(15)
「類香さん……」
「陽一君、嬉しいわ。あなたにも何らかの地位を与えるわね、さあ」
「実は俺……ちょっとSっ気がありましてね」
俺は、類香さんの両手首を片手で掴み、布をグルグルと巻きつけた。
「えっ、ちょっと……、ま、まあいいわ」
「いいですね、興奮しますよ」
「前戯とかいらないから、とにかく早く」
「焦らないでください、萎えちゃいますから。男はデリケートなんです」
ちら、と那奈を見ると床に倒れ、懸命に体に巻きついた白蛇と格闘していた。どうやら、拘束しているだけで痛めつける気はないようだ。鎌首をもたげ、こちらの様子を見ている。
潤んだ瞳で俺を見つめはぁはぁと荒い息を唇から漏らしている類香は、確かに色っぽい。優しく肩を抱き起こし、そのぽってりとした、半開きの唇に自分の唇を寄せる。俺は類香に跨っている内股にぎゅっと力を込めた。
――よし、今だ!!
さっきまで俺を縛り上げていた布を素早く拾い上げ、類香をグルグル巻きにした。
「えっ……よ、ようい……ちょっとぉ! 何するのよ、このっ、やめっ!」
上半身を縛り上げた後、体を反転させジタバタと暴れる脚をつかみ縛った。白蛇が、尻尾を那奈に巻きつけたまま焦った顔で鎌首をおどおどと揺らしている。
「よ、陽ちゃん!」
「那奈、大丈夫か!?」
「苦し、い」
類香をきつく縛り口も塞ぐと、那奈のもとへと駆け寄った。しかし俺は那奈にはもちろん、シロダラにも触れない。逆に言うとシロダラも俺に触ることはできないので、シャーシャーと威嚇するだけだ。別に怖くもなんともないんだが、那奈が苦しんでいるのを助けられないのがもどかしい。
「くそっ……那奈、頑張れ! もう少ししたら尚登が助けてくれるから!」
「よう、ちゃ……良かった、あの人に、また誘惑……れたのかとお、も……」
「馬鹿、俺を……」
俺を信じろ、と言いたかったが一度でも罠にはまったのは消しようのない事実だ……ん?
「また……?」
「いい、よ、私……し、ってた」
「えっ」
「み、よし君のアパートで……ま、ってる間……残像つよ、くて、陽ちゃ、とのやりとり……全部、みえちゃ、った」
「……ごめん! ごめんな、那奈、俺っ……!」
そこへ突然、勢い良くドアを開けて白装束の尚登が飛び込んできた。
「陽一! 無事かっ」
「俺よりも那奈を!」
すると辺り一面が白い光に包まれ、神々しいルブラン様がシロダラに一撃を食らわした。がっしりとその二本の脚でシロダラの鎌首を掴み頭を嘴でつつきまわすと、シロダラは那奈に絡み付いていた尻尾を解き、ルブランに鷲づかみにされたまま力なく床に臥し元の大きさに戻った。
「那奈!」
「おおっ、頑張ったな。類香を生け捕りにするとはね……や、まずお前は服を着ようか」
投げつけられたジャージの短パンとTシャツを着ている間にルブランがまた鼻をフンッと鳴らすと、俺の意思とはまったく関係なくいきり勃っていたものがシュン、と大人しくなった。やれやれ。
外から声がするのでのぞいて見ると、屈強そうな男が風見を縛り上げていた。
「あ、あいつお前の変わりにバイト行ってた後輩の石田」
「あ、ども、その節は」
「あ、いえ、結構楽しいんで! 賄いすげー美味いっス」
何呑気に挨拶してんだ、俺ら。
尚登が類香の横に、異様なまでの冷気を纏って立った。類香は抵抗しても無駄だと思ったのか、それとも何か虎視眈々と機会を狙っているのかわからないが、目に涙を浮かべじっとしていた。
「……もっと早く、お前ら一族を封じておくべきだった。この面汚しめ……今から、お前の一切の霊力を封じる」
「ンンっ……!」
類香は激しく首を横に振り、懇願するような眼差しで尚登を見上げる。
「どうせ今霊力があるのはお前しかいない……お前らの母親と風見の母親は、たった今封じられたと連絡があった」
「……!!」
「諦めろ。お前ら一族はもうこれで終わりだ、何か言い残したことはあるか」
尚登は類香の口元の布を外した。
「ふ、史香を返してよ!」
「あいつは、オレが娶る。それでいいじゃないか、お前らの血は残る」
「……あの子はっ……母親が違う」
「そんなことくらい知っている。史香の母親は8年前に死んだ信者の一人だろう。いいじゃないか、父親の血は残る。ま、お前らの父親は何の能力もなかったけどな」
「ほ、法的に訴えてやる!」
「アホか、史香の意思でありちゃんとした恋愛結婚。お前らみたいに怪しい薬使って洗脳したんじゃないしな。それに――お前は詳細に調べられたら困る過去がある――違うか? 史香の母親の事」
「……」
類香は観念したようにガクッとうなだれた。
「史香もまだ知らないことだ。黙っといてやる、大人しく名代を返還しろ」
「……取り潰しじゃないの」
「返還で勘弁してやる、信者に罪はない。こっちに来たい者は受け入れるし、改めて施設は作り直し代官を置く。但しお前らと幹部一族は追放」
「……もう、あと少しだったのに」
尚登に手招きされ、焦点の合わない瞳を宙に彷徨わせている類香を、布で縛ったまま祭壇代わりの台の前に横たわらせた。ルブランに解放されたシロダラが類香の傍に鎮座し心配そうに顔を覗き込むと、類香の瞳からどっと涙があふれた。
「シロダラ……今までありがとう。愛してた……ごめんね、私のせいで」
能力を剥奪されるのでシロダラも離れていってしまうらしい。シロダラは悲しそうな眼で類香をみつめると、そのチロチロとした舌で類香の「拭えない涙」を拭った。俺は小6の時死んだ犬のゴンとの別れの時を思い出してしまい、不覚にももらい泣きしそうになる。
蝋燭に火がともされ、類香の身体に清酒を降り掛ける。祭壇に向かい長い祝詞を唱えると、類香の身体にはりつけた紙に黒墨で護符のようなものを書き、最後「滅」と朱墨で大きく書き入れた。
大麻を激しく振り、短い言葉を発すると類香の身体が、青い炎に包まれたかのように見えた。一瞬ビビったが儀式の間はしゃべらない様に言われていたので、ぐっと声を飲み込む。
次第に炎は小さくなっていき、消えたあとにはもうシロダラの姿はなく、護符も消えていた。類香は、尚登が縛っていた布を解き身体を開放しても、同じく開放された風見に抱き起こされるまで動こうとしなかった。最後に小さく、シロダラ、と呟き二人でオカルト研究サークルの部屋を出て行った。
「なんかちょっと……かわいそうだったね」
帰り道、那奈がボソッと呟く。
「しょうがないだろ、でなきゃお前があいつらに取り込まれて悪用されてたんだから」
「うん……」
夏の夕暮れ。
お盆が、近付く。




