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 午後、お茶をするのにちょうど良い時間に合わせ、有紗達はエドガーの別宮を訪ねた。

 侍女の案愛で庭に向かうと、エドガーは木陰に置かれた白木のベンチで待っていた。クッションにゆったりともたれて、お茶を飲んでいる。


「エドガー、もう大丈夫なのか? ああ、座っていてくれ」


 レグルスは心配そうに声をかけ、立ってあいさつしようとするエドガーを止めた。


「こんにちは。お見舞いに来てくださってありがとうございます、神子様、兄上」


 ベンチに座りなおし、エドガーは会釈をする。

 有紗もあいさつを返すと、エドガーの様子をじっくりと観察した。昨日はあれほど濃かった黒いもやだが、まったく見当たらない。


「良かった。邪気は見当たらないし、顔色も良いようね。でも、昨日の今日なんだし、部屋でゆっくりしていたほうがいいんじゃない?」

「すみません。ここにいるほうが、気持ちが落ち着くんですよ。お二人のお茶もこちらに用意させるつもりですが、応接間のほうが良いですか?」


 まるで、いたずらを見つかった子犬みたいに首をすくめ、エドガーはうかがうようにこちらを見る。そんなふうにされると罪悪感がわくもので、有紗はそれ以上の小言は控えることにした。


「私もここがいいわ。レグルスは?」

「もちろん、アリサが望むようになさってください」


 レグルスは穏やかに微笑んだ。二人が着席すると、エドガーの侍女がすぐに茶菓子を運んできた。有紗の前にも置かれたので、有紗はやんわりと断る。


「エドガー王子、私、飲食は……」

「神子様が何も召し上がれないのは存じておりますが、お客様をもてなすのは当然のことです。兄上はワインのほうがよろしかったですか?」

「こちらで構わないよ。ありがとう、エドガー」


 レグルスは手を上げて断り、エドガーに礼を言う。有紗も自然と笑みを浮かべていた。


「私からも、ありがとう。病み上がりに気遣わせてごめんなさい。側妃様の様子はどうかしら」

「ぐっすり眠ったのが良かったのか、今日はとても落ち着いていますよ。命だけでなく、お母様まで助けてくださって、なんとお礼を言えばいいか」


「あなたのことは、陛下に頼まれたのよ。だから、余裕ができたら陛下にもお礼を言ってあげてね。――まったくもう、犯人はどこにいるのかしら! 早く捕まえたいわ」

「ええ、そうですね」


 エドガーは頷いて、表情を曇らせる。


「エドガー王子、あなた、誰かに恨みを買っているの?」

「え?」

「毒を盛られるって、相当なことよ。どこかで行き違いがあったということはない?」


 有紗の問いに、エドガーはなんともいえない顔をして、しばし黙り込む。


「アリサ、あまり追及してはかわいそうですよ」

「ただの調査よ、レグルス」


 どうやらレグルスは、この末弟に甘いようだ。有紗も義理の弟になるのだと思えば可愛いが、それとこれとは別だと割り切っている。


「いいんです、お兄様」


 エドガーはレグルスを止め、言いづらそうに切り出す。


「神子様、悲しいことですが、僕に死んで欲しい人はたくさんいるんですよ。元敵国の王女の血を引く、王位継承者の一人です。父上は寛大にも、平等に機会をくださいましたが、本来なら遠い領地に追いやられるような身です」

「えっ、あなたみたいに身分がしっかりしていても、そんな感じなの?」


 レグルスやミシェーラが王宮でさげすまれているのは、母親であるヴァネッサが庶民だからだ。庶民でも立場の低い旅の踊り子だったから、貴族から冷たい目を向けられているのだと聞いている。エドガーの血筋なら、そんなことはないのだろうと思っていた。


「父上の家臣に軽んじられてはいませんが、警戒されています。露骨に危険視する人もいるんですよ。だから僕は、できるだけ彼らの気分を逆なでしないようにしていました。絵が好きなのは本当です。ですが、この趣味は身を守るためでもある」


 エドガーの言い分に、有紗は首をかしげる。


「ええと、どういうこと? 絵を描くのが、どうしてそんな意味を持つの?」


 困った時にはレグルスに訊くのが早い。有紗が助けを求めると、レグルスはいつものように説明してくれた。


「武術を身に着けるのが、王子として地位を上げるのに良い方法です。今、この国は落ち着いていますが、戦があれば、王族は兵を率いて戦います。武力がなければ、国を守れない」


 これに賛同して、エドガーは頷く。


「神子様、僕も王族ですから、身を守る術は習いました。ですが、玉座に興味がないとアピールするために、道楽とされている絵を選んだんですよ。家臣が望んでいるのは、強い王です」


 わざわざ強い王と話題に出すのだから、エドガーの趣味はその反対ということになる。


「絵描きって良い趣味だと思うけど、ここだと、男なのになよなよしてるってとられる感じなの?」


 有紗なりに解釈して問うと、エドガーは苦笑とともに肯定した。


「そういうことです。カップより重い物は持てないと、陰で笑われることもありますよ」

「はあ? 陰湿な奴ばっかりね、ここ!」


 有紗の歯に衣着せぬ物言いに驚いたようで、エドガーは目を真ん丸にして、ふふっと噴き出した。


「痛快ですね、神子様。あなたのような方が義理の姉になるかと思うと、僕はとてもうれしいです。お兄様をよろしくお願いしますね」

「ええ、もちろんよ」


 ガッツポーズを決め、有紗は即答する。隣では、レグルスが照れまじりに笑みをこぼす。


「そういえば、あなたに毒を盛った女官は見つかったの?」

「いいえ、まったく見当たりません。すでに逃げたのかもしれません」

「とりあえず、死人が出なくて良かった」


 有紗がレグルスのほうを見ると、彼も強く同意した。


「ええ、そうですね。エドガー、君も気を付けるんだよ」

「はい、ありがとうございます、お兄様。お二人とも、たまには遊びに来てください。王宮にいる間は、あまり別宮を離れられないので……」


 エドガーのお願いに、有紗はもちろんだと返す。


「いいわよ、お茶くらい。ね、レグルス」

「ええ。それじゃあ、病み上がりに長居するのは良くないから、私達は帰るよ」


 レグルスが椅子を立ち、有紗もそれに続く。

 エドガーに見送られ、有紗達は別宮を後にした。


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