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俺の逡巡  作者: GALA
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(9)

「うっわ、臭っさ! その臭い、アレだな」

 ドアを開けた途端、尚登が鼻を塞いだ。やっぱり、気のせいじゃないんだ。特に類香さんと組んでいた腕側がひどい。

「それ、あいつらの使う催淫剤みたいなもんだ。今のお前には効かないから、今頃不思議がってるぞ……ほら、腕だけでもこの水で洗え」

 ペットボトルに入った水を渡された。ただの塩水らしいが、不思議と臭いが取れた。


 今日類香さんと話した事を詳細に尚登に伝えた。いくつか聞き漏らしというか突っ込み不足はあったらしいが、概ね良し、ということだった。

「妹の話は出てこなかったか?」

「妹……? いや、何も。妹、いるんだ」

「ん、ああ」


 尚登は歯切れ悪く答えため息をついたが、すぐに表情を変えた。

「それにしても、よく耐えたな。その気にならなかったのか」

「やめろよ、もう怖えぇよ。蛇に飲み込まれそうな勢いなんだから」

「お、勘いいね。あいつは蛇神だからな。ちなみにオレは孔雀だけどな」

「なんだよ、豪華だな。孔雀の神様なんて聞いたことねえな」

「そうか? ちょっとカッコいいだろ、オレみたいに美しいと普通の動物じゃあ釣り合わねえんだわ」

「……あー、うん、そ、そうだね」

「棒読みか!」


 ちょっと類香さんの毒気に押され精神的に張り詰めていたが、尚登と笑って話して緊張がほぐれた。確かに男の俺から見てもかっこいいと思うのだが、何故か女子と一緒にいるのを見たことがない。

「唐突だけどさ、お前彼女とかいないの」

「何だよ、ホントに唐突だな……心に決めた人がおるから」

「あー、地元とかに? お前も継ぐんだよなあ、その本家みたいなの」

「さあ、どうかな。今回の件がうまくいけば……でも、うまくいくってことは……」

「ん? あ、そうだよな、うまくくってのはどういう状態になることをいうわけ」

「安藤家取り潰し」

「えっ……そりゃまた……大仰な」


「最初、お前に聞いたときもう一人『風見かざみ』って名前出ただろ? あれは安藤 類香の従妹で、今この大学の2年にいる。風見家は安藤家に遣えながらも本家との橋渡し的なことをしてきたんだけどな、あの風見 李絵菜りえなが風見家の跡継ぎになるって決まってから本家との関係を絶ってきたんだ。それから不穏な動きが始まって、今どんどん信者を増やしていってる……金も汚いやり方で巻き上げてるらしい」

「その……安藤家の目的ってなんなの」

「本家乗っ取り。本家の信者数と資金を超えたうえで協議して……まあ、バトル的な事してさ、向こうが勝てば乗っ取られてしまう。それには、類香の姉の京香きょうか自身が力がないと駄目なんだけど京香はまるで力がない。だから、強い霊を集めて取り込もうとしてる、ってわけだ」

「そんなことで続くわけ」

「続かない。だから、類香は自分が影になって京香を操るつもりなんだ。そんな事を本家として認めるわけにはいかないからな。でもホント、そろそろマジで信者数と資金はヤバい、抜かれそうなんだ」

「100人位、って言ってたのに。お前んとこそんな少ないの?」

「いや、100人なわけない。あいつらは『こう』を使って信者を囲ってる……麻薬みたいに常習性っていうか中毒性がある。多分今、1500人位はいるはずだ」

「麻薬? さっきの催淫剤みたいな?」

「何種類かある……皆それが欲しいが為に離れられない、離れようとする信者は催眠状態にして軟禁するらしい」

「ちょっ、それ犯罪なんじゃ」

「成分としてはそんなに強くないんだ。ただ、香りそのものが強くてクラクラする、わかるだろ? それよりも風見の母親が使う催眠術がヤバい、軟禁じゃなくて自発的にそこにいるんだと思い込ませるのなんて簡単なんだ。もちろん、風見自身もそれを受け継いでいるから気を付けろよ。あとまあ、類香達の母親はそこそこ霊能者だからなあ」


「なんで、俺そんなのに巻き込まれちゃってるわけ……」

 なんだか一筋縄ではいかないような、非現実的なような、それでいて結構ヤバい話について行けない。

「お前の彼女、目立つからな……なんであんな陽気な服なんだよ」

「や、本人が好きだった服」

「かわいいし」

「くっ……そうなんだよなあ、かわいくて……、だから今まで離せなかった……俺のせいっていうか自業自得」

「ハッ、ご馳走様」

「でももう……今度お盆に納骨するしちゃんと成仏させないとな」

「有り体だけどさ、彼女何か心残りあるんじゃねえの」

「ああ、俺もそれは思う。でも、なんか怖くて聞けないんだよな……」


 帰り道、那奈にとって何が心残りなんだろうと考える。眠ってる間に逝ってしまって誰にもお別れを言えなかった、とか? それとも俺の事か?


 うるさいくらいの虫の鳴き声を聴きながら、ああ、もう来年の夏は那奈はいないのか、と思ったら泣けてきた。既にアパートは目の前だ、こんな顔那奈には見せられない。立ち止まって腕で涙を拭う俺を、犬の散歩をしていたおばさんが二度見しながら通り過ぎて行った。


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