(13)
「早く逃げなきゃ!」
「いや、もうここから出るのは危ない」
「那奈は……那奈は大丈夫なんだろうな! 何かあったら!」
「オレの部屋にいるなら大丈夫だ、あいつらは絶対に近寄れない……もうここで決着つけるしかないな。いいか、いまからオレは部屋に戻って色々準備を整えてくる。ここから一歩も出るなよ! もしなんかあったら電話……あ、ないのか――よし、ルブランを置いていく」
「る、ルブラン様を……な、那奈に念押ししといてくれよ、あいつ結構カーッとなると言う事きかないから」
「だから黙っとけって言ったのに」
「う……ごめん、とにかく頼む! あ、あと……」
「なんだ、早く言え!」
「ふ、服貸して……」
「フンっ、そんなことわかってる。早くパンツ履け!」
俺が慌てて履いている間に、尚登は部屋を出て外からカギをかけた。そして振り返ると、ルブラン様が神々しく真っ白な羽を広げ先ほど尚登が作った祭壇の上にいた。
――フンッ
また鼻で笑われたけど今回ばかりは仕方ない。
「あの……あ、ありがとう、ございます。助かりました」
尚登は、ルブラン様の言葉を「受信」できるらしいが俺には当然そんな能力はない。何か物言いたげな、しかも冷たい目でじっと見たあと毛づくろいを始めた。
身の置き場もなく椅子に座り、お茶を飲んでいるとドアの外に人の気配があった。尚登が戻って来たのかと思い咄嗟に立ち上がったが、その途端ルブラン様がドアの前に立ちはだかった。まさか、類香……!
「陽一君? そこにいるんでしょう? ねえ、さっきはごめんなさい。服とか荷物を返しに来たのよ、開けてくれない?」
「だ、誰が開けるか! 俺を道具にしやがって……全部そこに置いてさっさと消えろ!」
「だから、謝ってるじゃない……ひどいわ、道具になんてしてない、本当に好きなの! 私にはあなたしかいないのよ」
「そんな声で言ったって演技だろ! ガキだと思ってバカにしやがって。わかってるんだからな、何が目的なのか!」
足元にいたルブラン様がにわかに光りはじめた。
「……あくまでも反抗する気ね。そうよ、あんたなんてただの道具よ。ご神体の代わりとして選んでやったっていうのにそのありがたみもわからないなんて。私に協力しないならあの子をズタボロにして二度と転生できないようにしてやる! それでもいいのね!?」
うっ……那奈を、生まれ変われないように……生まれ変わるなんてずっと信じてなかった、でも那奈があんな風に言うのを聞いたら本当にそうなるような気がしている――絶対、また会うんだ――でも協力するわけにはいかない。どうすればいいんだ!? 尚登……いやっ、尚登にばかり頼っちゃだめだ、自分で考えろ!
荷物、はどうでもいい。俺にとっての最終目標は何だ? 簡単だ、那奈を守って無事に成仏させること。類香に協力したってそれはきっと叶わない――落ち着け、那奈は守られた部屋にいる。ということはまずは俺の貞操、というか類香をパワーアップさせないこと。
さっき尚登が見た限りでは、まだ類香の望みは叶っていないらしい。「俺の俺」はただ印を刻まれただけだった、ということだ――囮になれば捕まえることくらいはできるんじゃないか、所詮相手は女……いや、待てよ。今朝俺を拉致した時の力はすごかった。力を抜かれた……そんな感じだった。
類香にパワーアップをさせず、なおかつ油断させて捕まえる。よし、これでいこう。パンイチでは若干心もとないが。
ドアを開けようと近付いた時、ルブラン様が一層尾羽を大きく広げ睨み付ける。その目をじっと見つめ心の中で「大丈夫、作戦だから!」と訴えると、フンッと鼻を鳴らして消えてしまった。ど、どこ行ったんだ? 急に心細くなるがここでやめるわけにはいかない。
「るっ、類香さんに協力したら本当にあいつはちゃんと成仏させてもらえるんですか」
「……さあ、どうかしら。陽一君の協力度合いによるかもね。尚登と完全に手を切って私に付くって約束できるの?」
「します、しますからどうか那奈だけは!」
ちょっとクサかったか? 大袈裟にヨレた声が出てしまった。
「そう、じゃあ出てらっしゃい。早くしないと尚登が帰って来るわ」
出て……くそっ、中に引き込めないものか……
「おっ、俺もう我慢できません! さっきから、その、……今すぐ中に入ってしましょう!」
勢い良くドアを開けたその時――
目の前に女が立ちはだかり俺を殴りつけ、よろけた俺の背後にまわり羽交い絞めにした――あまりの衝撃に目の前に星が飛ぶ、という経験をしたのは小学校の時鉄棒で頭から落ちた時以来だ。
「陽一君……ナメてもらっちゃ困るわ」
類香は人差し指で俺の顎をツッ、と持ち上げ不敵に笑った。下手な演技を見破られてたか……
「風見、早く縛りなさい」
「はい」
すごい力で俺を縛り上げているこの女が風見――ひとつ下の学年にいる類香の仲間の名前だ、最初に尚登が言ってたな……なんだよ、この馬鹿力!
