(5)
尚登がじっと見ている前で俺は一枚一枚、戸惑いながらも脱いだ。何だコレ、こっぱずかしいぞ。思わず背中を向ける。
「こ、これでいい……?」
俺はてっきり、何か着物的なものを着せられるのかと思っていたが、尚登はそんな気配も見せない。
「洗ってきたんだよな。よし、そこに寝ろ」
「あ、あのさ、せめてその……下着的なものとか」
「ない。さっさと寝ろ」
おずおずとその布団に横になると、尚登は俺の横に、木の棒に白いふさふさのついたものを持って座った。
「何、この生贄感」
「あ、今から私語禁止で。何があってもいいって言うまで絶対に声出すなよ。いいか、何があっても、だ」
「ちょ、ちょっと待てよ、お前が信用できるかどうか、って話はどうなった」
「ああ、後で」
「後で、じゃねえよ! この状態どう考えてもおかしいだろ!」
尚登が小さくため息をついた。
「お前の身体に、何か仕掛けられた可能性がある。話はそれを解除してからだ」
「何か!? 何かって、どこに!?」
「んっ……と、とにかく、その……何があっても騒ぐな、じっと寝とけよ。これからは神事だ、オレがお前に何をしても絶対に暴れたり声を出したりするなよ。ああ、そうだな、手を頭の後ろで組め……そう、それでいい。じゃあ、始めるからな」
「あああもうっ、何が何だかわけわからん! さっさと終わらせてくれ、一応これでも恥ずかしいんだ!」
「よし。じゃあ、これを噛んでおけ。終わるまで落とすんじゃねーぞ」
白い紙を折りたたんだものを無理矢理噛まされた。
尚登はひとつ深呼吸をし、ふさふさのついた棒――大麻と言うそうだがそれを何度か振ると、ブツブツと何か言いはじめ……すると、どこからか小さな鈴の音が聞こえ始めた。シャアァン、とそれが大きく鳴ったかと思うと、急に尚登の顔つきが変わった。元々少し長髪で中性的な外見ではあったが、益々女性のように見える……な、なんだろう、神々しいっていうか。
お神酒なのだろうか、いきなり身体に酒をふりかけられた。ひぃっ、揮発でひんやりするっ、でも声を上げられない。次に、大麻が顔の上に来たかと思うと……そのフサフサでツーッと身体をなぞられた。や、あのっ、「アレ」にもあたってんですけどっ!? いいんですか、そんな神聖なものでっ。
それを何度か繰り返すと、俺の胸の上に何やら白い布を掛け、筆ペンを袂から取り出すとその布に何か護符のような物を書いた。へえ、こんなの初めて見るな、と思っていたら……
えっ。俺は、自分の下半身に違和感を覚えた。ええええええ? 俺……勃ってないか……? ちょ、ちょっと待って、何でこの状況でえっ! お、俺はそういう趣味はないぞ! どノーマルだってば!
しかし尚登は何食わぬ顔をして、俺の膝の上あたりに跨り座った。ちょーっともうっ、勘弁してくれよ! 何なのコレ!
ふ、フルボッ……痛てぇ、痛てえよぉ! ジリジリするっ!!
つま先までビーンと突っ張ってジリジリに耐える。良く見えないが、ソコがなにやらじんわりとあったかくなった。な、何だろう、気持ちいい……ふわっと浮かび上がるような感覚、身体が弛緩する。触られているわけではないのに、脳がしびれたようになって意識が遠のきかけた、その時。
尚登の手がソレを手で握りしめた。ふぁあああああああっ!! な、なにす、ちょ、ひぃっ!!
思わず声が出そうになるのを必死に抑える。尚登は片手で握ったまま、もう片方の手の指で穂先から根元に向かってツーッとなぞった。はぁん! ぜ、全身が震える……え、俺もしかしてヤバいの? このままこいつに食われるとかないだろうな! 貞操の危機なのか!? これ、神事だろ? 始める前に「何があっても」と強調していた理由がわかった。
パニック、なんて生易しいもんじゃない、気を失いそうだ。は、早く終わってくれえっ! 何が悲しゅうてヤローに大事なもん握られなあかんのじゃ!!
尚登の声が段々大きくなってくるのと同時に、裏の根元にチクッと何かの刺激が走った。痛てええええっ! 叫びたいのを必死に我慢するがそれが何度も繰り返される。跳ね上がる脚が、跨っている尚登を上下させる。もう、もう泣いていい……?
