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三章 王位争い

 腰をすえて話すため、レグルスは先に食事の残りを済ませ、ロドルフは書記官を呼びに行きと用を終えた後、皆で書斎に集まった。

 書斎には執務机が三つあり、奥にレグルスの席、その前に向かい合うようにして、ロドルフと書記官の席があった。部屋の隅に見つけた椅子を運んできて、有紗はレグルスの椅子の隣にちょこんと座る。

 扉を閉めて鍵をすると、レグルスは有紗をうながした。

「アリサ、フードを外していいですよ」

 見知らぬもう一人、書記官の男を気にしながら、有紗は目深にかぶっていたマントのフードを外した。

「うわ、な、何、この美しいかた……。夜の女神様でしょうか。私は目がつぶれるんでしょうか。どうしましょう。まぶしい!」

 書記官は有紗を見て騒ぎ始める。小麦のような金茶色の髪と目をしていて、鼻がつんと高い。二十代半ばくらいで、レグルスより背が高いようだ。

「え、神子に目をつぶすなんて機能があるの? ええと、どうしよう。私、隠れる?」

 今までそんなふうに言われていないが、神子なんて得体のしれないものになったのだ。そんなこともあるのかもしれない。

 慌てる有紗を止めて、ロドルフは青年をたしなめる。

「気にしないでください、アリサ様。こら、ウィル、冗談を言っていないで座れっ」

「冗談で申したのではありませんよ、ロドルフ様。美しい女性と会ったら褒める、当たり前のことです」

「そういう浮ついたことを言っているから、女性を口説いても、遊びだと思われて鼻であしらわれるんだろうが。見合い連敗続行中のくせに」

「その不名誉な事実を口にするのはおやめくださいっ」

 青年は必死な様子で、ロドルフに言い返した。ろうそくの明かりでも、彼の顔が恥ずかしさで真っ赤になっているのが分かる。

(事実なんだ……)

 有紗は青年がかわいそうになった。ロドルフは咳払いをして、場を取り直す。

「失礼しましたな、この若輩者は、ウィリアムといいます。書記官で、わしの配下です」

「このお兄さんが、二階に出入りできるもう一人?」

 有紗の問いに、ロドルフは首肯する。

「さようです。今いる四人と、ヴァネッサ様とミシェーラ様以外は不審者です。騎士でも、こちらが呼ばなければ入れませんからな」

「分かりました」

 有紗はしっかりとウィリアムを目に焼き付ける。落ち着いたはずのウィリアムの顔が、だんだん朱色に染まっていく。まるで恥じる乙女みたいに、ウィリアムは顔を手でおおった。

「そんなに見つめられると照れます。まぶしいっ」

「……ウィリアム?」

「ひっ、申し訳ありません、レグルス様っ。殿下のお妃様ですものね、あんまり見ませんっ」

「そうしてくれ」

 よく分からないやりとりをするレグルスとウィリアムを見比べながら、有紗はなんだか居心地が悪くなる。

「えーと、私ってもうお妃様なの?」

「婚儀は上げておりませんが、この城ではお妃としてふるまってください。他の使用人より立場が上になりますので、安全です」

「安全……。分かりました」

 そういう設定ね、なるほどなるほど。有紗はうんうんと頷く。レグルスと目があったので、にこっと笑う。

「大丈夫! 勘違いしてないよ、レグルス!」

「……そうですか」

 なんで残念そうなんだろうか。また謎が深まった。

 レグルスは席を示す。

「とりあえず二人とも、座ってくれ。ウィリアム、お前を呼んだのは顔合わせと、解雇者がいっぺんに出たから、その帳簿付けだ。夜分に悪いが、明日には追い出したいから頑張ってもらえるか? 代わりに明後日、一日の休みを与える」

