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146-7 阿鼻叫喚

「ドワーフ国王感染す」


 その報がもたらされて、王宮ゾーンにいる全ての人々が頭を痛めた。

 あのハンニバル大王までもが感染してしまったというのか。

 この世界でもっとも信じがたい報告である。


 おそらく、今はこの王都を目指して大進撃しているのに違いあるまい。

 ハンニバル祭を目指して。


 近年、多くの怪事件がこの国を脅威にさらしたが、その内のかなりの部分をあの稀人公爵が片付けてきたのだ。

 それが今回は、奴自身がその元凶となり果てた。


 もっとも、その内容と来た日には如何にもあの男らしく、他国から見たら失笑物の笑い話でしかないような事件なのだが。


 何しろ、この五月病という風土病は期間限定の代物で、特に国家に対して脅威をもたらすようなものではないのだから。

 だが、このまま放置しておいてよい現象なのだろうか。

 国王として非常に対処に悩むような代物であった。


「御父様」

「なんだね、シル」


「考えるだけ悩むだけ、まったくもって馬鹿馬鹿しいですよ。

 特に実害はないのだし。

 いっそ、御母様と御一緒に祭りを御楽しみになられてはいかがです?」


 とんでもない事をさらっと言ってくれる国王の次女がいた。


「いや、しかし。

 むう、どうにも対処に困る案件だのう」


「対処するだけ無駄というものですわ。

 国民も、もう祭りを楽しみにしているみたいですしねえ」


 それに、あの人のやる事なのだから、と。

 同じく会議に参加中の彼女の母親も始終大変にこやかな御様子であった。


 そして、その後も会議は進展のないまま続いていくのだった。

 グランバースト公爵夫人は、やれやれと思いながらも大人しく御茶を啜るしかなかった。



 その頃、アドロスの街は『ニコニコゾンビ』に完全に支配されていた。

 だが一部の堅物な住人は代官屋敷に閉じこもり、脅威の収まるのを『御茶をしながら』待っていたのだった。


「いやあ、ロゴスさん。

 今年は本当に参りましたねえ」


「いやいや代官殿、まさかあの人がねえ。

 さすがに並みの発症者とはスケールが違いますな」


 そう言って、アドロス商業ギルドのギルマスは大笑いした。


 アドロス冒険者ギルドの連中は、ギルマスのケニーを筆頭にとっくにアルフォンスや親方の御仲間になり果てていた。

 冒険者同士の結束は固いのである?


 そしてアドロスの街を楽しそうに歩いて行く、多幸感に溢れた方々の列は引きも切らないのであった。



 一方、王都のアルバ冒険者ギルドでは。


「あの男、今度はまた常識外れな真似を」


「あははは、こんな話は聞いた事もありませんね。

 いやあ、さすがはアルフォンスさんだなあ」


「いや笑いごとじゃないぞ、レッグ。

 今この王都へ向かってくるらしいからな」


「それで、どうされるのです?」


 書類のファイルを整理しながら、平常運転で訊き返したサブマスのレッグ。


「いや、どうすると言われても困るのだが。

 これが魔物のスタンピードだったならば、なんとかするのだがな」


「これが一昔前ならば、棄民都市アドロスの住人が徒党を組んで王都へやってきたのなら討伐対象になるのでしょうがねえ。

 まあ今回ばかりは王国騎士団や王国軍も対処に困るでしょうね」


 まるで他人事のように言い放つレッグ。


「なあ。

 お前、ちょっと楽しみにしていないか?」


「これが楽しみでなくって何だというのです?」


 悪戯っぽい笑顔を長年の相棒であるギルマスに向けて、彼は心底楽しそうな声で答える。


「やれやれ」



 そしてアドロスの東の端、その王都側では。


「はーい、皆さん。

 こっちですよー」


 そこには、いつものようにバスガイドのロールプレー中の沖田ちゃんがいた。

 ただし、怪しい笑みを全面に張り付けながら。


 ニコニコゾンビ軍団は、どうやらバスに乗って王都へ大量輸送されていくようだった。

 通常の定時運航の安物なバスではなく、超豪華な観光バスで。


 何故かゲートの魔法では行かない魔王様御一行。

 きっと遠足のように楽しみながら行くつもりなのだろう。

 そうすれば余計に幸せだから。


 もう本当にどうしようもない、完全に御病気の団体だった。


「沖田ちゃん、しっかり頼むよ。

 アドロスのみんなで王都の人達にも幸せを届けまくるんだから」


「はーい、頑張りましょう。

 私も幸せを配達しまくりですよ~」


 異世界五月病患者を乗せた貸し切りバスは往く。

 キャラバンを組んで。


 それはもう長蛇の列で、ぐいぐいと進む幸福バスの群れは途切れる事もなく、どこまでも続いていった。

 信号も渋滞も無い、たった二十キロメートルの距離だけれど。


 そして王都の門番達に止められた。

 王都の前は固く門が閉められており、門番の兵士達は感染防止のため城壁の上に立って警告してきた。


「グランバースト公爵!

 そこで御止まりを。

 国王陛下から、あなたが来たら絶対にここを通すなと言われております」


「えー、そんな固い事を言うなよ~」

「ならんと言ったらなりません!」


「そうか、君はきっと幸せじゃあないんだねえ。

 よし!」


 そう言って、ポンっと塀の上に飛び上がったアルフォンス。


「な、何をなさいますか!」


「こうするのさあ。

 そおれ、すりすり」


 お髭の中年兵士に抱き着いて、頬にすりすりまでやってしまうアルフォンス。

 とても正気とは思えない行動だ。

 普段の彼ならば「やめろ~」と自分から叫ぶであろう。


 だが離さない。

 まるで彼の事を愛していると言わんばかりに。


 門の守備隊の隊長は、瞬く間に幸福ウイルス? に感染した。


「ああ、私は幸せ者だなあ」


「そうだろう、そうだろう。

 さあ、君の部下達も幸せにしてあげようよ」


「そうしましょう!」


 瞬く間に塀の上にいた残りの門番も御仲間に成り果て、そして塀の上から駆け下りた彼らの手により、門の内側に手待機していた国軍兵士の間にも阿鼻叫喚の光景が繰り広げられ、すぐに多幸感溢れる兵士達の手によって王都アルバの門は開門されていくのであった。


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