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番外編01 水浴びへ行こう

 時期:第一部と第二部の間

 第一部でミシェーラと約束していた水浴びについて書こうと思ったんですが、そういえばミシェーラは王宮なのでだめじゃんってことで、ミシェーラ不在の番外編です。



 有紗がルーエンス城に戻ってから数日たったある日、女官長のイザベラが提案した。


「お妃様、夏のうちに水浴びにまいりませんか?」

「水浴び?」


 ちょうど台所で、燻製に使う木材についてメモをとっていた有紗は、書き留める手を止めて顔を上げた。イザベラは眉を八の字にして、心配そうにしている。


「燻製作りに精を出すのもよろしいですが、たまには息抜きしませんと身がもちませんわよ」

「あ、そういえば、ミシェーラちゃんと水浴びに行こうって言ってたなあ。あの子は王宮だけど」


 有紗は邪気を連れて迷いの森に降り立ったし、レグルスは配下を連れて大急ぎでガーエン領に戻ってきた。そんな旅に病み上がりの王女を同行させるわけにもいかず、ミシェーラは王宮に居残ったのだ。


「姫様もとなると、あの崖の装置が完成する頃には、夏も終わってしまいますから難しそうですわね」


 モーナが窓のほうを見て、残念そうにつぶやく。


「ミシェーラちゃんとは、また行けばいいわ」


 王都とガーエン領近辺の断崖をつなぐ場所に、移動しやすいようにエレベーターもどきを作っている途中だ。レグルスが頼み、王が采配してくれたようだった。まだ工事中である。


 ガーエン領は王国では北部に位置している。北に広がる山脈の影響で、夏場も涼しいほうだ。高原地帯といえばいいのだろうか。

 だから夏の終わりに近くなると、さすがに水浴びには寒すぎる。


「明日なら、お客様もないですし、レグルス殿下も大丈夫だとおっしゃっていたので。あとはお妃様次第ですわ」


 イザベラなりに気を回して、段取りを整えてくれていたようだ。


「わかったわ。確かに、ひきこもるのも良くないわよね。お城のことは男子にまかせて、女子みんなで行きましょうよ」

「ええっ、厨房もですか?」

「たまには留守番してもらって、女官のありがたみをわかるべきよね」


 時代としてもしかたがないとはいえ、男尊女卑傾向のあるこの国の人々を見ていると、有紗はどうしてももやっとした感情が湧く。毎日ではないのだし、たまの一日くらい、男性使用人だけで城の仕事を回してみてはどうだろうか。


「ぷふっ、お妃様ったら」

「面白いですわね、でも帰ってきて悲惨なことになっていないといいのですけど」


 モーナは噴き出し、イザベラも愉快そうにしたが、悪い想像をして不安そうにする。

 気が弱いイザベラらしい反応だ。


「そしたら私が叱ってあげるわよ。でも、ロドルフさんと執事がいるから、大丈夫じゃない?」


 この城にいる使用人は、真面目な者ばかりだ。酒と銀食器の管理をしている執事は寡黙な男でとっつきにくいが、仕事は丁寧なので、周りも信用しているのを知っている。


「でも、どこに水浴びに行くの? 私、どこにあるか聞いてないんだけど」

「私どもがたまに遊びに行く泉なんですよ。浅いので、安全ですよ。山側にあるので、ちょっと歩きますが」

「レグルスに乗り合い馬車を出してもらえないか聞いてみるわ」


 貴人が使う馬車以外に、庶民が乗り合いで使う馬車がある。それ以外になると、荷馬車の荷台に乗る形だ。


「お妃様が行かれるなら、護衛でついていくと仰せでしたわ」

「それなら、なおさらちゃんとお願いするわね」


 収穫期を前にして、最近のレグルスは忙しい。負担を思うと、有紗は直接話そうという気持ちになった。


「ささいなことも手間を惜しまずに話し合う。これが夫婦円満の秘訣なんですね」


 何やらモーナが頬を赤くして、感動してつぶやく。イザベラはにこにこしているので、有紗はなんとなくばつが悪くなった。




 すんなり準備が整い、翌日、有紗と女官全員を連れ、騎士の警護とともに水浴びに出かけることになった。


「良いお天気ね~。でもなんか、大事(おおごと)になっちゃったわね」


 ちょっと女同士で遊びに行く程度のノリだった有紗は、レグルスと馬を同乗しながら、一団をちらりと見る。

 乗り合い馬車にいる十人ほどの女官やその家族の小さな娘達は、楽しそうに話に花を咲かせていた。馬車も二台出すことになったので、スペースが足りないから、有紗はレグルスと一緒にいる。


