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 結局、それ以降の進展はまったくないまま、王への報告の日となった。


「私は参加しちゃ駄目なの!?」


 別宮の居間に、有紗の声が響く。てっきり、報告会にも参加していいのだと思っていた。


「それぞれの代表がとりまとめたものを発表するんですよ。それとは別に、父上からアリサの参加は控えて欲しいと通達がありました」

「なんで?」


「アリサが闇の神子だからです」

「今更でしょ」


 そう返すと、レグルスはほんのりと苦笑を浮かべる。


「アリサが何か発言すると、威圧ととられかねないことを、父上は心配しておられます。それでは公平性に欠けるということです」

「そういうことなら、理解できるわ」


 有紗は邪神の神子として振る舞うことがあるので、レジナルド王の懸念には身に覚えがあった。


「それじゃあ、大人しく待っているわ。でも、レグルスがいない間は暇だから、エドガー王子とマール様の様子見に行ってきてもいい?」


「あまり出歩いて欲しくはありませんが、護衛とモーナがいるならば構いませんよ。いや、ミシェーラに同行してもらったほうがいいのか……」


 レグルスが迷い始めたので、有紗はその案を受け入れることにした。


「ミシェーラちゃんを誘ってみるよ」

「すみません、アリサ。あまり窮屈な思いをさせたくないのですが……」


「私も王宮の人に誤解されたくないから」

「ありがとうございます」


 有紗の返事がうれしかったのか、レグルスはほんのりと笑う。有紗もにっこりした。


「それじゃあ、がんばってきてね」

「ええ。母上のためにも」


 それからレグルスは正装に着替え、書類を抱えて出かけて行った。

 彼を見送ると、有紗はさっそくモーナにミシェーラへの伝言を頼んだ。三十分もしないうちに、モーナは花束を抱え、ミシェーラとともに戻ってきた。


「アリサお姉様、エドガーお兄様のお見舞いに行くそうですわね。わたくしも同行しますわ」

「良かった。急にごめんね、レグルスが心配するのよ」


「アリサお姉様のことも心配ですが、エドガーお兄様のことも気にかかっておりましたの。ちょうど顔を出そうかと思っていたのです」


 エドガーへの先触れもして、ほどよい時間だ。さっそく護衛も連れて、エドガーの別宮を訪ねた。

 エドガーは今日も木陰でゆったり過ごしているようだ。


「お兄様、お加減はよろしいのですか?」

「ああ、僕はもう大丈夫だよ。ミシェーラこそ、大病をわずらっていたと聞いていたけれど」


「アリサお姉様のおかげで、全快しましたの。奇跡の方ですわ」

「僕も助けていただいたんだ」


 異母兄妹が仲良しで微笑ましいと眺めていた有紗は、二人に拝まれて顔を引きつらせる。


「ちょっと、拝まないで!」

「あ、申し訳ありません。あの時のことを思い出して、つい」

「僕も」


 二人は小首を傾げて謝る。その様子がどう見ても小動物で、有紗は可愛さにくらっときた。ミシェーラがリスで、エドガーが子犬だ。頭をなでたいのを我慢していると、エドガーがベンチを立った。


「今日は応接室のほうにお茶を用意しているんです。どうぞこちらへ」

「先にマール様の様子を見てきてもいいかしら」

「ええと、お母様は先ほどお眠りになったと聞いたので……」


 エドガーは近くにいる侍女を呼んで、マールの様子を確認させた。すぐに戻ってきた侍女はエドガーに向けて首を振る。


「側妃様はお休みになっておられます」

「そうなの。きちんと眠れているなら、構わないわ。後で目が覚めたら、様子見させてもらうわね。先にお茶にしましょうか」


 そろそろマールに変化があるかもしれないと心配していたが、どうやらあれ以来、彼女の体調は落ち着いているようだ。

 それは良かったと思い、有紗は頭を切り替える。

 ハーブティーとクッキーが出された。有紗は飲めないが、ミシェーラは手をつけ、エドガーに感想を言う。


「このクッキー、おいしいですわね」

「僕の領地でとれた木の実を使っているんだよ。ミシェーラ、はちみつもいかがかな?」

「まあ、ありがとうございます」


 もう味わえないお茶菓子を横目に、有紗は少し悲しくなった。どうして神子になると、普通の飲食物を受け付けないのだろうか。どうやら他の神子も、取り入れるものは違うが、飲食はできないところは共通しているようだ。


「ごめんなさい、お姉様。わたくしったら気も遣わず」


 有紗がしょんぼりしているのが伝わったようで、ミシェーラが慌ててクッキーを皿に置く。


「気にしないで。食べないともったいないわ。料理人さんにも悪いし」

「はい……」


 しまった。ミシェーラが落ち込んでしまった。

 有紗は急いで表情をとりつくろい、エドガーに話しかける。


「ねえ、そういえば噂で聞いたのだけど。修理で出入りしている工夫に、素晴らしい芸術家がいるんでしょう? やっぱり画集を出されているの?」

「え? 芸術家?」


 エドガーは意外そうにして、少し考える。


「ああ、ノルガー先生のことですか? あの方はどちらかというと建築家なので、なんのことかと思いました」

「建築家が絵を描くの?」


「ええ。結構、なんでもしますよ。王宮の修復を担当されていますが、以前は聖堂建築にたずさわっていたんです。最近の窓が大きいアーチ造りの建物も、あの方が異国から取り入れた知識なんですよ」


 自分の好きなことだからか、エドガーは饒舌(じょうぜつ)になった。生き生きと目が輝いている。


「へえ、そうだったの。結構、ご年配なのかしら」


 この時代くらいの年輩だと、四十代くらいだろうか? 人生五十年という表現もあったように、現代とは寿命がまったく違うはずだ。

 そんなことを考えながら、有紗がエドガーのほうを見ると、彼はどこか遠くを見ながら、冷めた目をしていた。


「エドガー王子?」

「ああ、すみません、神子様」


 エドガーはふいに謝った。部屋の外から、カランカランと鈴の鳴る音がする。


「どうやら準備が整ったようです」

「え、なんの?」


 有紗が聞き返したタイミングで、隣にいたミシェーラがパタッと長椅子に倒れこんだ。


「ミシェーラちゃん!?」


 有紗はびくっとし、ミシェーラの様子をうかがう。彼女はすやすやと眠っている。


「大丈夫ですよ、ただの眠り薬なので。まったく、ミシェーラが神子様に遠慮して飲食を控えようとしたので、少し焦りました」

「どういうことなの?」


 声を荒げようとして、有紗はぎくっと固まった。壁際に控えていたモーナが侍女に羽交い絞めにされ、喉にナイフを向けられている。


「どうか騒がないでください。あなたは無事かもしれませんが、普通の人間なら、ナイフで首を切られれば即死ですよ?」


 エドガーは静かな声で忠告し、薄らと微笑む。


「このタイミングを待っていたのです。報告会の為、王族のほとんどは謁見の間に集まります。当然、警備も」


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