143-4 犬王妃の友
「やあ、グランバースト公爵様。
御久しぶりでございます」
事前視察に同行する、その王妃シャルロットの護衛を務めていた人物は、そう言って俺に挨拶をしてくれた。
「御久しぶりです。
エーデルワイス伯爵夫人」
「ほっほっほ。
エンデでようございますよ。
グランバースト公爵、今日はよしなに」
この人物は、そもそも王族の護衛をする立場にはなかったはずなのだ。
あのおばはんと同じ歳のはずなのだが、この方も結構若作りな感じだ。
一見すると三十五歳くらいにしか見えない。
親方のところの女将さんといい勝負だな。
濃い目の髪や瞳の色が特徴の、色白で、まるで人形のような感じの美しい顔立ちだ。
そういえば、あのエミリオ付きのエリス嬢もそのような雰囲気があるのだ。
そのあたりは、さすが同じ力を持つ一族の者という事なのか。
『王国の盾エルシュタイン』
王国の剣オルストンと並んで絶対防御の盾スキルを誇る名家として知られているが、彼女は分家である男爵家の人間で女性だ。
エルシュタイン本家にとっては、一種の『スキル宮家』のようなもので、国王の護衛などは本家の跡取りなどが担当するはずだ。
この分家の一族が王の護衛をするわけではないのだが、いざという時には代わりを務めねばならないため、能力は本家並みにキープしないといけない。
男子は結婚相手も、能力を継承出来る子供が産めそうな人を慎重に選ぶのだ。
そして女子は『値打ちが高い』ため、大体が玉の輿に乗れるという一面もある。
比較的能力が高めなエンデ嬢も、見事に男爵家から伯爵家へと嫁げた。
女に生まれた方が得という、貴族にしては珍しい家風だ。
そのため美しく自由奔放な性格の女性が多い家なのだ。
なんとなく、あのおばはんと気が合う理由がわかるな。
男子が生まれずに、やむなく女性が王の護衛を担当する時代もあったらしいが、女性の場合も本来であれば本家である子爵家の者が担当するのだ。
エリスさんの場合も、エミリオが政治的に厄介な事になっていた事もあり、縁のあった彼女がつく事になったのだ。
その御蔭で、あのアドロス・ダンジョンで俺と出会った時にエミリオやルーバ爺さんも命拾いをしたのだが。
爺さんも若い頃は頑張ったのだが、いかんせん引退してから日が経ち過ぎた。
あの爺さんはどちらかというと腕っぷしよりも、その精神が騎士の規範として評価されていた。
この女性も、あのおばはんが犬を求めて国を出奔したため、アルバトロス王国が自国にやってきたシャルロットという兄弟国の公爵家令嬢に何事も無きようにと特別配慮で付けられたものだ。
あのおばはんは昔からやりたい放題だったようで、このエンデさんに相当御世話をかけたものらしい。
昔のプリティドッグを探す冒険にも付き合っていた(付き合わされていたともいう)人で、どうやらプリティドッグとも浅からぬ因縁があったようだ。
エルシュタインの人間は王国の守りの要であるため、上級冒険者資格など取らないのが普通だそうだが、何故かこの人はAランク冒険者となってしまっている。
あのおばはんも、何故かその話はしたがらない。
胡乱だ。
この機に話を聞きだしておくとするか。
いや、俺にだって多少の御楽しみは欲しいじゃないか。
『犬の国』行きっていうだけでも、わくわくするんだがな。
あの国へ行くと、御茶代わりにミルクが出てきそうな気がするが。
シュテルン公爵夫妻はいつもそうだし。
彼らには、うちでもミルクしか出さないぜ。
犬用高級品で、犬に対しては金に糸目をつけないハンボルト家御用達の特別な品のみをな。
そいつは、うちにいる犬達のために毎日地球から直送されてきている物なのだし、シュテルン公爵のところへもゴーレムが毎朝牛乳配達に行っている。
本日、エミリオ達は置いてきた。
ちょっと勝手がわからんところだしな。
また今度、本番の時に連れてくるとしよう。
「それでは参りますか」
「御願いします」
初めてではないかと思われる転移魔法にも一切動じないAランク冒険者の伯爵夫人を連れて、俺はケモミミハイムへと向かった。
「メルス大陸は初めて来ましたわ。
王妃様とはロス大陸の西方面を旅しておりましたので」
「へえ、そいつは是非にでも、そのお話をお聞きしたいものですなあ」
だがシュテルン公爵が人化してやってきたので、ここではそれは叶わなかった。
さすがのプリティドッグも公務中は人間スタイルだ。
自分達の国ではどうだか知らんのだが。
「やあ、グランバースト公爵様。
おや、そちらの美しい女性は?」
そう言ってシュテルン公爵は、エンデ嬢の方を若干訝しげに見た。
「ああ、こちらは、あの犬王妃様の護衛をなさっていたエーデルワイス伯爵夫人ですね。
いや、むしろ相方というか、御世話係?」
「ああ、なるほど。
あの犬王妃様の関係者でしたか。
どうりで一見して腕が立ちそうだと思ったわけだ」
「グランバースト公爵、初めて御会いする他国の王族の方に向かって、そういう紹介の仕方もどうかと思うのですが。
というか、あのスカポンタンめ、他国でもそのように言われているのですね」
「「スカポンタン……」」
まあ、あのおばはんが若い頃に何をやらかしていたのか知らんが、一言で見事に言い表したものだな。
「ああいえ、忘れてください。
つい昔の呼び方が甦って、おほほほほ」
「まあまあ、サイラスに大元の犬公爵がいて、同じようにうちの国にも犬公爵がいるんですから。
あれで彼も馬鹿にならん人材ですからね」
もちろん、それはあの犬狂いの南の公爵の事だ。
あんな人間だと最初から知っていたら、あれほど警戒しなかったのによ。
「まあそれはそうなのですがね。
はあ、マクファーソン様ですか。
だからこそ彼も、分家であるサイラス王国はサイラスの公爵家三男の身の上で、本家であるアルバトロス王国公爵へ婿入りできたのですからねえ。
しかし……」
「ああいえ。
言い辛い事でしたら、いいですよ」
だが、俺は知っている。
俺のスパイであるミニョンが王妃様から聞き出してきたのだ。
あの南の公爵め、あのロッテ様の王太子妃時代には、それはもう苦労させられたものらしい。
公爵にもなって、自分より立場が上になった幼馴染の尻拭いをさせられるってマジで辛いよなあ。




