第142章 遅すぎた春 142-1 花見の季節??
「さあ、いよいよ花見だね。
今年は新しい赤ん坊も一人いる事だし」
「楽しみねー」
奥さんも、自分のルーツとなる世界での一大イベントは結構楽しみにしているようだ。
まあ、あいつメリドも親と一緒にいるのなら、それなりに大人しくしているだろう。
なんとなく外面はいいというか、親の前ではいい子にしているタイプのような気がする。
少々の狼藉は多めに見てくれる親だが、あの侍女頭が本当に大変そうだ。
御願いだから、魔素のない地球で行方不明になるのだけは止めてね。
俺の探索系スキルが封印されるので探すのが一苦労だから。
あのポロを探した時も大変だったぜ。
赤ん坊なんか絶対に大人しくしていないがな。
特にあの子は。
最近、赤ん坊で苦労しなかった記憶があまりない。
あと、魔素の無い世界を魔道鎧の力で飛んでいて魔力切れで墜落するというのも是非止めてほしい。
赤ん坊だから、そういう話がわかっていないだろうな。
転移魔法抜きの魔力バッテリー付きの腕輪をやっておかないと駄目だろうか。
でもそれだと悪戯もパワーアップしちゃいそうだな。
瑠衣に腕輪を渡しておけば、『外の人』が管理してくれるかな。
ドライアド達も張り切っている。
一年のうちで、彼らにとって一番最高の見せ場なんだからな。
元々このためだけに、連中にうちへ来てもらったのだ。
今ではもうすっかり公爵家の『御庭番』だけどな。
小学校の校庭は街の人達に全面開放してあるのだ。
むろん、御花見系屋台なども満開なのだった。
そして俺達は今年も日本の花見に行く予定だ。
あちこちに声をかけ、親方達を引き連れて向かった先、日本での俺の地元にある城址公園。
だが!
「こ、こいつは~!」
「なんと」
さすがの親方も絶句した。
そこには。
『何も無かった』
去年も来た河川敷の御花見場には、いかにもつい最近まで屋台街がありましたよという、片付けたばかりに見える御花見屋台の跡地だけがあったのだ。
まるで建物を建て壊した跡が残っているという風情で、まだ一部残っていたブルーシートの青さが眩しいぜ。
思い出した。
こういう事は昔もあったなあ。
「今年は中々公園の花見に来れなかったけど、最後の御花見に滑り込みだ~」と意気込んできたら、何もかもが撤収して無くなっていて、呆然として立ち竦んだ虚しい記憶が思い起こされた。
今年は冬が温かくて、桜の開花も早そうだなと思っていたのを完全に失念していた。
手のかかる赤ん坊もいたしねー。
あの時の虚しさを、見事なまでに家族や仲間と共有してしまった。
俺の足元には、俺のズボンの端を掴みながら同じく呆然としているレミがいた。
うおおー。
こ、これはいかん。
そのうちに泣き出しそうな勢いだぜ。
「おいちゃん、屋台は?
あたしの『飲み物』は?
これは何の冗談なの。
あ、わかったよ。
今日は四月一日だから、これが噂のエイプリルフールっていう奴なんだね。
きっと、そうなんだよね!」
う、四月の馬鹿には違いないが、どっちかっていうと馬鹿というよりも単なるお間抜け?
そして少し泣き叫んでいるファルがいた。
こいつめ、また屋台を飲み尽くすつもりだったのか。
だがプルプルと震えている賢い神聖エリオン様には、もはや全ての事情が理解出来ているようで完全に涙目だ。
あー、うっかりと失念していたぜ。
よほどいい年でないと、うちの街は大概、三月いっぱいで満開の桜は概ね終了しちゃうんだよね。
常日頃異世界に居ずっぱりだと、そういう事なんか、どうしても失念してしまっていてなあ。
なんてこった!
それでも四月に入ってからも、しばらくの間は七分咲き五分咲きくらいの葉桜見物をやっているのが普通なんだが。
まいったな、こりゃ。
「どうしましょう、あなた。
今から続々と向こうの世界から御客さんがやって来ちゃうんですけど!」
「うむ、しかし勝手に集団花見をやってしまうのは憚られる。
ここは公共の場所なんだ」
これで異世界のうちの管轄ならば、強引にやってやれない事はないのさ。
御得意の必殺王様直訴という手もある。
しかし、この河原も日本の自治体で管理している公共の場所なのだしな。
だがシルの悲痛な声を聞いた大魔王シェルミナ様が非常に深刻な顔をしていた。
あ、ヤバい!
