144-6 悠久の刻
「母上!」
その美しい女性は、テーブルといっていいのかどうかもよくわからないようなローテーブル(というか御飯机)の前で茣蓙のような敷物の前に座って御茶をしていた。
自分の可愛らしい二歳の息子に声をかけられたので顔を上げ、そして彼の勇んだ顔を見つけたので、その面差しを柔らかく綻ばせる。
「あらあら、どうしたの。
そんなに息急き切って。
私の可愛いエル」
そして彼女も、不意に気付いたのだ。
本日は可愛らしい子供達の中に、もっと可愛らしい者が混じっている事に。
そいつは、ちょっと毛皮がふさふさしているのだが、このおおらかそうな性格の母親はあまり気にならないようだ。
「あらまあ、あなたエルの新しい御友達なのかしら。
これはまた可愛らしい子ね。
うちの子と仲良くしてやってね~」
それを聞いて思わずズっこける一同。
そして慌てて暢気者の彼女に注釈をつけるエグゼー爺だった。
「こ、公爵夫人!
その者は御友達ではなくて、伝説に聞く魔物プリティドッグにございますぞ」
「あ、あらそう。
あなた、よく見たら人間の子じゃあないわね。
まあまあ、それはまあ」
そして、うんうんと頷きながら言うパルマ。
「エルの御母様は相変わらずよねえ」
「うん。こういう人なのは知っていたんだけどね」
そして背伸びをしたエルシーはぶりぶりな格好で、きゅっと大好きな母親の首周りに掴まって甘えながら、可愛らしく御強請りをしている。
「ねえ、母上。
この子にしばらく王宮に居てもらってもいいかな」
「ええ、それは構わないわよ。
ゴブリンとかの凶悪な魔物だったら困るけれども、その子は普通にワンちゃんよね」
そこで少し警備としての立場で悩むエグゼー。
一応はプリティドッグも魔物なので本来は王宮に置いたりしてはいけないのだが、昔から伝承の中では人間に害を与えるようなものではないのだ。
むしろ人間が探し求めてやまない可愛い生き物なのだ。
居て欲しいと思っても滅多に居てくれるようなものではないのだから。
「ま、まあ、そこは犬の仲間に入るものではありますかな」
そう言いつつも、後で騎士団長には報告しておかねばならないなと思うエグゼーなのであった。
「まあ、あなた本当に可愛らしいわね。
ちょっとこちらへいらしてちょうだい」
そして可愛らしく四つ足で傍に駆け寄り、美しい貴婦人の御膝の上に抱かれて、それなりに満足そうなジョニー。
当面、このゆるゆる王国でのんびりする予定であるらしい。
エルシーが大変可愛らしかったのと、ここの人間達の事が非常に気に入ったためだ。
ここ自体は既に何回も下見をしているので、ようやく合格という事だったのだ。
「まあ、なんて素晴らしい毛並みと撫で心地なのかしらね。
それでは当分の間、この可愛らしいワンちゃんを王宮のゲストとして御迎えするといたしましょう。
アルマ、この子の御世話を御願いね」
そして彼女はジョニーを息子の前に降ろした。
可愛い物同士を並べてみたかったようだ。
「はいはい。
あれまあ、これが伝説のプリティドッグなのですか。
これはまた本当に可愛らしい事。
よかったですわね、エルシー様。
ずっと探していらしたのでしょう、その子の事を」
「うん! 本当に可愛いんだよ~」
だが、「そういうお前こそ可愛いものなのだがな」と、その手に抱き締められた肝心のプリティドッグから思われているのを彼は知らない。
そして、それから彼らの楽しい時間は引きも切らずに続いたのだった。
駆けるプリティドッグ。
それを追いかける子供達と、皆を見守るかのように彼らに帯同する老騎士。
その中でも老騎士が一番楽しそうに見えたのは、はたして気のせいだったのだろうか。
「ジョニー、ジョニー。
待ってよー」
「はっはあ、遅いぞエル」
大好きなプリティドッグと共に所狭しとばかりに王宮中を駆け回り、二度とない子供時代を謳歌するエルシーとその仲間達。
楽しい日々。
その毎日流れる時の刻印は、生涯忘れ得ぬ記憶の回廊を、その幼い脳に刻み込んでいったのであった。
そして幾年かの、超長寿種であるプリティドッグからしたら、たいした事がないような月日は過ぎていった。
この世界の習わしに従って五歳の御披露目〔ゆるゆるバージョン〕をもうすぐ行う事になった、相変わらず可愛らしいエルシー。
そこに誇らしげに立つ姿はいつもとは違い、公爵子息らしく着飾った姿で、その手の中にはプリティドッグが抱えられていた。
二歳児の時に比べて、かなり大きく育ってしまったエルシーの手の中で寛ぐプリティドッグの姿は、相対的に以前よりも小柄に見える。
その姿は下書きとして王宮画家に書き留められており、後に絵画として完成されて、今もエミルハーデ家の屋敷の壁に飾られている。
しっかりと状態保存の魔法をかけられていたので、それは永く過ぎた歳月の中で色褪せる事もないのだった。
その大切な時が、そこに描かれた絵の中の彼らのように永遠に続くと信じながら、これからも彼らエルシーとその仲間達は楽し気に暮らしていくのだ。




