143-8 朝からプリティ・プリティ
「プリティ・プリティ・プリティ・ドーっ」
うちの娘は朝から物凄いハイテンションで片手にカップケーキを持ち、子犬達に囲まれていた。
たいそう御機嫌な御様子で、『プリティドッグのテーマ』を歌っていた。
いや、ただ単に節をつけて「プリティドッグ」と叫んでいるだけなのだが、一緒にいる子犬達も楽しそうに朝からカップケーキ・パーティをしている。
犬共は、よっこらしょっとヌイグルミの熊みたいな感じに座って、可愛らしく両前足でカップケーキを挟んで美味しそうに食っている。
お前らって絶対に犬じゃないよな。
アライグマって犬の仲間だったっけかなあ。
あれも顔は狸そっくりだけど、たしか犬科の生き物じゃなかったと思うから違うかもな。
それとも熊の仲間なのか?
アライグマもまた凶悪な生き物なのだが。
おやつを要求して芸とかをしてくれる、北海道の熊牧場の羆とかを思い出すわ。
あの両の足を広げて両手で持った臍天ポーズなんか、殆ど白黒じゃないパンダみたいなもんだし。
食えない笹なんて投げたら、怒って投げ返してきそうだけど。
熊って野球をやらせたら剛速球とか投げてきそう。
爪もよくかかりそうだから変化球も投げこなしそうだ。
打者としてなら熊手一発でホームランだぜ。
ボールはすぐボロボロになりそうだがな。
もう、熊牧場のあいつらも媚び媚びだったしな。
でも普段は愛敬を振り撒いているけど、うっかりと柵の中に入るときっとヤバイ。
そういや熊牧場の熊で、複数の従業員を殺して集団脱走した連中もいたっけな。
今の俺なら、たとえそういうヤンチャな奴が混じっていたとしても簡単に躾けられるが。
もちろん当然のように可愛いミミは対価として差し出させるぜ。
奴等にも俺の魔力放射は見えるのだろうか。
魔素を必要とする魔物以外の普通の動物には見えないはずなのだが。
もし見える場合は、ビビった羆が隅っこで集まってガタガタと震えて、こちらの様子を伺ったりしているのかもしれない。
熊ってあの凶悪なボディとパワーを持っているくせに、何故か知らないが凄く臆病な生き物だからな。
臆病なのではなくて慎重なのだと言う意見もあるが、実際はどうなんだろうな。
あれだけ強大な力を持つ生物としては、本来なら有り得ない姿なのだが。
猫科の生き物と正反対の性格だ。
相場の強弱を表現するブルベアという単語において、強気な雄牛の反対で弱気を指す言葉にもなっているくらいだからな。
どれだけチキンぶりが知れ渡っているんだよ。
野生の熊って、動画サイトなんかで見るとよく猫に追われて逃げるみたいだし。
猫に威嚇されて木や電柱の上に追い上げられた奴とかを見ると笑える。
外国で熊の多い地区だと、犬よりもやっぱり番猫の方がいいのかね。
日本なんか、最近の猫は部屋飼いなので役に立たないかもしれんが。
うちのショーが、まさにそうだ。
あいつってばネズミ一匹獲れないからな。
あのマラットも遊び仲間みたいに思っていたんだろう。
オモチャのネズミは大好きなんだけど。
オーストラリアの動物園というかカンガルー園で飼われている超でかいクロコダイルとかもヤバかった。
あれも普段はまったく動かないんだけど、何かあれば多分非常に素早く動くはずだ。
見ていて、「ここにカンガルーを一匹放り込んだら凄まじい事になるだろうな」とか思っていた。
人に慣れた観光熊は襲ってこないかもしれないが、あのワニはちょっと無理ゲーだ。
凶暴な大型爬虫類に馴れ合いは通用しない。
長年飼育されて凄いサイズになっているからな。
確か六メートル、あるいは七メートル以上あった気がする。
あのサイズはもう確実にランドドラゴン。
マジで怪獣だった。
異世界であれが町中に出現したら、冒険者ギルドに討伐依頼が出されるはず。
とりあえず、あれが襲ってきたらエアカッターあたりの魔法が有効だと思う。
あるいはアースランスとか。
普通の人間があれと格闘するのは、あまり御勧めではない。
あの革の分厚そうな奴って、象撃ちライフルで倒せるのかなあ。
魔法の方が確実だとは思うが、俺ならパンチ一発というのも楽しいもんだ。
うちのゴーレムなら、子供がトカゲを振り回すみたいに尻尾を持って振り回して遊ぶだろう。
地球のワニだと野生の奴でも必ず保護されているだろうから、そんな真似をしてワニの保護管理官に見つかったら怒られちまうがね。
最近は連中もドローンを使って密猟者などを監視していそうだし、そんな狼藉をしたらすぐにバレそうだ。