「へ、解雇ですか? ま、まさか、私ですか!?」

「話をちゃんと聞かないか、ウィル。休みの話をしただろう」

 慌てるウィリアムを腕で小突いてから、ロドルフは自分の席に座る。ウィリアムもほっとした様子で椅子に腰かけた。

「私じゃないなら、別に構いませんよ。素行の悪い者が結構いましたから、どうせ彼らでしょうし」

 冷たいことを言って、ウィリアムは期待を込めてレグルスを見る。

「その件はロドルフに一任している。アリサと家族の害になりそうな者は、残らず解雇してくれ」

「畏まりました!」

 うれしそうに、ウィリアムは筆記具の用意を始める。

「それで、王位争いと試練の場ってなんなの?」

 有紗が問うと、ロドルフが口を開く。

「わしからご説明しましょう」

「頼む」

 レグルスが許すと、ロドルフはまずは国について話し始めた。

「このルチリア王国は、レグルス様のお父上である、現在の陛下――レジナルド王が領土を広げた国です。この近辺には、まだ小国だったルチリア王国の他に、三つの小国がありました。昔から小競り合いをしていたのを、王が戦で勝ち抜き一つにまとめました」

 なるほどと、有紗は頷く。戦国時代みたいなものか。

「しかし、領土が広くなったため、次に引き継ぐ王が問題になります。一般的には長男が継ぐものですが、陛下は一計をあんじ、五人いる王子全てにチャンスを与えることにしたのです。それが王位争いです」

「つまり、レグルスが王様になる可能性もあるの?」

「さよう。陛下は王子に、国内の領地運営をさせることにしました。わしのような城主や領主がサポートし、王子が将来の王となった際、国を統治する練習の場としたわけです。五年の運営をへた後、より良い成果を出した者を王とするとお決めになられました」

 国と王子のどちらも大事にしている感じがする考え方だ。今の王は、女性関係は少々だらしないが、統治者としては立派な人のように有紗には感じられた。

 有紗が合槌を打つのを見て、ロドルフは話を続ける。

「陛下は家臣達に、王子への協力を要請しました。挙手制ですな。一番人気は、長男であるルーファス王子です。第一王子ですし、何より正妃筋の方で、文武両道です」

「最も不人気だったのが、僕というわけです」

 レグルスが苦笑交じりに言った。

「いやいや、周りは見る目が無いのです。わしは目が良いのでね、レグルス様がもっとも王の器があると思い、こうして今までわしが陛下から任されていた、このガーエン領とルーエンス城を試練の場として差し出しました」

「それで僕が負けたらどうするんだ? そのまま僕が引き継ぐんだぞ」

「殿下は勝ちます。そしてその際には、わしに土地と城を返していただきますので、どうぞご心配なく」

 ロドルフはふふんと胸を張る。自信たっぷりなところを見るに、権力におもねっている雰囲気はない。

「なんでロドルフさんは、レグルスが王様にふさわしいって思ってるの?」

 有紗はずばり尋ねてみる。レグルスも不可解そうにしているし、有紗も気になるからだ。

「簡単なことです。不遇を知っていて、努力を欠かさないからですよ。確かに第一王子は才能だけ見れば素晴らしい方ですが、正妃筋でちやほやされて育ったので、他人の痛みにうとくていらっしゃる。自分にも配下にも厳しいところがおありです。ああいった方が上に立つと、むやみに厳しくなって、民はわりをくうでしょうな」

「第三王子は?」

「ヴァルト様は正妃筋ですが、ありゃあ駄目ですな。地位にあぐらをかいて傲慢ですし、能力は平均的。配下頼みです。いざとなった時に、配下にとってかわられる危険があります」

 ロドルフは嘆かわしいと、声色まで低くなった。有紗はレグルスのほうを見ると、彼は苦笑するだけで否定しない。

「仲が悪いんでしょ」

「分かりましたか? 僕のことを嫌っていて、母上と妹を馬鹿にするので、ヴァルトは嫌いですね」

 それだけでだいたい分かった。有紗は苦い表情を浮かべる。ロドルフは次へと話題を移す。

「第四王子のジール様は、侯爵家からの側妃様の息子です。賢い方ですが、賢すぎて先を考えるあまり、やる気がありません。どうせ第一王子が継ぐだろうと踏んで、ほどほど路線で行くようです。王宮での噂ですがな」

「たしかに、ジールは政治よりも学問のほうが好きだからな。よくエメリア様が嘆いておられるが、あれはもう変わらないだろう」

 エメリアというのが、側妃の名前のようだ。

「レグルス、その人とは?」

「普通の付き合いです。敵でも味方でもないといったところですね」

「なるほど、グレー枠ね」

 有紗はつぶやいて、頭にメモをした。

「あと一人の王子は?」

「エドガー王子は、一番年下ですし、側妃様に問題がありましてな。休戦調停のため、敵国アークライトから人質としてとついでこられたマール王女様の血を引いてらっしゃいます。それにエドガー様はこそくというかなんというか……わしは好みませんな」

