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一日のんびりしてから、翌日、また調査を再開した。
午前中、有紗達はジール王子の別宮を訪ねた。二十歳だというジールは、銀髪と明るい緑目という繊細な見た目をしているが、どこか神経質にも見える。目つきが悪い。
「わざわざおいでになっても、調査内容を話すわけがありません。公平性に欠けますからね」
ジールはきっぱりと断り、有紗達に質問の隙も与えない。
「じゃあ、亜麻色の髪の女官についてだけでも!」
「まあ、それくらいなら……」
しかたなさそうに呟いて、ジールは首を横に振る。
「その正体不明の女官については、こちらでも目撃情報があります。しかし、王宮を探しても、どこにもいないんですよ。てっきり王妃様の配下にまぎれこんでいるのではと思ったんですがね」
そもそも、とジールは付け足す。
「王宮内には、身元がしっかりした者しか出入りできません。まるで怪奇現象みたいですよ」
「ええっ、その人が幽霊だっていうの?」
驚く有紗に、ジールは目をすがめた。馬鹿じゃないのかと言いたげだ。
「神子様におかれましては、発想豊かで素晴らしいかと思います」
「それ、嫌味だって分かってるわよ!」
眉を吊り上げる有紗を、レグルスがなだめる。
「まあまあ、アリサ。落ち着いて」
「ほんっと癖のある奴ばっかりね、ここの人達は」
レグルスは苦笑するだけで、特に否定しない。
「ねえ、ジール王子。毒はどこから来たと思う? やっぱり絵の具かしら」
「質問は一つではなかったんですか? 答えませんよ」
「ちぇっ」
すげなく断られ、有紗は面白くない気分になった。そこへ伝令が来て、ジールに書簡を渡す。ジールは羊皮紙を広げ、目を細めて読んだ。
「領地で少し問題が起きたみたいですね。お話がそれで終わりなら、お帰りいただいても構いませんか」
「ああ、忙しいところ、悪かったね」
レグルスは椅子を立とうとしたが、有紗はジールの様子が気になった。
「ジール王子って、もしかして近眼なの?」
「キンガンとは?」
「目が悪いのかなって」
「ええ。暗い所で本を読んだせいなのか、悪くなってしまって」
「ここって眼鏡ってないの?」
「メガネ?」
なんのことだと、ジールは首をひねる。
「レグルス、眼鏡って知ってる? 視力を矯正する道具よ」
「さあ。見たことはありませんが」
「そうなの? ガラスがあるのに、その辺はまだなのね」
すると、ジールが話に食いついた。
「なんですか。もしかして、ガラスがあれば、目が見えるようになるのですか?」
「ガラスだけじゃ駄目よ。ガラスを屈曲させないといけないの」
「くっきょく……?」
彼にとっては謎の単語のようで、いぶかしげにしている。
「私も作ったことはないけど、理屈だけなら、どういうことか教えられると思うわよ。ガラス職人ってどこにいるの?」
「ガラス職人は、国の施設で厳重に保護されています。技術が外に出ては困るので。おいそれと会えませんよ」
「ああ、そうだったわ。ヴェネツィアを思い出すわね」
ガラスを作る技術は、金の卵だ。どこの国でも、秘密保持のために職人を囲い込んでいた。昔、ヴェネツィアでは、職人を雇うのに大金を出すとふれこみ、逃げ出してきた職人を雇い入れた。
そして、それからクリスタルガラスの秘密を守るためにしたのは、仕事の分業化だったのだ。全ての工程を教えるのではなく、それぞれの工程のプロとすることで、もし情報が外に漏れても、一部しか流出しないという仕組みにしたのだった。
「陛下に話してみるわ。眼鏡は老眼にも使えるしね。皆、喜ぶんじゃない?」
有紗はなにげなく言っただけだったが、ジールはこちらをまじまじと見ている。
「何?」
「我が国の神官が、あなたにあんな仕打ちをしたのに、あなたは皆の喜びについて考えるのですか?」
「あの神官のことはもう終わったでしょ。だいたい、私の故郷に比べて、ここは住み心地が悪すぎるのよ。知恵を出すのは、私のためでもあるわ」
すると、急に訪ねてきて迷惑と言いたげだったジールの態度が、少しやわらいだ。
「そういうことにしておきますが、ありがとうございます。しかし、調査は別問題なので、これ以上は話せませんからね」
「ケチね!」
「なんとでもおっしゃい!」
有紗の悪態に、ジールは即座に言い返す。
ジールの別宮を出ると、レグルスが額に手を当てて溜息をついた。
「アリサ、魅力をだだ漏れにするのはおやめください」
「何を言ってるのよ、レグルスってば」
有紗は首を傾げると、レジナルド王への謁見について考え始めた。




