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 レグルスの別宮に帰る途中、外廊下でルーファスとばったり出くわした。かすみ草に似た白い花束を抱えている。


「おや、これはちょうどいいところに。どうぞ、アリサ様。お見舞いです」

「え? マール側妃様にじゃないの?」


 てっきりエドガーへのお見舞いだと思って油断していたので、有紗は花束を受け取ってしまった。ルーファスに返そうとするが、彼はさっと身を引いて避ける。


「本気でおっしゃっているんですか? 私がマール様やエドガーに見舞いを持っていっても、警戒されるだけですよ」

「ちょっと、いらないってば」

「不要でしたら、捨ててくださって結構ですよ」

「そんなもったいないことはできないって、分かってて言ってるでしょ!」


 花に罪はない。有紗にはとても捨てられないので、ルーファスをにらむ。レグルスは有紗を引き寄せ、花を取り上げる。


「アリサ、外の花瓶に飾りましょう」

「レグルス、なかなか言うようになったね」


 少し面白くなさそうに、ルーファスは言う。


「陛下から、神子様がお疲れだと聞いたのでね。ご機嫌(うかが)いにきたのだよ。エドガーの様子はどうだった?」


 ルーファスはレグルスに話しかけた。一応、弟のことを気にかけているのかと、有紗には意外に感じられ、自身の胸を叩いてみせる。


「私が治したから、今日は調子が良さそうだったわ。マール様もね」

「毒での瀕死からも回復するのですか、神子様は素晴らしいですね。側妃様の気鬱も、薬師には安静にするしかないとさじを投げられたのに」


「マール様のことは、気休めでしかないわ。心の病はそう簡単には治らないと思うの」

「一時の平穏でも、ありがたいことですよ」


 本心かは知らないが、ルーファスのなぐさめに、有紗はぎこちなく笑い返す。


「そうだといいわね」

「アリサ、あまり気に病まないでくださいね」


 レグルスも優しく言い、憂鬱そうに眉を寄せる。


「兄上、エドガーに毒を盛ったのは女官のようです。町での調査中に話題に出た者と特徴が似ていました」

「亜麻色の髪をした女性かい? そんな人間、どこにでもいるさ」


「しかし、別宮にはいないようです。そう簡単に王宮を出入りできるものでしょうか? 兄上、何かご存知では?」

「ああ、なるほど。私を疑っているんだね?」


 ルーファスは愉快そうに、目を輝かせる。


「あんなご様子の側妃様と末弟が、私にとって障害になると思うかい? あの二人を排除する利益と、父上の不興を買う不利益と、どっちが重いか、少し考えれば分かるだろう」


 遠回しに、レグルスの浅慮を馬鹿にして、ルーファスはふっと笑う。


「もうっ、嫌味を言わないでよ!」


 有紗が口を出すと、ルーファスは肩をすくめる。


「分かってないですね、神子様。私がなんでも持っているとでも? 本当に欲しいものは、ほとんどこの弟が持っているのに。ちょっと嫌味を言うくらい、いいじゃありませんか」


 飄々(ひょうひょう)としているルーファスの表情に、わずかに陰がさす。有紗はドキッとした。図太くて明るいルーファスも、王宮の人間だ。彼もまた、光だけでなく闇も抱えているらしい。

 彼を誤解していたかもしれないと、有紗は少し申し訳なくなった。


「どうしたの? 何かあった? ヴァルト王子やユリシラさんに、何かあったとか」

「あの二人は、腹が立つくらいマイペースに、(ろう)ライフを過ごしていますよ」


「あはは。ええと、あのね、レグルスがあなたを疑ってるのは、ヴァルト王子への近衛騎士の調査が雑だったからなの。心当たりは?」


「そんなの、ヴァルトの日頃の行いが悪すぎるからに決まっているでしょう。私は関係ありませんよ。弟は短気なので、馬鹿にされるとすぐに喧嘩するんです。これ幸いと牢に押し込んで、楽をしたいと思う騎士がいるのも当然ですよ」


 ヴァルトの話題になったせいか、ルーファスはあきらかに機嫌が悪くなった。


「愚弟のことは放っておいて構いません。ああ、頭痛がしてきました。母上にも呼びつけられて、愚痴を聞かされたところです。私はそんなに暇ではないんですけどねえ」

「うっ、ごめんなさい」

「申し訳ありませんでした、兄上」


 有紗とレグルスは、バツが悪くなって謝った。ルーファスは態度を改め、にこっと笑う。


「ですから、アリサ様。私とお茶をしましょう」

「いや、なんでそうなるのよ」

「それとこれとは別問題です、兄上」


 有紗達がツッコミを入れるも、ルーファスは意に解さない。


「散歩でも構いませんよ」

「悪いけど、今日はゆっくり過ごしたいから遠慮しておくわ」


 ルーファスよりも、ジールのほうと連絡をとりたい。あちらの情報はどうなっているんだろう。


「そうですか、残念です」


 思ったよりもあっさりと、ルーファスは引き下がった。ルーファスが帰る背を見送り、有紗はレグルスのほうを見る。


「もしかして、ルーファス王子は結構疲れてるのかしら」

「あんなに機嫌をあらわにする兄上は珍しいので、そうかもしれませんね」

「お母さんと弟があの調子じゃねえ」

「兄上に、あんなふうに思われているなんて思いもしませんでしたよ。不思議な気持ちです」


 人って見かけによらないものだ。


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