(16)
新幹線、そして乗継の特急の指定席を2つ取り、弁当2つと冷凍ミカンを一袋買い、那奈を窓際に座らせた。
「ワクワクするね、陽ちゃん! こんな旅行二人でするの、初めて」
「うん」
「前に実家帰った時、ウメちゃん元気なかったんだよね。最近ママが買ってくるカリカリが硬く感じる、って。もう歳なのかなぁ」
「ああ、かもな」
「もうっ、聞いてる? 陽ちゃ……」
俺は那奈の顔を覗き込み、人差し指を立てて口の前に当て、ヒソヒソ声で話した。
「お前はいいけど、俺は独り言みたいになっちゃうんだから。変な目で見られるだろ」
「あ、そっか。ごめん、嬉しくってつい」
那奈のちょっと寂しそうな顔を見て、胸が痛んだ。
「や、まあいっか。小さい声で良ければ話す。ごめん、気にしなくていい」
「……ごめん、んっと……あ、そうだ、コレコレ。これに書いたらいいじゃん」
那奈が弁当の包紙を指差す。俺はペンを取り出し、紙をミニテーブルに広げた。それから、他愛のない会話を延々と、那奈の実家の最寄り駅まで続けた。
「あ、もうすぐだ……ね、陽ちゃん、最後」
(なに?)
「私の事、ほんとに好きだった?」
(ばーか)
「えっ……」
一瞬、那奈の顔が強張る。
(過去形じゃねえ 今も大好きだ)
口で言うのは結構恥ずかしいけど、文字ならいくらでも書けるぞ。そして「Ⅰ LOVE NANA」と大きく書いてハートで囲んだ。那奈は顔を真っ赤にして笑った。
これ、捨てないでね、というのでその紙を折りたたみポケットに突っ込み駅に降り立つ。
むわっ、と湿気が立ち上がる。那奈のご両親が車で迎えに来てくれていた。納骨は明日なのでお言葉に甘え、一晩泊めて頂くことにした。夕飯は、那奈の好物のオンパレード。炒めビーフン、シーザーサラダ、トマトの甘酢漬け、納豆巻き、ハンバーグ……あれも食べて、これもどうぞ、と山ほど出されたが「那奈がこれ大好きでねえ」と言われると断れず、まるで中年オヤジのごとく腹がぽっこり出てしまう位食べた。
那奈の昔のアルバムを見たり、色んな思い出話を話してくれる間中那奈は俺の横でウメちゃんを撫でながらニコニコしていた。ボロボロ泣くのかと思っていたが、両親に対してはもうそういう時期は過ぎちゃったんだよね、と静かに言った。
お父さんがトイレへ、お母さんが台所に立った時那奈に囁いた。
「今ここにいるって言わなくていいの」
「……いいの。もう、惑わせたくない、また納骨しないとか言い出しちゃう」
そっか。なるほど、そうだよな。ご両親にとってきっと一大決心だっただろうと思う。
客間に布団を用意してくれていたが、那奈の希望で部屋に寝ることにした。お母さんはいやな顔ひとつせず、どうぞ、と通してくれた。3年経とうとしている今も掃除をして、ウメちゃんが寝るから時々布団もちゃんと干してあるそうだ。俺が部屋に入るとウメちゃんも一緒に入って来た。ベッドに那奈と並んで座ると、俺と那奈の顔を交互に見比べる。
「ふふっ、ウメちゃんがね、この男がここで寝るのか、って不満そうにしてる」
「うっ……ごめんな、ウメちゃん」
すると、フンッ、と鼻を鳴らしフローリングの上にべたっと腹を付けて寝そべった。俺はどうも、動物には馬鹿にされやすいらしい。
「毛づくろいしてくれたら許してやるって」
「あ、ああ、そんなことならいくらでも」
田舎の夜は涼しい。ベランダ側の網戸から、気持ちの良い風が入ってきてクーラーいらずだ。お風呂でさっぱり汗を流したから余計に涼しく感じる。車も滅多に通らず、虫の声がよく聴こえる。
窓際でウメちゃんを撫でながら、那奈の思い出話を聞いた。ウメちゃんが尻尾をパタパタし、それがもういいという合図だと那奈が教えてくれた。
那奈と二人、ベッドに寝転ぶ。腕枕をしても痺れたり暑くないのが霊の特権か。
「陽ちゃん」
「ん?」
「ここまで来てくれて、ありがとうね。パパもママもすごく喜んでる。陽ちゃんのせいで私が死んだなんてこれっぽっちも思ってない、陽ちゃんが本当に私を大切に思ってくれてたのよくわかってる。ウメちゃんもツンデレなの、陽ちゃんの事気に入ったみたい。ほんとに嫌なら部屋から出ちゃうもん」
「……そっか」
なんか色々言うと泣いてしまいそうだった。
「ほんと、前も言ったけど。約束してよ? 帰ったら、ちゃんと引っ越して、頑張って彼女作って。それから、バイトの賄いだけじゃなくてちゃんと朝も昼も食べて。レポート、結構誤字多いからちゃんとチェックするんだよ? 洗濯物も溜めちゃだめだよ、キノコ生えるよ」
「ははっ」
「もう、何がおかしいの! 陽ちゃん一人にするの心配なんだから……ほんと、マジで彼女作るんだよ?」
「俺そんなモテねえって」
「そんなことないって。大丈夫、その気になれば……そうねえ、もうちょっと愛想よくしていいんだからね? もう、私いな――」
「那奈」
言葉を遮ったものの、何を言うつもりだったか……いや、何を言うべきなのかわかってはいなかった。しばらくの沈黙のあと、ようやく声になった。
「俺の中では、ずっとお前が一番。死ぬまで忘れない」
那奈もしばらく黙っていた。泣くかな、と思ったけどちょっと困った顔をして言った。
「ダメだよ、忘れなきゃ」
「生まれ変わる、って言っただろ」
「だって、何に生まれ変わるかわかんないもん。もういいの、無理に忘れてとは言わないけど、いつか自然に忘れる時が来ても……自分を責めないでいいんだからね?」
どんなにこらえようとしても、涙も鼻水も馬鹿みたいに出てきた。そんな俺を見ながらも、那奈は泣くことはなかった。
「約束して」
しっかりした那奈の声に、小さいガキが母親に叱られているみたいにただ頷くことしかできなかった。




