146-9 大神殿の惨劇
王都、いや王宮前広場においては、着々と祭りの準備が整っていた。
エミリオ王子も既に衣装を着せられてしまっており、諦めたように一輪車に跨ったまま微動だにせず、その場に立ち尽くしていた。
なかなか素晴らしいバランスだ。
この子も、もう小学校四年生相当なのだ。
芸の方も精進した時間相応に磨かれているようだった。
「さあさあ、早く御支度なさい。
あの軍団が来てしまいますよ。
もう既に彼らが王都入りしたとの情報が届いているのですからね」
一人だけ溌剌とした表情で張り切っている王妃様。
他の人は、ただ黙々と仕事に邁進していた。
その様子を見て溜息をついたエミリオ王子は小さな声で呟いた。
「ミハエル兄様ったら、一体どこへ行ってしまったのかな。
いつもなら兄様の痴態を見て気を紛らせるというのに。
ハミル姉様はいつものように上手く逃げ出した後だしなあ。
あの逃げ足の速さだけは僕も見習わなくっちゃ」
だが、その頃。
ここはアルバ大神殿だ。
「ジェーシカちゃん、遊びましょ」
一体何事かと神殿の表側から出ようとしたジェシカをミレーが慌てて止めた。
「行っては駄目、今のあの人は大変な危険人物なんだから」
「ええっ、どういう事。
確かに何か様子がおかしいのだけれど」
楽しそうに、それは楽しそうに、そして若干トロンとした怪しそうな眼付きで、まるで遊びに来た子供のように自分の名を叫んでいる五十代の危ないおじさん。
まあ確かに彼女の知り合いのおじさんなのだ。
だからといって本日に限っては安心出来る要素が皆無なのだが。
しかし彼の侵入を止める事などはできない。
何故なら、彼こそがこのアルバ大神殿を管理する大司祭その方なのだから。
「ああっ、中に入ってきちゃった。
って、それはもう当り前なんだけど。
これは困ったわね」
なおも事情が呑み込めずに小首を傾げるジェシカ。
だが、やってきた大司祭様の前にミレーが立ちはだかった。
「園長先生、いくらあなただろうとジェシカに手を出すのは私が許しません……って、ちょっと園長先生!
はわわ。
ぎにゃあああああ」
なんと、高位精霊にまで感染してしまうほどアルフォンス菌は強力だったらしい。
「え? え?」
混乱するジェシカの前に、何故か素面で立つ大司祭魔王。
なおミレーは、この上ない幸せを噛み締めて、完全な多幸精霊と化していた。
「ジェシカ」
「あ、は、はい」
園長先生から、こんなに真面目で真剣な顔付きで話しかけられた事はかつてない。
結構ヤバいムードの中でも、割合と余裕があるのがこの人なのだが。
思わず彼女も真剣に見つめ返してしまう。
「可哀想に」
「は?」
「だって子供の頃、あんなに虐められて」
「え、ええ。
でも昔の事ですわ。
今は園長先生を始め、皆の御蔭でこんなに幸せなんですもの」
だが魔王大司祭は首を振った。
「そんな。
嘘を吐かなくってもいいんだよ。
俺はいつだって君の味方さ」
「はあ」
彼がそうあってくれる事に何の疑問もないのだが、今日の彼はおかしい。
ミレーの様子も変だし。
ジェシカはますます首を傾げるのだが。
「だから」
「だから?」
「もっと幸せになろう!」
そう言って何故か抱き着いてこようとする魔王大司祭。
「え? え?
いけないわ、園長先生。
私にはグスタフというものが。
それにあなたにだって奥さんと子供が」
「そうよ!」
ぐいっと子供体形で割り込んで、へべれけも同然な魔王園長を押しのけるミレー。
「ミレー?」
「ジェシカを幸せにするのは、このあたしなの!」
そう言ってミレーは可愛らしくジェシカに抱き着いた。
「ぎにゃあああああ」
先輩大司祭の悲鳴を聞きつけて、箒を手にしたまま駆けつけてきたフィア。
神殿の御掃除の最中だったらしい。
いや違った。
さっき高価な壺を一個落として割ってしまったので、必死で証拠隠滅をしていた最中だったのだ。
どうせ精霊がジェシカにチクるので、すぐにミレーにもバレてしまうから御仕置きを食らうのに決まっているのだ。
だが、今日は天が味方をしてくれたようだった。
「どうなさいました、ジェシカ御姉様」
だがジェシカはただ微笑んで、にこにことフィアを招いている。
これが普通の人なら、季節柄なんとなく五月病を発病しているのだと理解するのだろうが、フィアには通じなかった。
「可愛い私の妹フィア。
こっちへおいで」
「はい」
何かこうジェシカの機嫌が良さそうなので、取っておきのおやつでも貰えるのかと思い、ほいほいと喜んで近寄っていったフィアであったが、あっさりと捕獲されてしまって叫んだ。
「ぎにゃあああああ」
そして発動した。
『幸福異空間』を。