ようやく手が離れ、尚登が立ち上がり祭壇に向かって、オオーッとサイレンみたいな高い声を……驚くほど長く、その声は続いた。俺はやっと解放された安堵でぼんやりとその様子を眺める。尚登がろうそくに手をかざすと、ボワッと急に炎が大きくなり何かまたブツブツと唱えるとヒュウッと消えた。そして、それを合図に俺のモノも元の大きさに戻った。射精しなかった時の異物感というか不快感はなく、むしろスッキリ爽快な感覚だった。
祭壇に向かって深々とお辞儀をし、大麻を何度か降って顔を上げると、尚登の顔は元の顔に戻っていた。何だったんだ、あの女性っぽい顔は……いや、そんなだから反応したのか? いや、違う、あれは俺の意思とは関係ない。勝手に勃ったんだ……いくら俺が禁欲生活だからって、全裸だったからって、朝でもない、なんの妄想も刺激もナシに勃つわけないんだ。
「もういいぞ」
頭からプシューッと湯気が出そうだった。
「ど、どういう……何なんだ一体……」
起き上がりながら、安心したのかちょっとだけ涙が出てきた。
「ああ、わりぃ、もう服着てくれ。オレもそんなもん触りたくてやってんじゃねえけど……ごめん、ちょっと手ぇ洗って着替えて来る」
尚登が随分長いこと手を洗い普通の服に着替えると、部屋に張り巡らされた白い布をはがすのを手伝わされた。コーヒーを淹れてくれ、ようやく落ち着くことができた。
「事情を説明してもらおうか」
「その前に、これ」
目の前に置かれたのは、なにやら赤く小さい文字が滲んだ白い紙だった。
「これが、お前の……その、アレ、に刻まれていた。安藤がやったんだろう」
「なっ……なにこれ」
「あいつら一族の印だ。これを刻まれて成分が浸透するに従って、いいように操られるようになる。早く気付いて良かったよ」
「もう、大丈夫なの」
「ああ、これ浸透してたら……吸い取らないといけないところだった。紙に移ってくれて助かった」
「吸い……」
想像しただけでおぞましい。思わずブルッと震えた。
「ち、ちなみに操られてたらどうなってたわけ」
「まあ、お前の場合はまずは彼女をお前から引きはがす為……それがあるから彼女が弱体化したり、お互いの姿を見失ったりしたんだ。そして、お前が安藤に骨抜きにされる、言う事を聞かせる。あと、これははっきりした事は不明だけどその印を刻んだ男と交わることでパワー増強、とかあるらしいな」
「なんかわかったようなわからんような……」
「そもそもうちらの一族は性器をご神体とする一族なんだよ。もちろん、あっちの一派もな。だからなんというか、こういう形の神事をすることもあって……悪かったな」
「そんなことなら初めから言ってくれればよかったのに」
「まあ、先入観は良くないかなって。それでもし勃たなかったら印を取れなかった」
「いやいやいや……まあいいけど。で、那奈はどうなる」
「ああ、ここには入れないから来てないけど、多分帰る途中か帰ったら元の通り出て来ると思う」
「良かった……」
あのまま消えてたりあっちの人達に悪用されてたりしたら、もう俺は那奈やご家族に申し訳が立たない。
「で、俺はこれからどうすりゃいいわけ」
「元々お前の……その、那奈ちゃんは強いから、お前のアパートが結界みたいになってる、安藤も恐らく近付きたくはないはずだ。だからとにかく外には付いてこないようにしろ。アパートにいれば大丈夫だから……そうだな、この護符を玄関ドアの内側と反対側の窓に貼っておけ」
尚登は祭壇の横に置いてあった小さな引き出しから2枚取り、黄色い長方形の紙を渡された。
「それから、数日は安藤に騙されたふりをしておいてくれ。ただ、Hはするな。聞きだしてほしいこともあるし……あと、学校ではオレに話しかけるな。全部LIMEでやりとりする」
「う、うん、わかった。騙された振りするって……Hするな、はいいけどどういうことすりゃいいわけ」
「そうだな、食事まではOKだけどあいつのアパートには行くな。もちろん、お前のアパートもNG」
「ってことは外食……俺、貧乏学生なんだけど」
「……チッ、わかったよ、経費か……それは一回親父に相談させてくれ」
「よっしゃ」
「とにかく、これからしばらくはLIMEで指示するからチェックよろしく。ロックは必ずしてあいつに絶対見られないようにしてくれよ」




