(17)
朝、喪服のスラックスと白い半そでのカッターシャツ、黒いネクタイを締め那奈のご両親と菩提寺に向かった。昨晩のにぎやかさが嘘のように、那奈のご両親は言葉少なく那奈の遺骨と位牌を胸に抱き、本堂でお経をあげられている間お母さんは肩を震わせていた。
地面から立ち昇る湿気と線香の匂いにむせかえる。とうとう最後まで顔を上げられず、棺に花を入れてやることすらできなかった葬式の時を思い出す。弱かった……俺は、ちゃんと成長したんだろうか。
那奈が霊としてでも傍にいてくれなければ――きっと、自分を責め続け色んなものを失い、人間としてダメになっていたんじゃないだろうか、と思う。那奈がいてくれたからこそ、前に進めたんだ。
墓石の納骨棺へ那奈の骨壺が納められた。ご住職のお経に手を合わせる。ふと顔を上げると、那奈が線香の煙を纏い墓石の上に立って空を見上げていた。
(こらっ、どこ登ってんだよ。降りろ!)
ゼスチャーで示すと、てへっ、と舌をペロリと出して……そのまま、煙に巻かれたように姿が見えなくなった。
那奈……! ちょっ、そんな逝き方、あるかよ!! もっとこう……いや、那奈らしいか。
お陰で、泣かずに済んだ――空を見上げ、大きくため息をつきながら呆れて笑った。
那奈、ありがとう。ちゃんと、約束は守るけど、お前も守れよ。待ってるから。
*
「ただいま」
思わず口にしてしまったが、もう誰も答えはしない。早速、駅の本屋で買った賃貸アパート情報誌を広げビールを流し込む。バイトの事を考えると、もう少し駅に近いあたりでもいいかな。夜中にここまで帰ってくるの、結構キツイし。
おっ、ロフト付き8帖で5万。ユニットバスだし1階だけどまあいいか。明日不動産屋行ってみよう。
そろそろシャワー浴びて寝るか、と思っていた時だった。
ピンポーン
俺を訪ねて来るのはもう最近では尚登しかいない。ドアを開けると、案の定尚登が立っていた。
「よう、帰ったか」
「ああ……えっ? あのっ」
尚登の横に、小柄な可愛い女の子が立っていた。良かった、パンイチじゃなくて。
「これが史香。紹介しとこうと思って」
「こんばんは、初めまして。姉がご迷惑をお掛けしたそうで……本当にごめんなさい」
「いやっ、その、まあ、汚い部屋ですけど、どうぞ」
史香さん……いや、史香ちゃん、と言った方がいいくらい幼く見えるが、19歳になったところだそうだ。しかし俺は見た……彼女の背後に、大きな白い龍がいるのを。大きすぎて、最初は何かわからなかったくらいだ。
「すごい……龍なんて初めて見ます」
「えっ、見えるんですか! かわいいでしょう、パクちゃんって呼んでます」
「パ……」
笑うところ……? 呆気にとられている俺を二人が笑う。
「今日は色々報告、な」
尚登は、類香の方の信者を受け入れる準備があるので当面休学するけれど、多分来年当たり入籍するので祝宴に来てほしいだの、類香は司書としてこのまま学校に残るけれど、もう無害だからだまには声くらいかけてやってくれだの、時々史香ちゃんと顔を見合わせ微笑みあいながらイチャイチャイチャイチャ……いや、仲良く報告すると「お前は色々憑かれそうだから」と新しい護符を数枚置いて帰っていった。
ったく、お幸せそうで。へっ。
尚登までいなくなったら、寂しくて仕方ねえな。
何気なくHDの録画リストを観る。あいつの希望で録画しておいたホラー映画があった……はずだったが、それも消えていた。どうやって消したんだろう、リモコンに触れないのに。
弁当の包紙の裏に書いた「I LOVE NANA」の字を眺めながら那奈がちゃぶ台に残したハート型の涙の跡を撫でる。あいつが確かにここにいた、という証。写真立てすら残すことを許されなかった俺の、唯一の思い出。
那奈、そっちはどうだ? 居心地いいか? 俺は、お前の気配を探してばかりいるよ。




