148-9 ピンク色の季節
そして式は荘厳な雰囲気で始まった。
意外な事にフィアの奴め、非常に趣があるというか、大神官らしく振る舞っている。
俺はその様子を見て、あいつが妙なモードに入っているのではないかと、奴がまたとんでもないスキルでの狼藉をやらかすのではないかと内心ではヒヤヒヤしていたのだが、表向きは平然としていた。
チラっと織原とベル君には目線を送っておいたが、それを受けて二人とも笑っていた。
この二人もだいぶと図太くなったものだ。
まあ、こいつらにはあれこれと厳しくしてやったもんだがね。
花嫁のドレスの裾はレミとケモミミハイムの王太子が持っている。
王太子は、まだどことなく幼そうな顔立ちだ。
うちの子達は、ほぼ全員が元野生児なので、並みの幼児とは顔付きが違う。
大体、顎の尖がった天然物の野生の鮎と、顎の丸い養殖の鮎くらい違う。
日頃の学習や体験行事なんかも、貴族の子供でもやっていないほどの濃い内容なのだし。
レミはうちに来た時に幼かったので、まだそこまでではないのだが。
王太子君は何かレミの方をチラチラと見ている。
おやおや、うちの子が御気に入りなのか。
まあ血縁といっても従兄妹なので、将来的に目が無いとは言わないがな。
レミの本当の父親も、近親である王家関係の人間ではない。
昔の地球の王族なんか兄妹で結婚するなんて普通だったし。
御蔭で終いには遺伝子がグダグダになってしまっていたらしいが。
それから式はつつがなく進行し、逆に俺を驚かせた。
フィアの奴が必ず何かやらかすと思っていたのに。
「こいつめ。
いつのまに、このような成長を⁉」
子供の成長は速いものだ。
ああ、フィアのこの成長した姿を、既に命の海へと旅立ってしまっただろう彼女の両親に是非とも見てもらいたいものだ。
だが、俺のその感慨もそこまでだった。
突然世界はピンク色に染まった。
それはいつもの薄い色のものではなく、どっぷりと濃い、どぎついショッキングピンクだ。
うう、いかん。
式の出席客達がざわめきだした。
「なんだ、これは!」
そんな物は言わずと知れた『フィア空間』の発動以外の何物でもない。
だが、まずい。
「前言撤回。
この未熟者、未熟者、未熟者めが~」
俺は手を伸ばして奴を捕獲しようとしたのだが、奴はスルリっとすり抜けたというか、俺の事など眼中にないようだ。
わざと避けているのではなく無意識に動いているのでこうなる。
こいつも粗忽である事を除けば、さすがは高ランク冒険者だけの事はあって身体能力は高い。
しかし、どうも奴の様子がおかしい。
「ほえ~。ああ、ベル御兄ちゃん」
「あ、そういう事か」
トロンとしたその目を見るにつけ、どうやら俺とエレーミアの二人に対して自分とベル君の姿を重ねていて、その妄想が限界を越え、ついうっかりと空間を発動したらしい。
こいつめ、仕事中になんという事を。
「織原」
「はいはい。
ジ・アンロック」
しかし魔法番長必殺の空間解除スキルを無視して、ピンク色は更に濃厚にあたりの空気を染め上げていった。
「どうした、織原」
「な、なんだかわかりませんが、この空間を解除できません。
フィアの空間で、こんな事は初めてだ。
このポンコツ娘め。
お前、今度は一体何をやったんだ」
「なにー!」
俺は慌ててフィアを見たが、何かこうふわふわしたような感じで足が地についていないというか、明らかに宙に浮いていた。
これは尋常ではない状態だ。
俺と織原は思わず顔を見合わせた。
「おい、何だか妙な事になっているな」
「また何か、新しい悟りの世界を開いたのですかね」
だが、とてもそうは見えない。
明らかにベル君絡みのピンク空間であり、奴の表情もそれを示している。
「とにかく、早く始末をつけないとマズイな。
また各方面からケチがつきそうだ」
ベル君は顎に手をやって少し考えていたが、やおらフィアに歩み寄ると優しく頭を抱いた。
「さあ、フィアちゃん。
早く現実世界へ戻ろうか」
「嫌!」
あ、もしかして反抗期か?
こいつは小さい頃に親を亡くしているし、今頃になって反抗期がやってきたのか?
「ここで、御兄ちゃんと一緒に幸せになるの」
そう言ってベル君に抱き着くフィア。
「待て!」
「待たない!」
うーむ、なんか暴走しとるな、こいつめ。
ポンコツの分際で、やけに強気だ。
何気にいつもと感じが違うし。
「どうした、フィアよ。
今は御仕事中だぞ」
俺は上司としてビシっと一言、言い置いたのだが。
「ふふふ。
私は恋に生きる女なのです」
こいつめ。
何か悪い物でも食ったのか?
まるで別人だ。
「そこまでよ、狂乱の大神官」
そう言って乱入してきた奴がいる。
なんだ?
この解除できない異質な空間に侵入してきた奴がいるのか。
だが、この声には聞き覚えがあるぞ。
「お前は!」
「そうよ!」
「誰だっけ?」
そんなフィアとのやりとりに、ズルっとずっこけたのはベル君の下宿先の娘であるミレーナだった。
どうやらフィアが式を執り行う話を聞きつけて、サポートに入ったベル君とフィアがいいムードになるのではないかと恐れ、忍び込んでいたようだ。
「あのなあ」
普通は王宮に用もないのに平民が忍び込んだりしたら重罪なのだが。
しかも本日は重要イベントの最中なのだ。
そもそも、普通の人間には忍び込んだりする事など能力的に不可能なはず。
さすがはBランク冒険者であるフィアと対等レベルの能力の持ち主だな。
誠に呆れたものだ。
しかしフィアの奴め。
いつも仲良く喧嘩しているくせに何故ミレーナを覚えていないのだ。
ベル君を取り合う最大のライバルのはずなのだが。
「あのう」
事態の有り得ないような展開に、式の主役であるはずの花嫁がずっと空気のままでいたのだが、その慣れないムードに対して耐え難かったものか、そっと声をかけてきた。
「なんだい?」
「御式の方は?」
「あー、ちょっとグダグダになってしまっているが、そのうちに続きが始まるだろうから待っていてくれ。
いや、嫁に来て早々にすまんね」
彼女はちょっと困ったような顔で、こう返してくる。
「えーと、あちら? に残してきてしまった賓客の方々や国王陛下などはよろしいのでしょうか」
「あー、大丈夫だ。
彼らはこういう事態には慣れているさ。
まあそのなんだ。
俺の結婚式が無事に済むなんて考えているような温い奴など、今日の出席者には一人もいないから安心してくれ。
あ、もう俺の奥さんになるんだから、君もこういう展開に早く慣れてね」
「はあ」
ちょっと、なんだかよくわからないような困った顔をした新奥さんが俺に寄り添っていたが、彼女に突き出した左の肘を軽く持たせておくに留めて、俺は問題児どもの狼藉に集中していた。




