148-3 婚姻会議2
翌日、ミハエルの執務室兼私室を訪れると、そこにはケモミミハイムの第二王子アルンストも一緒にいて歓談していた。
「やあ、アルンスト殿下。
御久しゅう」
「やあ、グランバースト公爵。
この度は妹が御世話になりまして、どうも。
まさか彼女が生きていたとは。
実に嬉しい限りです。
……なのですが」
彼はそこで一旦言葉を切った。
そういう話の切られ方をすると嫌だなあ。
まあ、どの道先方と話をせにゃあならんので、向こうから来てくれたのならば有り難いと言うしかないものなのであるが。
このアルンストは温厚な性格で話がわかるし、俺という人間の有り方に好意を持って接してくれているようなので、絶対に無碍にしたくない人物の一人でもある。
俺も元々、こういう人間とは付き合いやすいタイプの人間だ。
他国の、しかも獣人種の人なので、ミハエルのように兄弟かマブダチみたいな感じには気安く出来ないが、礼を持って接すれば互いに理解しあえるような大変いい関係にある。
「それで、彼女をどうすると?」
「本来であれば、あの特別な瞳を持つエレーミアは国に連れ帰らねばなりません。
それがオッドアイを持つ王女の運命、ではあるのですが……」
ああ、それはわかるな。
彼女に対して彼らケモミミハイム王家の人達は酷く後悔していた。
あまり無慈悲な事はしたくないのだろう。
彼女に対して引け目もあるというか、そういう感じらしいし。
特に今の、彼女の心が揺れまくりの時には、そっと蔭から見守りたいというのが本音だろう。
「それに、そうするとレミと引き離す事になってしまいますし。
それだけは絶対に避けたい。
そして、もしレミも一緒に国に帰るなどという事になると」
そう言いながら、彼は真っ直ぐに俺を見た。
彼は俺の気持ちを一際尊重してくれているのだ。
だから俺もそれに応え、一切言葉は濁さずに力強く即答しておいた。
「ありえないな、その選択だけは」
「そう。
父も兄もそれだけは望んでおりません。
問題はエレーミアの処遇だけでありまして」
「では、どうすると?」
彼は回答を持ってきているのだ。
ケモミミハイム王国が決定した、これしかないという回答を。
だから彼は今ここにいる。
「答えは決まっていますよ、公爵。
最初から、すべてが丸く収まる答えは一つしかないのですから。
グランバースト公爵、いや勇者アルフォンス。
どうか我が国の姫を貰っていただくわけにはまいりませんか。
我々が、あなたにそれを強要する事は出来ませんが、そうしないと誰かが不幸になってしまう。
そして、それがあなたの最愛の娘レミである可能性は高い」
「う、そうきましたか。
そういう可能性は考えていましたが、何しろアルバトロス王国はねえ」
「わかっています。
国王陛下さえ側室を持たず、家族を大切にする習慣は。
まあそうではあるのですが、アルバトロス王国の王家は決して頑なな考えの持ち主ではなく、腹芸のように融通を利かせてくれる面もたくさんある国だと存じあげております。
今もミハエル王子と、この件で話し合っていました」
俺はチラっと奴の端正な顔に目を走らせたが、ミハエルは少し難しい顔をした。
「うーん、そのあたりは各方面と調整しないと、この場では返答はできませんが」
俺も、とりあえずこういう回答しか出来ない。
「もちろんです。
しかして、この問題を今の状態で長く置いておくのもよろしくない。
あれを嫁に欲しいという連中が、国内外でまた騒ぎ出しますので。
もう情報は各国に回っている事でしょう。
そうなると、またあなたに面倒をおかけする事になる。
あなたにとっては、そういう類の尾を引くようなトラブルが一番お好きではないのではないかと思うのですが。
時間延ばしをしても、結局あなたがトラブルを背負いこむだけ損なので、御決断は御早めになさった方がよろしいかと」
やれやれ、しっかりと俺の性格を読まれているね。
その上で俺には大変好意的に接してくれているので、この人の事は軽く扱いたくないのだ。
「要するにだ。
あの王女をお前が第二夫人として貰ってしまわないと、レミがお前ら夫婦か実の母親のどちらかと確実に別れねばならなくなる。
最悪なのはあの二人が母子揃って国に帰るパターンだな。
とにかく、先方もそのように誰かが不幸せになるような事など、まったく望んではおらん。
この話には父も反対はすまい」
ミハエルからも、そのように言われてしまった。
そいつはアカン。
仕方がない、また家族会議の開催だな。
「わかった、少し相談をくれ。
帰って皆と相談する。
家族の問題を俺一人で勝手には決められない」
「わかりました。
それでは、御返事は三日後でという事では如何でしょうか」
「やけに急ぐんだな」
「ここはアルバトロス王国の風習に則る形でお話を進めたいものです。
こちらの内輪の話で随分と御世話をかけてしいましたので、そちらを立てる形での」
彼は一旦言葉を区切って、そしてこう続けた。
「ジューン・ブライド。
六月の花嫁という形でいかがでしょうか」
そう来ましたか。
まあ、あれは初代国王である武がそうしたのだからな。
つまり、ハイドのシドの時と同じパターンか。
それはそれでいいのだが、俺が奥さん二人と上手くやっていけるか心配だな。
シルの場合は事前に知り合って時間をかけて仲良くしていたし、彼女の性格に何も問題はなかった上に互いの相性も良かったのだが。
「通常はジューンの1、六月一日に式を上げるのだが、まあ日が過ぎてしまったからな。
お前が国王になるような人間ではないので、それでも特に問題はない。
話が決まり、準備が出来次第にという事で。
後は、すべてお前次第だ。
父には私から話を通しておこう」
「わかった。
実際のところは、もう殆ど本決まりというわけだな」
「そういう事だ。
基本的にアルバトロス王家から話があったという事であれば、シェルミナとロドスが反対する事は絶対にない。
あとはシルとお前の問題なのだ。
だが、あの子も反対しないだろう。
あれでも元は王女としての教育を受けてきたのだ。
こんな時に、ぐだぐだと言う事など決してない。
むしろ当然と受け止めるだろう。
つまり、最初からお前が決断すればいいだけの話なのだ」
「そうか。
だが家族とは話させてくれ。
そういう事が、我がグランバースト公爵家の流儀なんだから」
「では、そうしろ」
いつもの仮面を被った表情ではなく、柔らかい家族にしか向けない表情で笑顔を浮かべるミハエル。
息子のような歳の兄王子に向かって、俺も同じような笑顔を返した。
アルンスト王子もまた満足そうにそれを見守ってくれていたのだった。