「暴れても無駄よ、風見は学生女子レスリングではトップクラスなんだから。さあ、うちに連れて行くわよ」
レスラーかよ! 俺より背ぇ低いのにすげえな、って感心してる場合じゃない。しかし抵抗虚しく、祭壇に敷いてあった白い布に簀巻きにされ、口もふさがれてしまった。やばい、万事休すか――
「待ちなさいよ!」
空気が切り裂かれる感覚が鼻先を走り、聞き覚えのある鋭く高い声が響いた。
「陽ちゃんを放せ!」
その声は――那奈! なんだよ、尚登は!? 尚登の部屋にいるんじゃなかったのか!?
「なんだか変だと思って探しに来てみれば……白蛇がずっと私を見張ってるし、おかしいと思ったのよ。陽ちゃんをどうする気!?」
「あーはっはっはっは! 飛んで火にいる、だわねえ。わざわざそちらからお越し下さるとはご苦労様。陽一君はねえ、私のこの肉体の虜なのよ。実態のないあんたなんか、もう用済みなの、わかったか!」
ちっ、違うっ! 違うんだ、信じてくれ、那奈! ブンブンと首を振って訴えた。
「は!? じゃあなんでこんな力ずくで連れて行こうとしてるのよ!」
「これはそういうプレイなのよ。あなたみたいなお子様にはわからないでしょうねえ」
ブンブン! ブンブン!
「とにかく! 陽ちゃんを返しなさい、さもなくばこいつの命はないわよ」
那奈が左手を差し出すと、そこには白いボール状の何か……何だ?
「きゃあっ、シロダラ! ちょっとあんた、シロダラに何を……なんでそんなことできるの……とっ、とにかく返しなさいよ! せめて解いてよォ! かわいそうじゃない!」
えっ、あれって類香の蛇なの!? シロダラ、って名前か。どこかインド風味。
「きゃははっ、よくわかんないけどさ、あんまりしつこいから尻尾踏んで捕まえて、ぐるぐる巻きにしてやったのよ。ざまーみろ!」
「くっ……私はどんなにシロダラを愛しても触ることもできないのに……霊体は触れるって本当だったのね」
「わかった? 陽ちゃんを返さないとこいつを蒲焼にして食ってやる!」
「かっ……」
類香はそのまま絶句し固まってしまった。
「ちょっ、類香ねえさん! 何躊躇してんですかっ」
「だ、だって……シロダラ……いや、どっちにしても今のままでは……」
今のままでは? パワーアップしてないから那奈を取り込むことができない、ということなんだろうか。
「だったらここでヤればいいじゃないですか!」
ぎゃーっ! やめてっ、そんな! 那奈の前でそんなことできるかあっ!
「風見……あ、あんたも大胆ね。そうよね、とりあえずここに蒲焼の道具なんてないんだし。どうせ霊体に邪魔なんてされっこないんだし」
類香さんはハサミを見つけ出し、風見に押さえつけられた俺の股間のあたりの布を切り始めた。ダメぇっ!! 助けてっ、これ以上の辱めを受けるくらいならもういっそ殺してくれえっ!!
「ちょっとぉ! 陽ちゃんに何す……えっ、やだっ、陽ちゃん何でよぉっ」
――そうだ、類香の放つ匂いに反応して「俺の俺」はもうギンギンになっていたんだ……やっぱり尚登は印を取りきれていなかった――ちっ、違うんだ! 那奈! 俺の意思じゃない!
ンー! ンー! と必死に首を振りながら目で訴えた。しかし、那奈は悲しみと怒りを湛え濡れた瞳で俺から目をそらした――