そして、それらの地球産の凶悪な生き物達よりも、ある意味でヤバいとされる生き物が、このプリティドッグ達なのだ。
またそれが例えようもないほど可愛い生き物でもあるのが悩ましいところだ。
少なくとも、こいつらと付き合っていて退屈する事だけは絶対にないだろう。
俺は、成長して以前にも増して走り回るケモチビ軍団を朝の儀礼として捕獲しつつ、うちの子に支度を整えさせた。
まずは膝までのスパッツと、上は幼児用の可愛らしいフリル付きのシャツ。
その上から可愛い子供用のラフなドレスだ。
すぐに走り回ってしまうだろう事が始めからわかっているので、最初からその用意はしておくのだが、正式な施設としての訪問なので一応上辺だけは取り繕っておこうという訳だ。
御着替えも持っていくのだしな。
まあ、単なる幼児の親としての嗜みよ。
少なくとも王侯貴族のそれとは絶対に違うものだわね。
「ねえ、御弁当は?」
御弁当という漢字だけはちゃんと書けるようになった、うちの娘。
他にも食い物関係の漢字はそこそこいけるらしい。
うちの娘も、もう今度の八月で五歳になる。
今年は節目の年なので、特別に『公爵家令嬢』として御祝いをするのだ。
この大陸の王族貴族は、五歳・十歳・十五歳の節目の時に正式な誕生祝いをする。
一種の七五三のような物だが、その意味合いは大きく違ってくる。
五歳は御披露目、十歳は特に跡継ぎなどは特別だし、女の子は婚約者募集の意味合いもある。
そして十五歳は成人の祝いとなる。
貴族家の女の子は、その前にもう嫁に行く場合があるし、ここで婚約者がいるのが普通だ。
ベル君の実家のような貧乏な貴族家では、さほど見栄は張らない。
というか、単に金銭的理由で見栄なんて張れない。
ただベル君や妹、それと血が繋がっていなくても御爺さんから気に入られている御姉さんは、可愛がってくれる実の御爺さんがやりたがったので向こうの平民の家で全部やったそうだが。
もちろん、あの馬鹿兄共は御爺さんから嫌われているのでやっていない。
ベル君はその期待には十分に応えた。
もちろん、この俺の期待にも。
俺の人生において、最も鍛え甲斐があった男だ。
「今日の御弁当は、遠足オニギリとおかずかな」
「やったあ~」
もちろん、レミの大好きな俵オニギリだ。
こいつは葵ちゃんが作ってくれた。
『他の子』の分もあるらしいので。
あいつら、一緒に来る気満々なんだな。
瑠衣が妙にそわそわしていて、チラチラとこっちを見ているので、もうモロバレだわ。
今日も他のメンバーを呼ぶ気満々なんだろう。
もう仕方がないので、引率として葵ちゃんも連れていく事にした。
なんというか、子供会の役員というか。
そこまでは「可愛い物」で通るから、それで強引に押し通す。
というか葵ちゃんを連れていかないと、子供だけで勝手についてきちゃってやりたい放題するのに決まっている。
今日は、俺もあいつらに構っている余裕はないのだ。
そっちの面倒は御母さんに任せた。
レオンの奴も、将来を見越して葵ちゃんの前では猫を被る傾向がある。
もちろん、そのようなものはあっさりと葵ちゃんに見抜かれているのであるが。
葵ちゃんも微笑ましくてしょうがないらしい。
このスーパーベビーのカップルが一緒になるのに、特に障害はない。
山本夫妻はこの国では高位の貴族相応として扱われ、それにも関わらず、敢えて彼らのために格式張らないよう爵位は与えられていないという特別待遇なのだ。
なんていうか、いわば『無銘貴族』とでもいうのだろうか。
有り得んよな、普通なら。
そしてプリティドッグ達の分の御弁当(オニギリ弁当)も用意されている。
こいつら、犬の癖に塩分とかは全然平気なんだよな。
肉は食わないけれども。
相変わらず変な連中だ。
やっぱり本当は犬じゃないのだろう。
俺の分は相変わらずの、愛用のオニギリ入れにいっぱい詰めてもらった愛妻オニギリ弁当だ。
もちろんシルもレミの世話があるので一緒だ。
あとは。
「アル御兄ちゃん」
エンデとエリスの二人のエルシュタインを連れてきてくれたエミリオ。
当然彼もいっしょに行くのだ。
「おお、みんな揃ったか。
じゃあ行くかな」
基本的に可愛いもので統一した面子だ(引率の俺本人は除く)。
中に五十代が二名混じっているがな。
もちろん、この俺本人こそがその長老なのだが。
だが今日は、訪問先の相手の方がこっちの何倍も歳を食っていそうだからいいのさ。




