148-11 伝説のキューピッド
その後は非常に順調だった。
さすがはジェシカだ。
収納にも当然のように神官服を持っていたし。
着替えるために大神殿へ戻る事さえなく、アイテムボックス早着替えを鮮やかに披露してみせた。
いきなり抑えとして大役が回ってきても、あっさりとこなしてみせる。
日本の野球ならば、どこの球団へ行っても『守護神』と呼ばれて称えられるようなポジションだ。
それから指輪の交換まで何事もなく無事に終了した。
元々ゆるゆる王国の王女だったので、このような式において、かなり緊張していた様子のエレーミアもホッとしたような按配だ。
「ミーアママ~!」
すかさず駆け寄ってくる娘に相好を崩すグランバースト公爵第二夫人。
娘を抱いたまま楽し気に退場していった。
「やれやれ。
途中まではいい感じだったというのに」
「まあ仕方がないですねー。
フィアの事ですから、無事になんて済むはずもないですよ。
まあ、そのうちに周りの人がこれを正常な現象として受け入れていくんじゃないですかね。
それよりも、さっきのアレは何だったんですか?」
「織原……」
こいつの場合は、フィアとの関係が普通じゃない男なので、もはや異常を異常として認識できないようだった。
異常も慣れれば正常の内か。
いかん、いかん。
俺もだいぶ毒されてきているな。
これが俺の結婚式だからいいようなものの、この世界においては王国結婚式のような洒落では済まない場合もあるのだから。
今日だって本来ならば大事件なのだ。
大神官も含めて全ての人士が花婿たる俺の管轄の人間であるので、何も無かった事にされているだけで。
ゆるゆるなケモミミハイム王国側なんか気にも留めていまい。
「さあな。
まあ、あの呪いの鎧の事を思えば、ずっとマシな代物さ」
「うわあ、久々にあれの事を思い出したー!」
「はっはっは。
忘れたか?
この俺自身があれの親鎧の持ち主だったのだぞ」
「そうでした~」
こいつも、もう自分があれの関係者だった事すら人から訊かれないと思い出せないほどになっている。
実にいい事だ。
そういや、元々こいつは『敵性稀人』として現れた奴なのだった。
俺もそういう話を忘れていたわ。
あの時はあんなに苦労したのにな。
何せこいつは長らく俺が預かっていた『親からの預かり者』だったのだからな。
今では御互いにその事すら普段は思い出せないほど、俺達は共にこの世界に馴染んでいるのだが。
というか、この俺から見たら織原なんかは、只の異世界で迷子になっていた日本人の子供に過ぎないのだ。
ちゃんと親元に届けられて本当によかったわ。
まだ迷子になっている日本人なんかがどこかにいそうな按排なのだがな。
例の特殊失踪者リストに載っている連中に会った事は、うちの関係者を除けば只の一度もない。
関係国並びにアルフォンス商会や神殿・教会関係者には、稀人を見つけたら知らせてくれるように御触れを出させているのだが。
『きっと俺以外にもネコミミの嫁さんを貰っている奴とかがいるに違いない』
なんとなく、そんな確信があるのだ。
まあ別にいいけどな。
自分の意思で異世界にて所帯を持っているような奴に向かって、とやかく言うつもりなどないのだ。
うちなんか、織原以外は全員こっちで結婚して住み着いているし、織原だってしょっちゅうこっちの世界に遊びに来ている。
今の彼女がアスベータ大好きっ子だから、将来は織原カップルがこちらへ住み着いてしまったとしても不思議はない。
ここはそんな世界なのだから。
なんかこう、発展途上国ならではの魅力に取りつかれて、家族ぐるみでその国へ移住してしまう先進国の人間みたいだ。
それも良きかな。
織原なんか魔法力は凄いから、それだけでも、どちらの世界でも十分やっていけるだろう。
頭もいいし、何よりも商売人の子だ。
本人も既にその片鱗を見せているし。
世界間取引だけでも優雅に食っていけそうな按排だ。
そもそも、元はいいとこのボンボンなので、貴族あたりとも仲良くやれるだろう。
ある意味で俺なんかよりもよっぽど、この世界の上流階級と上手くやっていけるような男なのだ。
「ねえ、園長先生」
「ん、なんだ?」
「あの魔界の鎧は……本当に滅びたんでしょうかねえ」
「さあなあ。
