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150-3 モブの悲しさ

「よし、ステータスオープン!」


 別に俺だって何かが起こるという期待をしたわけではなかった。

 だが何かをせずにはいられない。

 ただ、そんな心境だっただけだ。


 当然、俺がポーズを決めてバッチリ伸ばした手は、虚しく宙を突き上げただけで何も起こらなかった。

 ふふ、少し赤面しちゃったぜ。

 まあ誰にも見られていないけどさ。


「は! どうせ俺はモブですよ」


 どうやらここでも地球同様に、俺には物語の主人公たる役割はないようだった。

 しかし、ここに留まる理由もないのだが、どちらへ行けばいいのかすらもわからない。


 よく何かのアイテムに方位磁針が付いている物があったりするが、そんないい物を俺が持っているはずがない。

 これがアウトドア派の緑川なら、自力で方向の見定めるくらい幾らでもやってのけるんだろうが、俺は太陽の向きくらいしか頼る物はない。


 しかも、その方向に何があるのかはわからないので、たとえ磁石があったとてどうしようもないのだが。


 地図一枚も無いしな。

 ポケットの中で沈黙しているスマホ搭載の地図アプリは役に立たないだろうし、たとえ地図が在ったとしても、おそらく電波の届かないだろうここでは彼もスタンドアローンな戦士なので無条件降伏するしかないだろう。

 一応さっき見てみたのだが、アンテナは一本も立たず、そいつは虚しく座ったっきりだ。


「弱ったな、おい。

 何かの轍一つも見えやしない」


 いや。ここは一つ落ち着いて考えてみよう。

 俺の持つ能力サイコメトリによると、あれは次元断層により発生したもので、俺はそいつに巻き込まれたらしい。

 つまり、ここはおそらく異次元ワールドという事になる。


 その次元断層が地球内を繋ぐものであればよいのだが、そうでなければ地球ではないどこかの世界なのだ。


 おおまかに分けて三つのパターンを想定してみた。


 一つ、ここは人間がいない異次元世界。

 よって轍などもない。


 一つ、ここは地球だが僻地で誰も通りかからない。

 少なくとも日本ではないだろう。


 一つ、ここは異世界で同じく僻地。

 この場合、交通機関には乏しい事が予想される。


「せめて2であってほしいよな。

 3もキツイが、1はちょっと絶望的だろう。

 まあ呼吸可能な大気があるだけマシかなあ」


 そして思いついた事があったので、しゃがみこんで大地に手を触れてサイコメトリの能力を発動させてみる。

 何か手掛かりがあればいいのだがな。


 こういう時に、自分のさばさばとした性格には感謝する。

 蹲っているなんていう無意味な事には価値を見出さないのだ。

 そして能力で視えた物とは。


 それは嵐? 絶望?