あの顔だけはなんとかしないと、この俺が大ピンチだぜ。
俺は急いでスマホを取り出して、あの人のところに電話をかけた。
王様じゃない直訴なのだが、あの方なら絶対になんとかしてくれるはず。
「あー、もしもしー。
総理? 私です。
アスベータの井上です。
どうも。
すみません、今少しだけ御時間いただいていいですか?
ちょっとですね、非常に緊急な御願いがあるんですけど、実は……」
俺は事情を話して日本の総理大臣に泣きついた。
「はっはっは。
そうですか。
いや御安い御用ですよ。
今すぐ電話で市長に頼んでおきましょう。
会場は何も行事をやっていなくて、場所は空いているのですよね。
もう今から使っていただいても結構ですから」
そう。
実を言うと、この街の市長は今の総理の元秘書で、総理が自ら選挙応援にやってくるくらい関係が深い子分みたいな人なので、総理を通して強引に河原の緊急使用許可をもらおうという魂胆だったのだ。
総理にはいろいろと貸しもある事だし、彼が現役総理のうちに、そろそろ一つ返してもらっておくとするか。
この河原も普段は特に使っていない只の河川敷なので、いきなりうちで使ってしまっても特に何も問題はない。
一般市民の人もちゃんと入れるようにしておけば、そう問題はないはず。
あくまで使用許可をもらっただけで占有許可ではないのだから。
まだ春の桜祭りは終わっていないのだ。
予備期間を含んで大体十五日くらいまでが市役所の設定している春の桜祭りの期間かな。
ここの桜祭り用会場の予備期間が何日まで設定されているかはよくわからないのだが、さすがに四月一日に別の予定が入っている事はない。
いや助かったぜ。
たまにここでイベントとかをやっている事があるからなあ。
しかし、この桜の時期は基本的にそういう物は予定されていないのだ。
桜の散り際はなかなか読みにくいから、桜祭り花見会場も予備期間を設けてある。
通常は春の桜祭りに催される恒例の侍行列が一週間くらい後にやられるので、ここがその到着地点になっていて市役所による準備が要るため、そこまでは何も予定は入っていないはずだ。
桜や屋台は完全に終了していたが。
市役所にしても、あれこれとイベントを纏めてある一年で一番大きな催しなのだ。
そうそう祭りやイベントばかりをやってはおれないので、使用しない空白の期間がある。
ファルは、去年復活した老桜のところへ駆け寄って一生懸命にすりすりしていたが、そいつもプルプルと枝を振るわせているだけだった。
俺は急いでアドロスの各所と異世界ゲートを繋ぎ、魔力を乗せた放送で呼びかけた。
「手の空いたドライアド、こっちの世界に集合ねー。
ああ、でもドライアド全員で来ちゃあ駄目だぜ。
そっちの花見の方も頼んだぞ」
あっという間にピンク頭が一斉に押しかけてきて、フローラがさっそく文句を垂れた。
「何やってんのよ、魔王」
「う、うるさいな。
しょうがないだろ。
見ろ、この悲惨な惨状を」
「あっはっは。
これは見事な塵っぷり、いや散りっぷりだわねー。
それで、どうする~。
こっちの桜に咲いてもらう?
それとも、あたしらが咲く?」
「せっかくなんだ、両方で頼む。
今年は人がいなくて場所が広いからな。
一般市民も入れるようになっているから驚かさないようにな。
そんな真似をしたら、来年からここで花見が出来なくなってしまう」
「了解!」
そして連中は、あちこちの桜に取りついて咲かせている者、自らが桜に変わる者に別れた。
瞬く間に城址公園が、いつもとは趣が違った、なんというか『サクラ・パーク』とでもいうような物へとゴージャスに変貌した。
「うわあ。
こいつは物凄い数だな、おい」
「いいでしょう~」
貧相な胸を張るフローラ。
ドライアド達も、いつの間に、ここまで数を増やしたものやら!
まあ、こいつらの場合は、元々その辺の草木一本一本にまで宿っている精霊なのだが。
魔力や祝福の景気がいい時なんかは、勝手に増殖したりもするしね。
今年は凄く暖かかったので桜の足が早いかと思って、こんな話にしてみたのですが、日本の桜の精さん達も頑張っていたようです。




