144-8 西部の男
「あ、あなたは一体誰⁇」
だが、そいつはニヤニヤ笑うだけでアルマの問いには答えない。
彼はこの辺りでは見かけない、少し変わった格好をしていた。
おそらく、もしそれを地球の人間が見たとしたならば『西部のガンマン風の男』と称した事だろう。
腰に二丁拳銃こそ差していないものの、まるで西部劇に出てくるガンマンみたいな感じの格好だ。
御丁寧な事に、頭には大きな鍔のついた革製のテンガロンハットまで被っている有様だ。
「なあに、俺は只の旅の流れ者さ。
それにしても、あいつは嫌な野郎だなあ」
そんな得体の知れない流れ者なんかが、本日大事なイベント中であるこの王宮に居ていい筈などないのだが、気が動転しているアルマはまったく気が付かない。
「あ、あの、あなた一体何をなさるおつもりですの?」
不安そうに尋ねるアルマの問いには答えずに、そのガンマンはずいっと前に出た。
その行動は、そこにいた人々の注意を集めたのだが、彼に対して後ろ向きに立っていたその馬鹿だけは気付かないようだった。
だがエルシーだけはその正体に気が付いた。
彼がエルシーの方を見ながら、意味ありげに親し気なウインクをしてくれたからだ。
その感じこそ、まさしく大好きで大好きで堪らない彼の、あの独特の笑顔なのだった。
エルシーの顔にトマトのようにパッと赤みが差した。
そして、わくわくした顔で見ている。
そこの大馬鹿者が友人であるエルシー達の大切な儀式を邪魔した事に対して、また今貶められている共通の大事な友達を助けるために、彼が何かしてくれようとしているのを理解出来たからだ。
彼は更に進み出て言ったものだ。
「なあ、そこのあんた。忘れ物だぜ」
「なんだと⁉」
だが、振り向いたシャラール公爵が目にした、男が持っていた見覚えの有り過ぎる物は。
「そ、それは!」
そして、そーっと彼は顔を下に向けて自分のかなり腹の出た体に目をやった。
なんと、下着一枚つけていない素っ裸であったのだ。
まさに『裸の公爵』そのものである。
少なくとも馬鹿以外にもちゃんと裸に見えるはずだ。
なんだか辺りの様子がおかしいのでパルマは顔を上げてみたのだが、その目の前にぶら下がっていた物に思わず悲鳴を上げた。
「きゃあああああ」
そいつは非常に効果覿面で、公爵の反応は劇的なものであった。
その場で自分の服をそいつの手からひったくり、加速装置でも内蔵しているかのような素早い動きでその会場を駆け抜けていった。
後には、いかにも溜飲を下げたと言わんばかりの爆笑と失笑が渦巻いた。
パルマは超格上の相手に対して、見事なまでに自ら報復を遂げたのであった。
本人がそれを望んだかどうかは別として。
「いやあ、いいものを見たなあ」
「ホント、ホント」
「これは収納のスキルかあ。
やるじゃないかね、君」
サイラスの大人を中心に、会場はそのような会話で持ち切りであった。
「うわあ、嫌な物を見たわー。
今日はもう散々よ~」
嘆くパルマの頭を大人達は笑って代わる代わる撫でてやり、テンガロンハットの彼も一際優しくそうしたのだった。
「ところで、あなたは一体どなた?」
「見かけない顔だね」
あんな騒動があったにも関わらず、暢気に今頃そんな事を訊くサイラスの重鎮である大人達。
「あっはっは。
相変わらず緩いね、この国は」
「御父様、本当にわからないの?」
幼い息子であるエルシーの問いに父親たる公爵は驚いた様子で再び彼を見たが、やはり首を捻っている。
だが、彼エルシーの確信を持っているような台詞に、仲間の男の子達はすぐに理解したようだった。
「ありがとー、パルマを助けてくれて」
「持つべき者は友だねえ」
それを聞いて目をパチクリして首を傾げるパルマ。
「え、あんた達、一体何を言っているの?」
「あ、本当にわかんないの、パルマ」
「女ってニブイのなあ」
「これがわからないとは情けない」
「えー、なんでええー」
だがテンガロンハットの男は笑いながらパルマの前にしゃがみ込むと、ポンっと本当の姿に戻った。
愛らしいプリティドッグの姿に。
「やれやれ、パルマ。
お間抜けだったねえ。
あんな男の稚拙な罠に嵌まるなんてさ。
こういう時はよお、もっと要領よく立ち回らないとな」
「うわー、ジョニーだあ。
あんた人間に化けられたのー!」
「ほお、これはまた。
いやはや、たいしたものだのう」
エルシーパパも感心する事至極だ。
他の公爵や国王に他国の客人なども、同じく感心する事頻りだった。
本当なら隣国との揉め事を作ったのだから、通常の国なら責めるべき出来事なのだが、そこはそれ、ここは緩さでもってなるサイラス王国なので。
他国の客人も、あの公爵に嫌な思いをさせられていたので、ニヤニヤしてこの楽しい一幕を見詰めていた。
この出来事は諸国の間で語り継がれる事になり、彼らの今夜の祝宴を飾る肴になるのであろう。
数十年の後には、このエルシー、エミルハーデ公爵御得意の『プリティドッグ談議』のネタの一つになる出来事なのであった。
「よ、よいのでしょうか。
またこの件のせいで、後から揉めたりしませんかねえ」
当事者の母親であるアルマは心配そうだったが、国王陛下は笑って取り合わない。
「何、あれが偏屈なのは隣国王家が一番よくわかっている。
今回の話を聞いて、あれを代理として寄越さざるを得なかった王太子殿もさぞかし頭が痛かろうよ。
お前達親子が心を痛める必要は何もない。
このサイラスと兄弟国たるアルバトロスの名にかけて」
そしてジョニーからもこう言われてしまった。
「そういう事さ。
俺は隣国も放浪してきたから、その辺の話もよくわかっているよ。
その上での計算し尽くした狼藉なのさ。
いや、御隣の国の王太子様は人間が凄くよく出来ていてなあ。
しかも、あの公爵にいつも振り回されているのさ。
自分が王になった暁には、あの問題児の叔父上には容赦しないだろうよ。
むしろ、この件が代替わりの引き金になるかもしれないな。
御病気で臥せっておられる国王も、外交にも関わるような揉め事ばかり引き起こすあの男に対して我慢の限界を越えているのではないかねえ」
「そんなもんですかねえ……」
憮然とした様子のアルマだったが、ジョニーを抱き上げて、そっと撫で上げた。
「ありがとう、ジョニー。
娘のために頑張ってくれて」
「なあに、どういたしまして」
そして彼ジョニーはプリティドッグの顔面スキルを発揮して、パーティ参加者達を虜にしてゆくのであった。