 あと、こいつは何だろう。

 明らかに人ではない何者か。

 そいつが何かを訴えているのだが、何なのかよくわからない。


 怪物? いや違う。

 その異形の姿はあれなのだが、どうやらこいつは悪しき者ではなく【精霊】という神聖なものらしい。


 それは能力を通じて朧気にわかる。

 そこはかとないイメージとして、大地の意思のような物が伝わってくる。

 だがそいつ、精霊から伝わってきたものは絶望だ。

 そして狂おしいほどの何かに対する崇拝。


 しかし、その温度は低い。

 かなり低い。


 これは何かマズイ状況に彼らが追い込まれているという事なのだろう。

 絶望的にまで。

 サイコメトリには、そういう事が理解できる側面もある。


 しかもこれは、それなりに古い大地の記憶だ。

 その辺の加減も、その情報が持つ『温度』でわかる。

 これは俺に限らず一般的なサイコメトラー共通の感覚であるらしい。


 あの精霊とやらは、大地と深い関係にあるものなのだろうか。

 地球レベルの話で考えてみても、スピリットというものの性格を鑑みれば、それもありうる話だ。


 サイコメトリの特徴として、情報が年代的に古いとイメージ的な体感温度が低いのだ。

 アメリカの大学などでは、そのように判断しているのではないだろうか。

 教授のところにあった何かの文献で、そういう文章を読んだ事がある。


 おそらく、さっき見られたものは古い情報だ。

 今の時代の情報が見られたわけではないのだが、現在の時代がそのような過去にあった危機の時代の続きでないという可能性は否定できない。

 その辺りの事に関しては時間の経過を加味して、まあ確率的には希望的観測が持てそうだ。


 俺は一旦能力を解いた。

 この能力は深く視ようとすると非常に集中力を必要とするので大変疲れるのだ。


「ふう。

 だが、一つだけわかった事がある。

 ここは多分地球じゃない。

 あんな生き物なのか何なのかもよくわからねえものがいる世界。

 ここは異世界で決定だな」


 だが、どうしたらいいというのか。

 若干十九歳の俺には経験というものが圧倒的に不足しているようだった。


「ちょっと休憩だな」


 いかにも若者的な現実逃避に走り、貴重な水を軽く一口飲んだ。

 これが昔話の桃太郎なら黍団子でうまうまと家来をゲットできるんだろうが、生憎な事にここには蟻んこ一匹いやしねえ。


 だが何故か後ろで声がした。

 その内容に、思わず貴重な水を半ば吹き、盛大に咽てしまった。


「もーもたろさん、ももたろさん。御腰につけた黍団子、一つ私にちょうだいな」(注1)


 なんだ、そりゃあ。

 慌てて周りをきょろきょろしてみたが誰もいない。


「幻聴か。

 そうだよな、こんな荒野のど真ん中に誰かいるわけないものな」


「いるってばー」

「何っ」


 慌てて立ち上がり見回すが、やはり誰もいない。


「なんだあ?」


 ヤバいな。

 この現状に心が耐えきれなくて、こうなっているんじゃないだろうな。


「ここだよ、ここー」


 なんだか頭の近くで女の子の声が聞こえたような気がして、そーっと自分の右の肩口を見たら、なんと可愛い女の子がいた。


 ただし、透明な二対の翅が生えている全長十センチくらいの奴が。


「な! な、な、な、な」


「ねえ、そのリュックからいい匂いがするー。

 何を隠しているの~。

 ねえってばさー」


 もし、ここが地球じゃないだろうという認識と、さきほどのサイコメトリのイメージから精霊というイメージを入手していなかったら、自分の気が違ったと思ったかもしれない。


「ああ、お前さん。

 チョコの匂いに惹かれてきたのか」


 もしかしたら、甘い物に(たか)る蟻んこみたいなものなのか?


「失礼ね。

 精霊は実体として顕現する時に甘いものが欲しくなるの。

 それは黍団子じゃなくってチョコっていうのか。

 さっき桃太郎の事を考えていたでしょ。

 チョコをくれたら家来になってあげてもいいわよ、稀人さん」


 桃太郎とは!

 本来なら、こいつがそれを知っているわけなどない。

 こいつは俺の心を読めるのか。


 大慌てで下ネタを心の奥底に隠そうとするが、そうしようと思えば思うほど、よりマズイ記憶が表層に浮かび上がってきて焦る。

 こ、この煩悩めが!


 野郎、いや女郎なのかもしれないが、くすくす笑うのはやめろよ。

 ねえ、御願いだからさ!


「お前、人の考えが読めるのかよ。

 それに稀人って一体なんだい?」


「あなたみたいに違う世界からやってきた人を指して言う言葉よ。

 というか、あんた次元断層を通って来たんでしょ。

 たまたま用があって近くにいたから、あんたの精霊についてのイメージを感じて急いで来たわけ。


 そうしたらさ、あんたが凄い魔力を放射しているんだもの。

 何しろ稀人の魔力は本当に美味しいから。

 こんなの滅多にあやかれるものじゃないし、早い者勝ちなんだからね。

 ちゅうちゅうちゅう」


「うわ、お前は一体何を吸っているんだ。

 もしかしたら、お前は人の精気を吸って生きる化け物なのか‼」


「違う違う。

 精霊って、そういうものなの。

 それに精気じゃあなくって魔力だよ。

 この世界には魔素というものがあって、そこから生まれてくる力よ。

 だから心配しなくたっていいよ。

 あたし達精霊はこれにも目がないの。

 稀人は魔力が物凄いんだから」


「そ、そうなのか。

 しかし、お前を家来にすると何かいい事でもあると?」


「とりあえず水場や街まで連れていってあげられるけど、必要なかったかな。

 それに、あなたはこの世界の事も全然知らないんでしょ?

 あれこれと教えてあげるよ」


 俺は溜息をついて、リュックから現時点では超貴重な食料である銀紙に包まれた個装タイプのミルクチョコを一つ取りだした。


(注)童謡の著作権は古そうに見えましても案外と残っていて、小説家になろうサイトでは使ってはいけないものが多くあります。


 有名な雛祭りの歌も、あと数年くらいは著作権が歌詞楽曲の片方は残っていて作品中で歌詞を勝手に使ってはいけないものです。


 桃太郎の歌の場合は作詞者様が不明、そして作曲者様が1941年に亡くなっているため死後70年を経過し、現状では著作権は日本国内に関しましては切れており、ここで使う分には著作権上の問題はありません。


 ただし、FTTPなどの絡みで外国に合わせてルールが変更になった場合などには、その限りではありません。

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