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 有沙の考えはこうだ。

 まんえんする化粧水の毒で、国が内から弱体化しつつあるアークライトに、ルチリア王国から援助の手を――特使(とくし)を派遣する。


 特使には、あの国に縁がある人物として、マール側妃とエドガー王子を選ぶ。

 しかし、マールは同盟の人質として嫁いだから、これを機に、アークライト国が戦を仕掛ける危険がある。

 ここで、後世の歴史書という重みが出てくるわけだ。


「ルチリア王国は慈悲を見せ、寛大な王だと見せることができる。もし、アークライト国が、こんなに堂々と手を差し伸べる同盟国を裏切ったら? 後世で、『善意を無視し、欲に走った愚かな国』と書かれるでしょうね」


「つまり、現王は愚王(ぐおう)と名をはせることになるわけですか」

「しかも、諸外国からの信用も失うっていうおまけつき」


 エドガーはわずかに首を傾げて付け足す。


「……その後の外交にも響く?」


「良い案でしょ? もちろん、私が必要なら、特使としてついていってもいいわ。あっちが神子である私に非礼をしたら、今度は神の裁きで国が滅ぶだけ。ルチリア王国は援助で多少のお金は失うかもしれないけど、少しの投資で、得られるものは大きいと思わない?」


 有紗は我ながら、邪神の神子らしい嫌~な笑い方をしている。エドガーは少し考えて、有紗の意図を確認する。


「我が国が元敵国を助けるだけで、周囲の国と、自国の人々にも王の威信を示せるからですか?」

「王様だって、人気商売でしょ」

「やっぱりあなたは無茶苦茶だ」


 あっけらかんと、不敬罪になってもおかしくないことを言い放つ有紗に、エドガーは呆れを隠さない。しかし、急に笑い出した。


「面白すぎます、お義姉(ねえ)様。レグルスお兄様が惚れ込むわけですね」


 ひとしきり笑うと、エドガーは真面目な顔に戻った。


「きっと、お母様の先は長くない。僕の望みは、お母様に心穏やかな余生を送っていただくことです。それを叶えてくださるなら、喜んでレグルスお兄様の味方になりますよ。神子様の望む通り、心から」


「なんだ、レグルスの言う通り、良い子なのね。レグルスが喜ぶわ」


 有紗がレグルスを思い浮かべて微笑すると、エドガーは苦笑とともに首を振る。


「そうでもないですよ。お母様を守るためなら、僕はなんだって踏み台にしますから」


「マール側妃様も、良い方なんだわ。息子のあなたがそうでもして守ろうとしてるんだもの」


「そうですね。ああなる前は、唯一の味方でした。いえ、ああなっても僕のことは気にかけてくださる。僕はお母様を失った後を思うと、眠れなくなるほど怖い。この寒すぎる王宮で、一人ぼっちになるから。でも、それも今日で終わりでしょう。――本当に、あなたがたを信じて構わないのですよね?」


 念を押すエドガーに、有紗は頷く。


「ええ。私は神子になったのは嫌だったけど、こういう時は便利ね。『国が滅ぶ』って最強のカードじゃない?」

「僕が悪魔に手を貸したということにならなければ、いいのですがね」


 エドガーは苦笑を浮かべたものの、そこに有紗への嫌悪感は無いように見えた。


「ベリーナ、彼女を離していいよ」

「は」


 エドガーの命令で、侍女は即座にモーナを解放する。モーナはほっと息をつき、素早く有紗の傍に戻った。


「それじゃあ、エドガー王子。まずはお父さんにごめんなさいをしましょ。全てはそれからよ」


「ごめんなさいって……。あなたが言うと、大したことじゃないみたいですね。こちらは首がかかっているんですよ。そう単純なことではありません」


 もちろん、エドガーの言う首とは、職を解かれることではなく、処刑台に上がるという意味だ。王妃が騒いでいたのを思い出し、有紗はうんざりと顔をしかめる。


「王妃様がいちいち大げさなのよ。まあ、同情はするわ。ずっとあの調子なら、マール側妃様が心を病むのもしかたないと思う。でも、悪意に慣れては駄目よ、エドガー王子。痛みを我慢できても、知らない間にすり減っているかもしれない」


 その末路がマールならば、痛々しいことだ。


「これも女や子どもが住みやすい国造りに必要なことだわ。レグルスにはそう言おう」

「レグルス殿下もお気の毒に。あの方の胃もすり減りますわよ」

「小言はやめてよ、モーナ。まとまったから、いいでしょ」

「私はひやひやいたしました!」

「あなたを見捨てるわけがないじゃない。私はあのクソ神官どもとは同じにはならないのよ」

「アリサ様」


 モーナは目をうるうるさせる。


「ところでエドガー王子、私の騎士達はどうなってるの?」

「ああ、そうでしたね。ベリーナ、騎士のほうも解放を。こちらに連れてきて」

「ただちに」


 侍女はお辞儀をして、応接室の扉を開ける。その瞬間、男達が乗り込んできた。


「きゃあっ」


 突き飛ばされて尻餅をつく侍女の前に、男はナイフを突きつける。侍女が凍りついた。先頭には茶色い髪の大男がいて、エドガーへ侮蔑(ぶべつ)の目を向けた。


「まったく、甘い王子様だ」


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