あれはよくわからない物だった。
だが、あれは人間が、その鬼畜な所業から創り出したものらしいし。
人間の業そのもののような忌むべき物で、神の御使いさえきりきり舞いをさせた代物よ。
またいつか、ああいう物がこの世界に誕生したとしても不思議はない。
人間ほど因業な物はないのさ。
それは、お前だって十分わかっているだろう」
織原が旧ベルンシュタイン帝国やゲルス共和国で受けた仕打ちの数々。
俺はこの世界で魔物や精霊、神に鬼と、様々な人外と出会ったが、一番恐ろしいものは『人間の性』であるという、単なる俺の持論を幾度も上書きしたに過ぎなかったのだった。
「まあ、そうなんですがね」
それに関しては身をもって知る織原の奴も、ただ首を竦めるに留めた。
そして、ふとミハエルの方を見たら、奴は何か真剣な面持ちで考え込んでいる。
「よお、どうかしたのか。
御式は『滞りなく』終わったぜ」
「はっ、よく言うな。
さっきはどうしたもんかと思ったぞ。
いや、別にそうたいした事ではないのだがな」
「うわ、気になるな。
おい、御兄様よ。
そいつは一応、可愛い義弟の耳にも情報を入れておいてもらおうか」
「よせ、そういう気色の悪い言い方は。
何、たいしたことではない。
この王宮に伝わる伝説の一つで、『伝説のピンクの糸』というものがあってな」
「なんじゃ、そりゃあ」
ピンクの糸って何、ピンクの糸って。
赤い糸じゃないのか。
どうせ碌なものじゃあるまい。
「ああ、その伝説の発端は、あの初代国王にまで遡るのだが……」
「武が?」
はい、ここでもう既に禄でもない話である事が決定した。
「かつて、厳しい戦いの後に敵を退け、この国を建国した初代国王。
その我が先祖は、その力をもって国家としてこの王宮と、やがて王都を建設した。
そして愛するミレーユに対する告白を残すのみとなった。
だが案外と躊躇いがあったというか、照れのようなものがあったというか。
なかなか想いを伝えられなかったらしい」
「マジか。
あいつなら勢いでホイホイといってしまいそうなイメージがあったのだが。
ミハエル、お前もAI武は見たよな?
あれが、お前の御先祖様が作りだした自分自身を模したコピーだぞ」
「あ、ああ。
あれはちょっと信じたくなかった現実なのだが、初代国王の妹殿下の証言もあったのだからな」
「妹殿下~!」
よし、今度このネタで日本の真理さんを弄ろう!
「それでなあ、その進展しない状況を見かねた精霊連中が助っ人を連れてきたというお話さ。
そして二人は無事に結ばれたという。
まあ、ほのぼのとした感じの話題なのだが、そいつがまあ何というか少しやり過ぎるような奴でな。
我が先祖船橋武は、しばらく色ボケになってしまって、王妃メリーユと『どつき漫才』なる物に勤しんだという」
「ぶははははは」
初代国王夫婦は夫婦漫才師。
俺は昭和の時代の漫才夫婦コンビとかを思い出して大爆笑した。
「え! どつき漫才という物は、お前がそんなに笑うような物だったのか⁉」
「いやあ、武の奴にはピッタリじゃねえかよ」
あの性格だからな。
伝説や噂に聞くようなあの強面の初代王妃様を相手に、きっと見事なボケとツッコミを演じていたのに違いない。
「まあ、御蔭で子宝にも恵まれたらしく、我が王国は今に至るまで繁栄を続けられたというわけさ。
そして我が先祖はその精霊か何かに対し、キューピッドの名を与えたという。
それが齎す、どぎついピンクの何かを『伝説のピンクの糸』と呼んだというのだ」
「マジか」
いや、あれは糸じゃあないんじゃないか?
まあいいんだけれど。
「しかし、そいつがこうやって今の時代にも普通に現れてしまうのを見ると感慨深いものがある」
「うーん」
そいつめ、もしかして俺の魔力に寄ってきたのか?
まあフィアに憑りついているのが、いかにもっていう感じだな。
少女どつき漫才師コンビに興味があったのかもしれない。
そもそもフィアは、精霊類から見ても充分に興味を引くような存在なんだろうしな。
今度、あのポンコツ王妃も含めて漫才トリオを結成させてみるか。
ボケの方もまたステレオになってしまうのだがね。
まあいくら漫才師やお笑い芸人だとて、最低でも一人は突っ込み役が必要なんだよ。




