144-9 さよならジョニー
「ねえ、ジョニー。
何を見ているの?」
「ん? ああ、ちょっとな」
彼ジョニーは、王宮の窓に寝そべって遠くを見ていた。
いつもの昼寝のようなものとは違い、何か思うところがあったようなのだ。
だがそのような、普段とは異なるジョニーの様子には気が付かないエルシー。
何故なら、今日はまた大事な儀式があるのだった。
今日は彼らサイラス王族の子供達の十歳の御披露目の日であったのだ。
だから本日は念入りに正装で臨むのだ。
まるで王子様のような、あるいはどこかの将軍のように真っ白な格式ばった衣裳を纏い、表情もどことなく大人びた感じに見える。
これがどこかの代替わりせねばならない国の王太子であるならば、もう幼くして王位を継ぐ子供さえいる年齢なのだから。
特に今日は皆の婚約者の発表も兼ねている、王族にはありがちなパターンなのだ。
もっともその御相手とは会った事すらなかったのだが。
本日も、全員もれなく御相手の本人は来られないようであった。
だが発表さえ出来れば問題はないというスタンスなのだ。
特にこのあれこれと緩いサイラスでは、仮に発表出来なかったとしても特に問題はないほどなのだから。
「エル、御仕度できたのー」
パルマが様子を伺いにやってきていた。
彼女も、もう女の子らしくドレスで着飾っている。
歳也に随分と可愛らしくはなったのだが、それでも正式に王族の御相手として名が上がるような事はない。
さすがのサイラスでも、それは絶対にないのだ。
生憎な事に平民である彼女は、今日の席には母親の御手伝いという形で臨むのだ。
もう小さな子供ではないのだから。
五年前とは訳が違う。
変わらぬものといえば、プリティドッグの可愛らしさくらいのものか。
「ああ、そりゃあもう。
パルマも支度出来てるね」
「あはは、あたしはもう正式に一緒に儀式に出たりはしないわよ。
もう小さな子供じゃないんだからさ。
裏方、裏方。
それにしても、皆の御相手になる女の子も来ないんだねえ」
そう言いながら、スカートの裾を持って御辞儀の真似事をしてみせるパルマ。
元々、しっかり者の彼女だ。
礼儀作法なども、へたをすると王族の男の子達よりも立派に身に付けていたりする。
「ちょっと遠くの国の子だからね。
まあそういうのも国にとっては必要な事なんだってさ」
「王太子妃になられる方も来ないんだね」
「そっちは、王太子の方から先に訪問するんだってさ。
そういう事はパターンごとに違うみたいだから。
今回はそうなるみたいよ」
「へえ。大変ね、王族は」
「ふふ。
それはもうみんな大変なのさ。
でもこの国なんて、他の国と比べたら、ゆるゆるもいいところだぜ」
窓辺から床に、ふわりっとした身のこなしで飛び降りたジョニーが会話に割り込んだ。
「そうだよねえ」
「ほらエル、ここ曲がっているぞ」
そう言いながら二本足で立ち上がり、器用に前足でタイを直すジョニー。
立ち上がった時に前足についていた埃などは収納して綺麗にする、さりげない心配りも見せる。
愛情込めて、彼が愛したその少年を慈しむかのように。
「おっといけない。
ありがとう、ジョニー」
そして、ほどなくして式典が始まった。
本日は特に問題がなく、滞りなく式典は進められていった。
それを、只じっと見つめているジョニーがいる。
今日は控えめに隅っこで大人しくしている。
いつもは大変出たがりなのだが。
まるでその彼らの姿を心に焼き付けるかのように、只々じっと見つめている。
そして一通りの歓談が終了し、少し大人びた感じに振る舞う少年を眺めながらジョニーは呟いた。
「そろそろ潮時っていうものかねえ」
やがて自室に帰ってきたエルシーは、さっそく服を着替え、いつものラフな格好に戻る。
半ズボンで上半身はラフなシャツといった按配だ。
「ジョニー、一緒に遊ぼうよ」
そしていつものようにベッドにひょいっと上がってきた彼を抱き締めて、そしてふとこんな事を口に出した。
彼エルシーにも何か予感めいたものがあったのだろうか。
「ねえ、ジョニーには家族はいないの?」
「いるよ」
「へえ、どこに?」
「さあな。だが探せばすぐにわかるのさ」
「ふうん」
そしてジョニーはするりっとその優しい拘束をすり抜けるとこんな事を言った。
「なあ、今からみんなで例の御花畑へ行かないかい?」
「え、今からかい。
今日は儀式のあった日だから、あまり出歩くと怒られそうなんだけどなあ」
「そうか、そいつは残念だな」
「あ、でも聞いてみるよ。待ってて」
そして、いつもの面子をかき集めて戻ってきたエルシーをにこやかに、そして慈しむかのように見つめるジョニー。
「ふふ、みんなで御花畑へ行くのは久しぶりだね」
「ホントホント、いつから行かなくなったのかしらね」
「そうそう、あのエグゼーの爺さんも、いつの間にか騎士を引退しちまったしなあ」
「あはは、無理もないよ。
あの人は僕らが本当に小さい頃から爺さんだったもんな」
在りし日の事を懐かしそうに語る面々。
特に王族の子は勉強の時間が増え、エルシー以外はジョニーと遊ぶ時間も極端に減っていたのであった。
そして懐かしい御花畑。
小さな頃のように大の字に寝っ転がったエルシーは、ふっとパルマに言った。
「僕、本当はパルマを御嫁さんにしたかったな」
「あー、それ俺も」
「僕もー」
「もう、あんた達ってば。
あんたらは王族なんだからさ。
普通の国だったら、あたしが一緒に居てこんな口を叩いているのもいけないんだからね」
「そりゃあ、わかっているんだけどさあ。
ねえジョニー」
そしてジョニーはそれに答えずに、柔らかい笑みを浮かべて立ち上がった。
その仕草に少し嫌な物を感じたエルシーは思わず半身を持ち上げて、首を捻って彼を見詰めた。
「ジョニー?」
「エル、他のみんなも。
楽しかったよ、本当に」
「え?」
皆もその過去形の、いつもとは異なる口調で喋る彼を一斉に見つめた。
「人の子はみんな、そうやって大人になっていくんだ。
俺達プリティドッグが思うよりも早く。
もっとお前と一緒にいたかったが、もうずいぶんと長くここにいた。
こんなに長く家族と離れて人の子と共にあったのは初めての事だ」
それを聞いて、大きく目を見開くエルシー。
「ジョ、ジョニー。
一体何を言っているのさ。
まるで、もうここを出て行っちまうみたいに」
だが、他の子にもわかっていた。
もう昔のようにはジョニーと遊んでいる時間も最近はとっていられなかったのだし。
いつも彼と一緒にいられるのもエルシーくらいのもので。
そのエルシーも大人びてきており、そのうちに彼さえもジョニーといつも一緒にいるわけにはいかなくなるだろうという事を。
そしてジョニーは、もう一度エルシーの胸に身を寄せると耳元で囁いた。
「ありがとう、我が友エルシー。
バイバイ、楽しかったよ」
次の瞬間、その姿はかき消えた。
エルシーが思わず彼を抱き締めようとした手は、その甲斐なく空を切ったのだった。
「ジョニーーーー‼」
だがエルシーの魂を賭けた呼声に応えてくれる愛しい者は、もうどこにもいなかった。




