138-4 子供達の気持ち
「そういう訳で『レミちゃんの御母さんを園長先生の御嫁さんに迎えるにあたって』の議題で家族会議を開催いたします」
ここは例によって中庭だ。
大型魔物も含めてグランバースト公爵家の家族が大集合だ。
今日は子供達も主だった者達を参加させておいた。
ケモミミ園の子供達にとっても、「もう一人母親が増える」ような案件なので。
「はい」
さっそくトーヤが手を挙げた。
「なんだい?」
「異議なし」
「おい、まだ会議が始まってもいないぞ」
だがチッチッチと指を左右に振り、奴はこう言った。
「だって、これはみんなに『獣人の御母さん』が出来るという話でもあるんでしょう。
何が問題なのさ。
僕は大歓迎だな。
元々、ここの職員さんで女の人っていえば、小学校の先生方以外はみんな人族の人じゃないの。
みんな優しいし何も不満はないんだけどさ、小さい子なんかは獣人の御母さんがいたら嬉しいんじゃないのかな。
副園長先生は別格として」
確かに小学校の方は獣人の先生もいるが、まあ男性体育教師なんかだしねえ。
元々獣人の冒険者の人は女性でも結構やれるのでうちへは来ないし、そっちから引退して転職で回ってくるのは必然的に戦闘力が不足する人族の女性になってしまうので、こうなっているのだ。
「あたしも賛成ー」
熊っ子のミヤが、今日もまた積極的に手を挙げた。
「レミちゃんがいなくなるかもという内容はすべて却下いたします。
あたしの可愛い妹なのに」
そう言って、御膝に乗せて抱き締めていたレミに頬ずりする。
この子は無口だけど優しい御姉さんという立ち位置か。
レミもよく懐いているし、年長の子の中では面倒見もいいタイプだ。
元気印のカミラは、走り回って皆を引っ張る感じのリーダーなので、そういう方面の面倒はあまり見ないからな。
「事前に話を聞いたところでは他に選択肢もないわけだし、特に却下するような理由が見当たらないな。
僕らは別に構いませんよ。
なあ、みんな」
最年長で長老扱いのショーは、随分と大人びた口を利くようになった。
まあ、この子は元々トーヤより二歳も年上で、自分のグループのリーダーをやっていたのだから。
しかも少年兵だったのだ。
「そうそう、チョーローのいうとおりー」
「エレーミアおかあさん、ばんざい」
もしかしたらエレーミアは、子供達の持つ「理想の優しい獣人の御母さん」のイメージそのものなのかもしれない。
ここの子供達の中には親の顔を知らない子もたくさんいるのだ。
「あとは彼女の気持ち次第ね。
そうでしょう、エレーミア」
シルの言葉を聞いて振り向いた俺の眼に、離宮の中庭にある外部通路の柱の陰から見守るエレーミアが映った。
「エレーミア。
いたのか……」
「当り前でしょう、あなた。
私が呼んでおいたのよ。
本人にも聞いていただかなくては。
でも、その場にいない方がみんなも意見は出しやすいから」
「お前は、それでいいのかい?」
俺はシルの頬を撫でながら訊き返した。
そして彼女は俺を見つめながら笑顔でこう言った。
「みんなが幸せになれる道を行きましょうよ。
それがグランバースト公爵家で生きる人達にとって、そしてあなたと私にとって何よりの幸せの道でしょう?
私が何か反対する理由があって?
でも一つだけ御願い。
彼女の事も私と対等に愛してあげてください。
そうでないなら、彼女を御嫁さんに貰う事は許しません」
そしてレミが急に立ち上がると、エレーミアの下に駆けていった。
「ママー、ミーアママ」
「レミ……」
彼女はなんといったものかというような表情で、娘の突進を受け止めた。
人族と違って獣人の母親は、自分の子供の全力突撃を食らってもビクともしない。
もちろん、体当たりした子供の方もビクともしない。
ここの職員でも、まだ小さなレミの突撃で見事にひっくり返るシーンを何度も見ている。
たまには骨折もするが、元冒険者の職員などは笑って済ます。
「あいたたた、いやあ参ったなあ。
あ、園長先生、丁度よかった。
何本かアバラ骨が折れたようです。
上級の回復魔法を御願いします」
などと言っているくらいだ。
うちの職員の基本的な採用基準は『根性』だからな。
彼女エレーミアは、なんとも言えないような顔でこちらを見ている。
無理もない。
彼女には愛する夫がいたのだ。
身分違いをものともせずに駆け落ちしたほどの。
彼はすでに命を落としてしまったらしいが、エレーミア自身も何年も眠っていたような感じで記憶も主人を失くした当時のままであったのに、いきなり知らない男、しかも人族と結婚しろと言われてもな。
おまけに相手は訳のわからないような『異世界人』ときたもんだ。
更なるおまけとして膨大な歳の差が!
同じく急に結婚が決まったシルの場合は、結婚する前に一緒にあれこれと楽しく遊んできた経緯があったからな。
前もって御互いに大方の人となりはわかっていたし、とりたてて恋愛感情ではないのだが双方共に好意のような物もあったのだ。
俺の方はエレーミアについて、ある程度は人伝に訊いていたのだが、彼女は愛する夫を捜しにいったまま時すら止められていたのだ。
心の準備なんてあるわけがない。
そんなこんなで俺は内心少し困っていたのだが、努めて明るい顔で訊いてみた。
「うちの家族は皆こう申しておりますが。
私も同じ気持ちです。
いかがいたしましょう。
私はレミを、愛娘を手放すつもりはありません。
さりとて、レミとあなたを引き離したいとは露とも思っておりません。
ケモミミハイムのあなたの家族達も、皆そう願っております」
愛と引き換えに捨ててきた家族。
その相手として選んだ伴侶すら、もういない今。
彼女の眼にたくさんの涙が溢れ出した。
それは想いが姿を変えた物。
「わたし……わたしは……」
彼女は両手で顔を覆ってしまって泣き出した。
するとレミは伸びあがって彼女の涙を拭おうとした。
「ミーアママ、どこかいたいの?
かなしいの?
レミがいるよ。
いつもいっしょにいるよ?」
そして彼女エレーミアは座り込んで嗚咽を堪えて泣き出した。
「あなた……ハイラル……」
俺達は皆、黙って彼女を見つめているのだった。
そして初夏の優しい風と、異世界の太陽も。




