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146-5 幸せの使者

 ここはアドロスのフードコート。


 今では各地に作られた同様の施設があるが、こここそがその第一号であり、アドロス・アルバ間連絡バス開通に伴い、王都のアルバ市民にも親しまれている。

 そこで一番有名な御店がエリの経営するキッチンエリである。

 そしてアルフォンスを出迎えてくれたのは、その主であるエリその人であった。


「いらっしゃい。

 あ、アル御兄ちゃん」


 いつもなら大歓迎な、家族も同然である親しい人物なのであるが、本日は憧れのミハエル王子から直接言い渡されているのだ。

 せっかく愛しの王子様がわざわざ会いに来てくれたというのに、その理由があまりに残念過ぎた。


「あいつの前では絶対に『自分は幸せです』と言い切ってほしい。

 身内のお前を取り込むと、更に調子づきそうだしな。

 仕方がないので、奴の妻である妹のシルも実家に戻してあるのだ」


 こんな残念な理由で実家へ戻る奥さんって、他には二つの世界のどちらにもいないんだろうなと思いながら頷いたエリ。


 そして定例文句で訊いてくるアル御兄ちゃん。


「やあ、エリ。

 今幸せかい」


「ええ、とっても幸せよ」


 何しろ、いかに残念な理由であれ、愛しの王子様がやってきて頭を撫でてもらったのだ。

 しっかりと任務を果たさなくては。


 子供扱いはなんなのだが、滅多に会えない意中の人とのスキンシップは嬉しかった。

 まだ幸せの感触の余韻は残っている。


 それを聞いて魔王兄様は満面の笑みを浮かべた。

 しかも予想外の言葉を放ってきた。


「そうか。

 でも遠慮するなよ、エリ。

 俺とお前の仲じゃないか。

 ああ、可愛い義妹よ」


 そう言って、いきなりがばっとエリを抱き締めるアルフォンス。


「え、アル御兄ちゃん。

 いきなり何を」


 そして、またしても響き渡る悲鳴。


「ぎにゃああああ」


 その様を物陰から監視していた追跡者二人は顔を見合わせた。


「あいつめ、とうとう強制的に幸せを振りまく事に決めたか!」


「いかにも園長先生らしい行動よね。

 というか、エリちゃんったら猫と悲鳴が一緒だったわ!」


 魔導ホムンクルスの御姉さんは、むしろそっちの方が気になるようだ。


 そして同じような恍惚の表情で魔王義兄とパーティを組んだエリ。

 危険な二人と一匹は次の犠牲者を求めて彷徨った。


 そして彼らの前に立ちはだかったのは、騎士団長ケインズである。

 既に褌一丁のスタイルで。

 背中に背負うは騎士団長としての覚悟を示す斤量剣。


 ミハエルからの連絡を受け、もはや見境なく幸せを振りまく事に決めたらしいアルフォンスを止めるべく、王命を授かったものらしい。


「アルよ、王の御命令だ。

 悪いが止めさせてもらうぞ」


「やあ、ケインズ。

 何をそんなに顰めっ面をしているんだい。

 君は幸せじゃあないんだね、可愛そうに。

 今僕が助けてあげるよ」


 そしてアルフォンスは不思議な足捌きで間合いを詰めた。


「む⁉」


 見た事のない動きに警戒をみせるケインズ。

 それは、おそらくあのバルドスから学んだであろう古代の武技。


 だが、それは只の眼晦ましに過ぎなかった。

 一瞬にしてファストの魔法と共に魔道鎧を発動し、間合いを詰めてケインズを抱き締めていた。


「ケインズよ、俺の愛を受け入れるがいい」

「うおっ、気色の悪い事を言うな」


 予想外の台詞に慌てて、思わず力が抜け防御が手薄になるケインズ。

 だが、それすらも手管。


「ふふ、油断したね、ケインズ。

 それ! 幸せを食らうがよい」


「ぎにゃあああ」


 そして、敢え無く園長先生達の仲間入りをして、去年と同じように腕組みをして高笑いを響かせている王国騎士団長ケインズ。


「ケインズ……」


「あれはバルドスがコレクションしている武術の足運びの一つね。

 既に園長先生に魔法でキャプチャーされていたのか。

 もうケインズさんったら、強面の癖にあんなチャチな手に引っかかるなんて。

 あの人には、むしろそういうやり方の方が通用しやすいのかもしれないけど。

 それにしても、また悲鳴が猫と一緒よ」


 そして彼女をチラっと見てミハエルが訊いた。


「なあ、君はあいつを止められるか」


 その提案に、うーんといった感じに渋る真理。


「あれをどうやって実現しているのかがわからないと危険ね。

 私が敵方についてもいい?

 あの非常識人のやる事だから、この私さえも取り込んでもおかしくはないのだけれど。

 稀人魔王の恐ろしさを私ほど知る者はいないのよ。

 ミハエル王子、あなたの御先祖様も含めてね」


 それを聞いて、また顔を引き攣らせるミハエル。

 あの魔王だけでなく、その相棒の錬金魔女まで向こう側の住人になったら打つ手もなくなる。


「そうね、いきなり私じゃなくて他の者でちょっと試してみる?」

「どうやってだ」


「私の下位互換の魔核を持つ者で一人テストしてみましょう。

 あの子なら多少は耐性があるんじゃないかなと。

 そこにいるかな、沖田ちゃん」


「はーい」


 いい返事と共に、ひょっこりとミハエルの後ろから顔を出す沖田ちゃん。


「やっぱりいたのね……。

 まあいいわ。

 ちょっと試してもらっていいかしら」


「私、いつもとっても幸せなんですけど、大丈夫なんですかね」


 そうだった。

 彼らは、いつでも幸せな存在なのだった。

 ゴーレム(アルフォンス生産品限定)というものにとっては退屈だけが敵なのだ。


「まあテストという事でやってみてちょうだい」

「じゃあ、いってきまーす」


 彼女は駆け寄ると、自らアルフォンスに背中から抱き着くと言いたもうた。


「魔王様~、私今とっても幸せじゃないんですー」


「何だと、俺の可愛い部下であるお前ともあろう者が⁉

 それは大変だな。

 それっ」


「ぎにゃあああああ」


 大変嬉しそうに悲鳴を上げて、晴れて造物主達と御仲間になった沖田ちゃん。

 いつにも増して幸せそうな笑顔だった。


「ああ、やっぱり駄目だったのかー、合掌」


「どういう事だ⁉

 あれはゴーレムなのだろう。

 何故人間の風土病に感染する!」


「園長先生の作るゴーレムは魂のような物を持っていますから。

 もしかしたら園長先生が使っているのは、魂に作用するなんらかの危険でヤバイ方法なのかもしれないわね」


 真理は彼に深く関係している、ある人物? の関与を疑っていたのだった。


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