147-12 フリーパス
「なあ、頼むよ~。
撫でさせてくれよー。
ちょっとでいいからさあ」
「だーめ」
俺はその後、なんとか一度ダンジョンコアを撫でさせてもらおうと思って奮闘したのだが、奴は拒み、俺の愚行はアエラグリスタを面白がらせるに留まった。
「だが、今回の件で俺に対する報酬がないじゃあないか」
「何を仰られるやら、御領主どの。
こんな事はアドロスの領主たるあんたにとっては当然の義務でしょうに」
「ぐ!
しかしだね、君。
モチベーションというものはだね」
「えー、あんたの娘のための情報も提供したのになー」
「いやいや、それはそれで、また別のお話としてさ」
その不毛なやり取りを前に他のメンバーを大いに呆れさせたのだが、何度も交渉に交渉を重ね、最終的に奴を拝み倒して、それに関しては成功報酬としてなんとか条件闘争に勝利した。
このアルフォンス様ともあろう者が、ただ働きなどして堪るものかよ。
「もう仕方がない人ですねー。
本当に今回だけ特別ですからね」
くそう、勿体をつけおって。
多分、単に奴が面白がっているだけで、別にただ触らせる事など特に問題があるはずない。
だが物の価値というものは、それを欲する者の心のありようによって、その評価はいかようにも変わるものなのだ。
この素晴らしきダンジョンコアを一度も撫で回さずにこの俺が一生を終えるなど、そんな馬鹿げた事があって堪るものか。
俺はここの正式な領主なのだからな。
「おいちゃんは相変わらずだねえ。
別に、その子を撫でなくたって何も困らないんだよ」
「やかましい。
お前はいつでも先方から望まれて触らせてもらえるからいいけど、俺達人間はそういうわけにはいかないんだからな」
「俺は別に触らなくてもいいけど」
織原、お前が触りたいのは愛しの彼女だけだよな。
「俺も特に触りたいとか思わないけどな」
グスタフめ。
それでも聖騎士の端くれなのかよ。
あの祝福の鎧を持ちながら、このように神秘な物に興味が湧かないなんて、親鎧の持ち主として絶対に許さないぜ。
「僕は触ってみたい気がしますね」
ああ、ベルグリット。
お前は単に職務上の興味からの関心だけだよな。
「まあ、あたしはどっちでもいいかしら。
でも家主の顔が拝めただけよかったわ」
「ははは。
魔物を除けば、あなたが一番長く居る住人だからねえ。
あの初代国王船橋武も面白い奴だったけど」
「へえ、そいつはまた興味深いな」
また武の昔話が聞ける相手が現れたのか。
そういや、あいつが元祖アドロス領主みたいなもんだからな。
「その話はまた今度の時にでもね、園長先生様」
「まあいいや。
でも、またお前に会いたい時はどうしたらいいんだい」
だが、奴は身を震わせて軽快に答えてくれた。
「御得意の転移魔法を使えばいいさ。
今までは、お前の検索とやらや転移魔法はここに関しては除外しておいたのだが、晴れて解禁としよう。
まさか、ここの御領主様ともあろう御方がこの私に危害を加えたりなどはすまい?
それに、お前さんはね」
そう言って奴が無言で笑った。
ダンジョンコアが笑うというのもおかしいのだが、そうとしか感じられない。
ちっ、俺の性格も見透かされているのかよ。
まあいんだけどさ。
この手の人外の知己と交流を持つのは慣れているというか、まあ特段嫌いじゃないのだ。
というわけで、俺は通常ならば人間なんかが絶対に出入りを許されないだろう、この神聖な場所へのフリーパスの権利を見事に手に入れた。
「信じられないですよ、アルさん。
この、このダンジョンコアへの間へ自由に出入りする権限を得てしまうなんて」
「そいつは、そんなに凄い事なのか?」
何気に首を傾げる俺に向かって、ベル君は溜息を吐いた。
「おそらく。
おそらくではありますが、世界初、人類初ですね。
この世界が始まって以来の、神話の中にでも登場する出来事のような、そんな物語ですよ。
ああ、でもこれも内緒にしておくべき事柄なのでしょうね」
そうだったか。
まあいつもの事だから、なんでもいいや。
「できれば、そう願いたいね。
アルバトロス王国ダンジョン管理局の次長さん」
まさか自分の管轄とするダンジョンの本体であるダンジョンコアから『役職名』で呼ばれる日が来ようとは、という顔をしているベルグリット。
また複雑そうな顔をしているベル君を引っ張って、その場から転移魔法で消えた。
それから皆一度解散して、俺はまず家に帰りレミを探した。
幼稚園で他の子と一緒に楽しそうに切り絵細工に勤しんでいた娘を見かけて、俺は顔を綻ばせた。
だが彼女は俺の顔を見るなりこう言ったのだ。
「あ、パパ。
まだしあわせなの?」
ぐう~。
この子から見て、俺はまだ異世界五月病を発病中に見えるのだろうか⁉
だが俺はレミを抱き上げ、敢えてこう答えた。
「とっても幸せさ。
お前は?」
「しあわせだよ。
でも」
「でも?」
「ミーア・ママがいてくれたら、きっともっとしあわせ。
でもいいの。
いつもシルママが一緒にいてくれるもん」
俺は思わず娘を抱き締めた。
このオッドアイ、必ず守る。
それに、やはり『彼女』も取り返さねばなるまい。
「じゃあ、パパはちょっと出かけてきますね」
「いってらっしゃい。
おみやげ~」
「はいはい」
そして、俺はその場で向かった。
魔都ロンドンへと。