「だが、ロドルフ。エドガーが僕に一番なついてくれている」

「ありゃあ演技ですぞ。殿下はもっと目を養われよ」

「演技……」

 レグルスは黙りこんでしまった。ショックを受けたようだ。

「その点、レグルス様は、ヴァネッサ様の顔を立てるために努力されておいでで、痛みをご存知だから配下にも優しくてらっしゃる。バランスが良いのに、王になれるわけがないと最初から諦めておいでで、このロドルフ、うずうずしておったのです! あんな若造どもにも、陛下に遠慮なさって好き放題させておく始末。どうしたら目が覚めるものかと案じておりました」

 ロドルフは熱い思いをまくしたて、有紗ににかりと笑いかける。

「アリサ様を連れ帰られてから、レグルス様は変わられた。何より神子に助けられたことこそ、天のお導き! この調子でがんばって、わしらとともに王冠を手にしましょうぞ!」

 あっけにとられているレグルスを置いて、ロドルフは燃えている。

「ロドルフは熱血漢だったのだな。知らなかった」

「これでお知りになられた。これからこの調子でビシバシ参りますぞ!」

「それは怖いな。しかし、王か。考えもしなかったな。母上の身分は低いし、平等にチャンスを与えると言ったとて、家臣達は僕を嫌っている。出しぬけたとしても、その後に反乱が起きたら目も当てられない」

 溜息をこぼすレグルスに、ロドルフははっぱをかける。

「なーにを気弱なことをおっしゃっているのですか! あなたが王にならなければ、恐らくアリサ様も取り上げられてしまいますぞ!」

「えええっ、私!? どういうこと?」

 突然自分の名前が飛び出したが、有紗には訳が分からない。

「アリサ様は不治の病まで治してしまうほどの、奇跡の業をお持ちです」

「私はごはんを食べてるだけ……」

「それでも、です! 権力者が最後に欲するのは、延命ですぞ。アリサ様ならそれを容易に叶えてしまえる。もし他の者が王になったら、レグルス様のもとに置いておくでしょうか? 結婚していたとしても、難癖をつけて殿下を死に追いやり、アリサ様を奪えばいいだけです」

「うええ、それは嫌だ……。私、レグルスには長生きしてもらいたい!」

 想像しただけで、じわっと涙が浮かんでくる。

「それに道具扱いなんてごめんよ! レグルス、命を救ったお礼に、あなたを利用していいって言ったよね? もし帰れなかった時にそんな目にあいたくない。ここにいる間は私も手伝うから、私の安泰ライフのために、王になって!」

 有紗はそう言いながら、自分勝手だなと少し落ち込んだ。

 そりゃあ有紗だって、日本に帰れるものなら今すぐ帰りたい。しかし今の状況では無理だ。それならば、レグルスに保護してもらうほうがいい。ただ、そのせいでレグルスに危害が及ぶなら、お互いに安全な立場を手に入れるために手伝うのは、至極当たり前のことだった。

 レグルスは静かに頷いた。目が変わっている。

「僕はアリサを助けると約束しました。努力することを誓います。それに、成果を上げれば、王に褒美をもらえる可能性があります。聖典の閲覧をお願いすれば、神殿も断れないでしょう」

「そういう手があるなら、なおさら協力するわ!」

 有紗はなまじやる気が出る。

「聖典の閲覧ですか?」

 ロドルフがいぶかしげに問うので、レグルスが説明する。

「なるほど。アリサ様は神子召喚の儀でこちらに参られたのですから、同じ儀式をすれば帰れるかもしれないのですな。そのために殿下の名を上げる必要があるなら、喜んでお手伝いいたします」

 ロドルフは耐えきれず、満面の笑みを浮かべた。

「はっはっは、なんにせよ、殿下がやる気になられたのは素晴らしい! これで勝ち馬も同然!」

「ロドルフ様、さすがにその表現は不敬かと……」

 高笑いするロドルフに、ウィリアムが身の置きどころがなさそうに首をすくめ、そっと注意した。


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