(8)
カフェでアイスコーヒーを頼む。類香さんはアイスティーだ。
「ねぇ、学校の中はともかく……外では丁寧語やめてね。類香、って呼んでくれる? 好きな人には呼び捨てにされたいの」
「えっ……む、無理ですよ。年上の人にそんな。類香さん、じゃだめですか」
「ねぇ、ここ学校じゃないの。普通にしゃべってくれない?」
「あ、はい、じゃない、うん。じゃあ、……そうするよ」
逆にめんどくせーな、とは思う。だって8歳も年上なんだぜ? 本当に好きで、恋人になっていたならまた事情は違ったんだけどな……でも1週間の我慢だ。
「類香さん、どこ出身なの」
「岡山よ。結構山奥でね、嫌になっちゃうくらい田舎よ、なーんにもないの」
「ご実家も祈祷師みたいなのしてるって言ってま……言ってたよね。有名なの?」
「んー、あんまり一般の人にはしないから有名ではないかもね。一見さんお断り、みたいな」
「信者さんみたいなのがいる、ってこと? 多いの?」
「そうねえ……今は100人くらいじゃない? 姉が主にやってるわ」
「お姉さん……そういう力、強いの?」
「あー、だめね、あの人は。私の方が断然強いんだけど、長女が継ぐ決まりだし。それに私もう処女じゃないから継げないの」
「しょ……やっぱり、巫女さんみたいな感じなのか……え、それじゃあ次の代はどうするの」
「……なあに、興味深々ね。面白い? そうよねえ、普通の人は触れない世界だものね。次はね、御神託で相手を決めるのよ。わかりやすく言うと姉に神様が降りてきて指名するんだけど……あの人、そんな力ないから結局は神様に言われたことにして自分の好きな人にしちゃうと思う」
どうも、お姉さんに不満があるようだ。眉間に皺、寄っちゃってますよ。
「陽一君、こういうことに興味あるの?」
「あっ、いや、友達の友達が岡山でさ、なんか悩んでるみたいだったから紹介してもらおうかな、って……」
これも尚登が考えた口上だ。
「申し訳ないけど、悩みの内容によるわね。うちは霊障専門だから……それよりあなたよ。あれから彼女、どうしてる?」
尚登は類香さんが聞いてくることはわかっているようだった。これも、答えがある。
「それが……全く姿を見なくなって。もう成仏しちゃったのかな」
「えっ、消えたの!?」
なるほど、焦らせる戦法か。一瞬だが眉間に皺をよせ、今にも舌打ちしそうな表情をしたのを見逃さなかった。ハッとして誤魔化すようにストローに口をつける。
「消えちゃ、まずいのかな? よくわからないけど」
「あっ、そう、ねえ、……全く? 気配もないの?」
「うーん……何となく気配は感じるんだけど」
「でもねえ、ほら、成仏させてあげないと、ね。良かったじゃない。そうだ、私が見ればわかるかも。今度お邪魔していい? 明日とかどう?」
ほらきた。尚登の予想通りだ。
「明日はちょっと……そうだな、今度土曜日、うちに来ますか?」
「えっ、いいの? じゃあ、お邪魔しちゃおっかな」
小首をかしげ上目遣いに見ながら笑顔を作る類香さん……こんなにうまく引っかかってくれるとは思ってなかった。那奈がまだいるかどうか確かめ、そしていれば捕らえる気なんだろう。
尚登の指示にはなかったが、つい聞いてしまった。
「それにしても類香さん、俺のどこがよかったの。いつから?」
「えっ……そうね、前から、好みのタイプだなあって」
予想以上にガッカリな答えだな、誰でも言えるじゃないか。はなから俺の事など見てはいなかったんだから当然か。
「い、一年前、くらいかな?」
「……その頃から、那奈、見えてました?」
「えっ、ええもちろん」
「俺の事いいなあ、って思ってくれた時点でそういう、その、霊がついてるってわかってたなら早く言ってくれればよかったのに」
「あ、ああ、そうよね、こう見えて意外とシャイなのよ。なかなか声を掛けるきっかけが、ね」
シャイな女がいきなり押し倒すか? 最近になって那奈のような強い霊体が必要になったってことなのか。何を企んでいるんだろう。まあでもこれ以上踏み込んで警戒されても困る。
「そう、それならいいんです。色んな男にあんなことしてるんじゃなければ」
「やだ、するわけないじゃない。陽一君だからよ」
そう言いながらテーブルの下で俺の脛をツッ、と足で撫で上げ、その服装に似合わない妖艶な目で見つめる。
こんな美女がさ……所詮、俺なんかに興味持つわけなかったんだ。ほんと、俺ってガキ。バカ。
「えっ、もう帰っちゃうの」
尚登からの呼び出しを、店長からのメッセージで早く来てくれと言われた、と告げると不満そうな表情というよりも「ヤバい」というような焦った顔をした。
「すみません、行かないとペナルティが」
「今日、何時までなの? 終わってからうちに来れない?」
おいおい、そんなに致したいのかよ。色っぽい流し目で誘われましても。余程あの印のパワーが欲しいらしい。俺、じゃないんだろ、あの印の刻まれた「アレ」が欲しいんだろ。
「深夜枠までなんで。じゃあ、土曜日待ってますから」
作った笑顔で伝票を取り、会計をして店を出た。
なんか……疲れる……あの、類香さんの香水が鼻の粘膜から離れてくれない。