 他にも、十歳くらいの女の子が二人、騎士と二人乗りしている。はしゃいでいる女の子に、兄の顔つきで、騎士が世話を焼いていた。


「こんなに大勢の女性だけで散策なんて、危ないですよ。女官は毛色が良いからと、盗賊に狙われやすいですし」


 レグルスが言いづらそうに教えるので、有紗はわずかに肩口に振り返る。


「そうなの?」

「ある程度の教養があって未婚なら、奴隷として高値がつきますし……。さらってそのまま妻にする輩もいますからね」

「誘拐犯の奥さんなんてゾッとするわ」


 それだけ女性には住みづらく危険なのだと、有紗は改めて中世くらいの時代は怖いと思った。


「それで済めばいいですが、遊ぶだけ遊んで殺すようなクズもいます。外出には気を付けてください」

「はい!」


 レグルスの声が一段と低くなったので、有紗は背筋を正して返事をした。

 イザベラが歩いて行けるくらいの近場だと言っていただけあって、馬車で二十分もしないうちに着いた。泉は森の入り口付近にあり、木々と大岩のおかげで視線を遮断されるようだ。


 そこに騎士と女官が棒を立てて紐を渡し、布をかけて目隠しを作る。それから陣の中にも布を敷いてラグのかわりにして、着替えが汚れないようにとその上に並べて準備する。


「あっという間に、視線を完全ガードの垂れ幕ができたわね」

「普段はここまではしませんけど、このほうが安心です」


 イザベラはうれしそうに微笑み、有紗に水浴び用のネグリジェをさし出す。


「それじゃあ、ごめんね、レグルス、騎士さん達。水浴びを楽しませてもらうわ」

「どうぞ、ごゆっくり」


 レグルスはそう返して、あっさりと幕よりも向こうに行ってしまった。

 ちょっとくらい動揺したら面白いのにと思ったが、レグルスは紳士なのでいつも女性との距離をわきまえている。そこで有紗はからかいの矛先をロズワルドに変えた。


「ねえ、ロズワルドさん。中で女の子がきゃあきゃあしてたら、さすがに気になる?」


 にやにやしながら問うと、ロズワルドは眉をひそめて有紗をじっと見た。


「……女の子? お妃様は、そんな年ではないと思いますが」

「ちょっと、今の本気でムカついたわ。なぐっていいかしら? グーで!」


 これくらいの時代なら、二十歳をすぎた女は年増である。だいたい十代半ばには結婚している者がほとんどなのだ。

 有紗が目をすわらせてこぶしを握ったので、ガイウスがロズワルドの腕を引っ張った。


「おい! やめろよ、ロズワルド。お前はどうしてそう、ピンポイントで余計なことを言うんだ! そんな調子だから、敵を作るんだぞ」

「は? 何を言っているんだ、ガイウス。私はしごくまっとうな疑問を……」

「うるさいうるさい! 女性に年齢の話はタブーだ! やめろ!」


 心から不思議そうに返すロズワルドを引きずるようにして、ガイウスが幕から離れていく。

 有紗は憤然と布をきっちりと閉め、泉のほうを振り返る。女性達の視線が冷たくなっていた。


「あれはないですよねえ」

「ないない」

「最低です」


 ロズワルドへの評価が下がったのを見て、有紗は気を取り直す。


「あんな失礼な人は置いておいて、水浴びを楽しみましょ!」


 有紗のかけ声に、みんなも楽しそうな調子を取り戻した。




 裸にネグリジェを一枚羽織って、泉に足をそろりと入れる。


「ひゃっ、冷たい~っ」


 夏の暑い時期だが、泉の水は冷たい。

 熱気がやわらぐようで心地よい。

 神子となってから汗もかかない有紗と違い、女官達は涼しいとはしゃいだ声を上げる。彼女達の小さな娘達は、泉に飛び込んで遊んでいた。

 思い思いに楽しむのを横目に、有紗も泉につかって目を細める。


「お妃様、思った通り、色白でいらっしゃいますわね」


 普段、有紗の入浴を手伝うのはモーナだけなので、他の女官が寄ってきた。


「こうして見ると、黒髪ってなんだか怪しげな魅力があるように思います」

「殿下が、お妃様が人目に触れるのを嫌がるはずですわ」


 女子トークにレグルスの話題が出て、有紗は気まずくなった。


(いやあ、形は夫婦だけど、まだ夫婦ではないのよねえ)


 有紗が神子だとわかったので、正式に結婚式をあげる予定なのだ。それまで、レグルスは今までの距離をたもつそうである。


(私は構わないと言っているのに、真面目なんだからーっ)


