ。


 所持金は金貨十二枚、銀貨一枚、大銅貨三十枚、銅貨五百枚。

 とりあえず、現地のお金が大量に手に入って幸いだ。

 もう初日に比べたら雲泥の差だ。

 あの時は街の入場料にする銀貨一枚さえ払えなかったのだからな。


 広場の屋台で串焼きを買い、店の御兄ちゃんに御勧めの宿を聞いた。


「それなら、そこの大通りを行った『エルミアの泉』なんかどうだい?

 比較的安くてメシもそう悪くない」


「へえ。風呂は?」


「そんなものがついてるのは、大商人や王侯貴族の泊まるような高級宿だろう。

 お前さんが泊まるような宿にそんない物はついていないよ。

 つうか、この辺境の街にそんな高級宿はない。

 都からの大切な御客様なんかは領主館へ泊るのさ。

 大人しく街の風呂屋へ行きな」


 この世界には風呂屋があるのか。

 こいつは助かった。


 教えてもらった宿で部屋を取り、少し気分が落ち着いた。

 朝晩飯がついて一泊大銅貨五枚だ。

 辺境にしては、そこそこいい宿らしい。


 王都でも、そこそこの暮らしをしたいなら、もっとたくさん金が要るようだな。

 まあ、とりあえずは金板を売ってもいいんだが。


 これもやり過ぎるとなあ。

 裏で変な情報が回ってしまっても困る。

 それもあって、さっきも取引量は控え目にしておいたのだ。

 当座はこれだけあれば大丈夫だろう。


 まずは情報収集だ。

 もうすぐ夕方になる。

 先に近所の風呂屋で一っ風呂浴びる事にした。


 ここの風呂屋は今の日本の銭湯に比べたらうらぶれた感じだが、まあそれも趣があっていいだろう。

 御風呂は木の浴槽だった。

 うん、ここなら回りに材料はいっぱいあるもんね。

 浴槽は檜みたいないい木材じゃなくて、本当にそのへんの粗悪な材木で出来ていたけど堪能した。


 久々の風呂なので、ゆっくりと湯に浸かりたかったが情報収集が先だ。

 燃料用の薪は豊富にあるみたいなので、風呂の料金はそう高くなかった。


 ここは薪を使っていても、地球の中世ヨーロッパなどのように禿げ山にはなっていないようだ。

 御領主様の管理が良いのかね。

 あるいは魔法などの恩恵なのか。



 それから、そのへんの酒場を物色したら、またもや話の好きそうな爺さん二人組を発見した。

 どこにでもいるよね、こういう人達って。

 また酒を奢りつつ、色々と尋ねる。

 もう色々な事を聞きもしないのに捲くし立ててくれた。


 領主の話、色街の店のシステムあれこれや王都の話も。

 王や貴族の話に、奴隷システムなどもあるという。

 奴隷はそう酷い扱いを受けていないようだが、他所の国ではわからん。

 前に聞いた西隣の国なんかはヤバそうだ。

 奴隷落ちだけは勘弁だな。

 

 魔物や冒険者の話、そして獣人などの亜人族の存在は興味深い。

 凄い武器の話や、建国神話と稀人の初代国王の伝説など。


 目新しい話や別の側面からの話を聞いた。

 そういう話を総合してみると、王都へ行くのも善し悪しだな。

 トラブルに巻き込まれる可能性も大きいわけか。


 でもやっぱり行ってみたくもあるな。

 いくら元々が超田舎者の愛知県人とはいえ、さすがに日本人がこの世界における辺境レベルの暮らしをするのは辛いものがある。


 しかし魔物か。

 そうなると、やはり戦闘力を上げたいところだ。

 物理兵器は威力があり過ぎて逆に使いづらい。

 特に人目がある時などはなあ。


 やっぱり魔法なんかが欲しいな。

 俺は魔法が使えるはずなんだが。

 その辺の事情を爺さん達に訊いてみた。


「まあ、冒険者ギルドなら魔法の使い手もいそうだ。

 あと教会なら治癒魔法を使うだろう。

 だが魔法を習うのなら大金がいるぞ。

 あと魔力や適性がなければ、どれだけ金を積んでも無駄だ」


 いい話が聞けた。

 ここでも爺さん達にたっぷりと奢ってから、宿に帰ったら飯の時間がギリギリだった。



 翌朝、朝飯を食ってから冒険者ギルドへ向かう。

 もう異世界も六日目だ。

 日本での暮らしに比べたら息を飲むような日々が怒涛のように過ぎてしまったが、なんだかんだと色々あったなあ。


 魔物や盗賊との戦闘が一番インパクトがあった。

 この俺も、とうとう人殺しになってしまったしなあ。

 しかも大量殺人犯だ。


 日本では悪党どもを一匹残らずぶっ殺しまくりたいとか常々激しく思いながらも、我慢して清く正しく生きてきたというのに。

 もっとも、ここではそれで逮捕どころか感謝の言葉と報奨金までいただいてしまったのだけれども。


 昨日、冒険者ギルドで御世話になった人を探して軽く聞いてみる。


「こんにちは、実は魔法を習ってみたいのですが」


「魔法ですか。

 そうですねえ。

 ここは辺境過ぎて、魔法の使い手があまりいないのですよ。

 この辺りに出るような魔物は剣や槍で対処出来るし、元々魔法は貴族様とかが使うものです。

 うちの街は騎士爵であられる御領主様のような強者とて腕っぷし一本ですからな。

 ここエルミアはこの街道の果てにある辺境の街、そういう物とは一番縁遠い場所かもしれませんね。

 王都のギルドならば、多分なんとか対応してくれますが」


 おっと、こいつはまた芳しくない回答が帰ってきたな。

 これには、がっかりだ。

 こいつは当てが大きく外れたな。

 結局は王都へ行かないと駄目なのかあ。


「治癒魔法、回復魔法でよいのなら教会で聞いてみたらいかがですか。

 ただ、かなりお金がかかるでしょう」


 そう言って、ギルドの職員が教会の場所を教えてくれた。


 

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