 母親が側妃だったために辛酸をなめてきたレグルスは、有紗の貴婦人としての名誉のために、かなり心をくだいてくれている。


「もうっ、恥ずかしいからやめてよ~。私からしたら、そちらこそ、グラマラスでいいと思うわ」


 痩せ型がほとんどだが、肉付きの良い美人が多い。特に胸あたりが。

 有紗が照れまじりに褒め返すと、さざなみのように女官達の笑い声が広がる。


「子どもを産んだら、こうなりますわよ」

「私なんて、太ってしまって……」

「いいじゃないの、どうせ冬になったらやせるわよ」

「食べ物が少なくて、大変ですものねえ」


 思わぬ冬事情を聞いて、有紗がびっくりしていると、傍で泳いでいた女の子の母親が悲鳴を上げた。


「きゃっ、リリー、こちらにいらっしゃい!」

「何? お母さん」


 母親に抱えられて、女の子は目を真ん丸にする。


「蛇よ、気を付けて!」

「えっ、嘘っ」


 誰かの注意が飛び、有紗はぎょっとして固まった。細い蛇が水面に浮かび、こちらを向いて、チロリと舌を出す。


「きゃーっ、蛇、無理―!」


 一瞬でパニックになった有紗は泉を飛び出して逃げた。


「えっ、アリサ様!?」

「いけませんわよ、外に出ては!」


 モーナが慌てて追いかけようとするが、それより有紗が幕を開いて外に出るのはほぼ同時だった。


「ぶっ」


 誰かの背中にぶつかって顔に手を当てると、レグルスだった。


「レグルス、蛇が出たのよ!」

「えっ、アリ……」


 絶句。そんな様子で息をのみ、レグルスは上着を脱いで有紗にかける。


「なんて格好で出てくるんですか。モーナ!」

「お妃様、こちらにいらしてくださいませ!」


 幕から顔だけ出して、モーナが手招く。

 それで有紗はパニックから我に返り、自分の失態に気づいた。


「ぎゃーっ、ごめんなさーい!」


 幕の中に戻ると、なぜかイザベラが女性達の拍手喝采を浴びていた。


「……ん? どうしたの?」

「ご安心くださいませ、お妃様。蛇はこの通り、わたくしが仕留(しと)めましたので。あっちに放り投げてきますね」

「え? えええ?」


 イザベラの手には、小さな蛇がぶらさがっている。どうやら彼女は頭部分を持っているようだ。


「騎士様―! 蛇を投げまーす!」

「は?」


 幕の内からイザベラに声をかけられ、護衛騎士のけげんそうな声が返る。

 イザベラは大きく振りかぶって、蛇を幕の外へぶん投げた。


「はい、これで大丈夫です」

「す、すごいわ、イザベラ!」


 有紗だけでなく、女官達も拍手する。


「あなた、気弱なのに、蛇は平気なの?」

「ふふ。お妃様。息子を持てばわかります」


 イザベラは急に、遠くを見る目をする。


「どういうこと?」

「男の子というのは、虫やら蛇やら、なんでも持ち帰ってくるのです。夫とは死別しておりますので、しかたなく私が相手をしているうちに慣れました。だって、義理の父ときたら、『元気が良い』としかおっしゃらないんですもの!」


 どれだけ大変かという気持ちがにじんでおり、同じく子持ちの女官から同情と同意の反応が向けられる。


「それに、さっきの蛇は毒がありませんから、大丈夫ですわ。頭が三角だと危ないので、近づかずに逃げてくださいね」

「は、はい……」


 イザベラの注意に、有紗は神妙に頷いた。

 蛇パニックは、イザベラの思わぬ一面で、すっかり落ち着いたのだった。




 一方、あられもない格好で飛び出してきた有紗を幕に戻したレグルスは、目をすわらせて騎士達を見回した。


「……今、アリサを見た者は、正直に名乗り出ろ」


 騎士達はぶんぶんと首を横に振る。実際は、騒ぎがあれば原因を確認するのが騎士として当たり前なので、ちらっと見た者はいるのだが、命が惜しいので誰も口にしない。


「安心しろ。殺しはしない。記憶が飛ぶまで、少しばかり頭を叩くだけだ」

「見てません! 全く、これっぽっちも見ていないので、落ち着いてください、殿下!」


 ガイウスが必死になだめ、水浴びから帰る頃には、レグルスは普段の穏やかさを取り戻していた。


 だが、有紗がかかわると性格が豹変(ひょうへん)するレグルスを見ていた騎士達は、心の内で固く誓った。

 今度、水浴びがあったら、絶対に留守番組になろう、と。



 まさかそんなやりとりがあったとも思わず、その後、有紗はのほほんと上着を濡らしてしまったことをレグルスに謝るのだった。




 番外編、おわり。



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